初めてのお使い


                                                        ※ ここでの『』の中は日本語です。 






 その日、一日謁見の予定は無く、執務も滞っていなかったアルティウスは、久しぶりに遠駆けにでも行こうと、有希を誘いに部屋
まで訪れた。
そして、何時ものように声も掛けないままいきなり部屋に入ったアルティウスは、そこに頭からスッポリとマントを被り、今にも出掛けそ
うな有希の姿を見つけて、ギョッとした様に叫んだ。
 「どこに行く気だ!」
 「アルティウス」
 少し驚いたようだったが慌てた様子は無く、有希は珍しいマント姿の自分を楽しそうに見下ろした。
 「今から街行く」
 「街に?」
 「前から行きたい思ってたけど、アルティウス、用ないと駄目言ったでしょ?だから、買い物引き受けた。料理の材料、調味料も」
 「使いか・・・・・」
 確かに、有希は以前から街に下りてみたいと頻繁に言っていた。
この国で暮らすことを決意してから、有希は積極的に人と交わる努力をしていた。
そのおかげか言葉も随分上達し、時折おぼつかない事はあるが、会話には不自由することはなくなっていた。
 しかし、外出に関しては、アルティウスはどうしてもシエンの事を思い出してしまい、特別な用が無い場合は禁じていた。
有希にはどうしても外出しなければならない用事などはないので、今まで街には下りたことが無かったが、どうしても外の世界を見て
みたい有希は、料理長に頼んで果物と調味料を買ってくるという正当な理由をもぎ取ってきたのだ。
 「お使い、行かなくちゃ。いいよね?」
 「・・・・・ならん」
 「アルティウスッ?」
 どうしてといった表情で見上げてくる有希に、アルティウスはきっぱりと言い切った。
 「そなたを1人で街に行かせるなど出きぬ。私も一緒に行くぞ」
 「え?アルティウスも?でも、アルティウス一緒じゃ、お供も大勢。目立つの嫌」
 「それならば、2人で行けばよい。私1人付いていれば何も心配はいらぬぞ」


 突然のアルティウスの言葉は周りを慌てさせた。
本来王の外出となればそれなりの供を連れていなければならず、周りはいっせいに反対した。
しかし、一度言い出したら聞かないアルティウスは、
 「王が市場にさえ1人で行けぬと申すのか!」
と、言い放ち、強引に出発をしてしまった。
 「・・・・・良かった?アルティウス、みんな心配してる・・・・・帰ろう?」
 「何を言う。私の国を私が歩けないでどうする。心配せずとも、王と分かることはない」
 そう言うアルティウスも、頭からスッポリとマントを被り、目のところだけを見せている状態だ。
暑いこの国でそんな格好をしているのは旅人か、身分の高い者のお忍びの姿で、まさか自国の王が供も連れずに歩いているとは
誰も思わないだろう。
 「ユキは出来るだけその黒い瞳を見せぬように」
 「う、うん、分かった」
 さすがに大国エクテシアは市場の規模も大きく賑やかで、暑い国特有の原色の果物や野菜が所狭しと並べられている。
さすがに魚の数は少ないものの、肉は鳥一羽から、有希の頭以上に大きな塊など、思ったよりも種類が豊富だ。
珍しそうにキョロキョロ視線を動かす有希を見ているのも楽しく、アルティウスは上機嫌で言った。
 「ユキ、何か欲しいものはないか?」
 「僕?ん~、迷うよ~」
 「ああ、これは、ユキの好きなカシの実だ」
 ちょうど通りかかった果物を売る店で、有希が食感も味もメロンに似ていると好んで食べるカシの実が並んでいた。
大きく瑞々しいその実は見ているだけでも美味しそうだ。
 「あれにしよう。おい!店主!」
 「はい、いらっしゃい!何にするんだい?」
 「このカシの実を並んである分だけ全部だ」
 「ぜ、全部?兄ちゃん、カシの実は高価だよ?ここの20個全部買えば相当な値段だ、大丈夫かい?」
まるで金が無いかのような物言いに聞こえたアルティウスは、ムッとして店主を睨んだ。
 「この私が、これしきのカシの実を買えないとでも思うのかっ?」
 「い、いや、買ってもらえるんなら俺だって嬉しいよ」
アルティウスの剣幕に驚いた店主が、袋に実を詰め始める。
まさかこの目の前の男が自国の王だとは夢にも思っていないだろう。
 「ほら、兄ちゃん、2万ツールだ」
 「2、2万?」
 2万ツールといえばかなりの高額だ。日本円にして20万程の買い物で、この国では2万ツールあれば1ヶ月ほどは楽に暮らせる
金額だ。
有希は慌ててアルティウスの腕を引っ張ると、店主に聞こえないように小声で言った。
 「アルティウス、お金持ってる?」
 「いや。王たるもの、金など必要ない」
 「高いよ、僕、お金2000ツールしか預かってない、買えないよ」
 「何を言う。私の名前を言って、このまま宮まで運ばせればいいだろう」
 「駄目!買い物にならない。王様だと分かったら、みんなお金取らないよ、お使いにならない」
 「しかし、ユキ」
 「それに、買い物値切る基本って、ウンパ言ってた」
 「値切る?」
それならばと、アルティウスは、
 「それ全て、2000ツールにするがよい」
と、不遜に言い放ったので、店主は慌てて首を横に振った。
 「だ、だめだよ、兄ちゃん!そりゃこっちが大損だ!」
 「私には売れぬと申すのか?」
アルティウスは目を眇めて店主を見る。
その手が今にも腰に下げてある剣に触れそうな気がして、有希はパッとアルティウスの手を押さえた。
 「ユキ、こやつは不敬罪だ。厳罰に処してもいいくらいだぞ」
 「おじさん、アルティウスのこと分からないんだよ?」
 相手がアルティウスと分かってしまえば、金を取る者などいないだろう。それでは有希が望んだ買い物の形とは変わってしまう。
有希は店主を振り返ると、申し訳なさそうに言った。
 「ごめんなさい、僕、2000しか持ってない。1つだけ下さい。・・・・・安くしてください」
 真っ直ぐに見つめてくる有希の黒い瞳に、店主は思わずポオ~と見惚れてしまう。
しかし、次の瞬間、自分の横顔に注がれる射るような視線を感じて、店主は慌ててカシの実を1つ差し出した。
 「ほ、本当は1つ1000ツールなんだが、800ツールにまけとくよ!」
 「嬉しい!ありがと!」
 ちゃんと値切れて有希はホッとしたように笑ったが、その後ろから低い声が重なってきた。
 「500だ」
 「え?」
 「何度も言わせるな。500にしろ」


 それから、アルティウスの半分脅しの値切り交渉で、有希の買い物は予定の3分の1の金額で収まった。
安く済んで嬉しい反面、店主達の引きつった顔が浮かんできて、有希はどうしても複雑な表情になってしまう。
 しかし、それとは対照的に、アルティウスの顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
 「どうだった?ユキ。買い物とやらは楽しかったか?」
 「・・・・・うん、街の活気が感じられて、勉強にもなった。でも・・・・・」
 「そうか。私もユキが楽しければ嬉しい。また2人で出掛けよう」
 「う、うん」
嫌だとも言えず、実際楽しかったのは事実なので、有希は苦笑しながらも素直に頷く。
2人はソリューの背中にいっぱいの荷物を乗せて、2人の家である宮に戻っていった。




 「将軍」
 「店の店主には改めて金額を聞いて支払っておけ」
 「はっ」
 影から2人を警護していたベルーク達は、アルティウスの後始末に奔走する。
 「将軍、まさか王はまた行こうと思われているのでは・・・・・」
 「・・・・・わからん」
溜め息をついたベルークは、今度は有希に言ってアルティウスを止めてもらおうと心に決めると、何も知らずに宮に戻る2人を護衛す
る為にソリューを走らせた。





                                                                      end







アルティウス、ヤリタイ放題。
なんか、俺様へタレを書きたかったのです。







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