初めての特別な日




                                                 沢渡&和沙







 「・・・・・あ」
 「悪い、待たせた」
 「ううん、待ってません」
 待ち合わせの時間までまだ15分もある。
自分が勝手に待っていたくて早めに待ち合わせの場所にきていた和沙は、申し訳なさそうに頭を下げた沢渡に慌てて首
を横に振った。



 「クリスマスはずっと2人でイチャイチャしよう」

 クリスマスの一週間前、何時ものように和沙がバイトしている喫茶店を訪れた沢渡は、半分冗談のように笑って、し
かしもう半分は真面目に、突然の申し出に途惑っている和沙の前に立っていた。
 春から大学生になった杉野和沙(すぎの かずさ)と、エリートサラリーマンである沢渡俊也(さわたり としや)は、男同
士だが・・・・・恋人同士だ。
付き合って半年はゆうに過ぎてはいるものの、まだ子供で臆病な和沙の歩みに合わせた、キス以上セックス未満の関係
だが。
付き合っているからには当たり前かもしれないデートの誘いを、和沙は少し躊躇いながらも頷いて承知した。
(良かった・・・・・沢渡さんが言ってくれて・・・・・)
 和沙も、今年のイブは休日なので、出来れば少しだけでも一緒の時間が取れればなと思っていたところで、内心沢
渡の誘いはとても嬉しかった。



 和沙が恥ずかしそうに、それでも嬉しそうに笑っていたので沢渡もホッとした。
クリスマスにデートなどと、初め和沙は男同士だからと断ろうとしていたが、半ば強引に約束を取り付けて正解だったよう
だ。
今日は朝から冷たい風が吹いていたので大丈夫かとも心配したが、和沙の格好はまるで雪だるまのように完全防備で、
あまりにも可愛くて笑いが零れてしまう。
その時、沢渡はその手にはめられた暖かそうな手袋に目がいった。



 「あ、その手袋してきてくれたんだ。どう?」
 冬らしくない暖かな日が続いた12月だったが、さすがにイブの今日は頬を突き刺す風は寒く、寒がりの和沙は帽子に
ダッフルコートにマフラー。そして手袋までした重装備だった。
実は、この手袋は2日前、沢渡が何の前触れもなくプレゼントしてくれた。
多分、改めてのクリスマスプレゼントとして贈ったら、和沙はもったいなくて使わないだろうと予測したのか、ちゃんとした包
装はしていない裸のままで。
 自分用に買ったが小さ過ぎたからという理由付きで差し出されたそれを、和沙は大切な宝物を貰ったかのように受け
とった。
大事にされていると思う。
寒がりだと言った和沙の言葉をちゃんと覚えていてくれた優しい年上の恋人を、とても好きだと思った。
もちろん、言葉に出したりは出来ないが。
 何時ものスーツ姿とは違うカジュアルな服装の沢渡はあまり見慣れないので、和沙は少しだけ緊張している。
そんな和沙に、沢渡は左手を差し出した。
 「手、繋ごうか」
 「え?」
(ここ・・・・・で?)
 嫌ではない。だが、周りの目が気になってしまい、和沙はなかなかその手を取ることが出来なかった。
 「和沙」
 「あ、あの、でも、人が・・・・・」
 「誰も見てないよ」
 「・・・・・嘘」
 「ホント。今日は一緒にいる恋人しか見ない日なんだよ」
そう言いながら、沢渡は手袋に包まれた和沙の手を取った。



 賑やかなイブの街を、男同士で手を繋いで歩いている。
どうしても羞恥が先にたって俯いてしまう和沙だったが、隣を歩く沢渡は本当に楽しそうだ。
 「今年のイブを和沙と過ごせるなんて夢みたいだな」
 「・・・・・」
 「和沙と知り合えて良かった」
 「沢渡さん・・・・・」
 和沙も、沢渡と同じ様なことを思っている。
いや、恋人と言えるような相手が出来たのは初めての和沙の方が、今日のイブをかなり特別に、大切に思っているだろ
う。
これまで色々な経験を積んできた沢渡にとっては、今日は数多く過ごしてきた恋人達の中の、新たな一幕でしかない
はずだ。
(・・・・・そうだよね、今までだって、付き合ってきた人達と一緒に過ごしてきたはずだもん)
 去年まで家族と一緒に過ごしてきた和沙とは全く違う。
 「・・・・・」
そう思いだすと、和沙はすれ違う女性の視線さえも気になり始めた。
皆、いい男である沢渡に視線を向け、隣にいる和沙を怪訝そうに見ている・・・・・気がしてきた。
 「・・・・・和沙?」
 そう考え出すと止まらなくて、和沙は足を止め、繋いだ手を振りほどこうともがく。
 「どうしたんだ、和沙」
優しいはずの恋人は、こんな時は思い掛けなく強引だった。
和沙が理由を言うまでは絶対に手を離そうとはせず、和沙はとうとう小さな声で気持ちを零してしまった。
 「沢渡さんは慣れているだろうけど・・・・・」
 「え?」
 「僕は、こうして手を繋ぐのは初めてで・・・・・」
 「和沙」
 「周りの視線も、気になって・・・・・しかたなくて・・・・・」
慣れない自分が悪いのだとも思うが、とにかく少し沢渡と離れたい。
 「離してください」
 「理由が分からない。和沙、もっとちゃんと話してごらん」
 「みんな・・・・・沢渡さんを見てるから・・・・・」
 「え?」
 「僕みたいなのと手を繋いでたら・・・・・沢渡さんが変な目で見られちゃうよ」
 「和沙・・・・・」



 次の瞬間、周りがざわめいた。
(な・・・・・に?)
見開いた目には沢渡の顔のアップがあって。
冷たく冷えた唇には、熱い唇が重なっていた。
キスをされているのだと気付くのに少し時間が掛かってしまい、和沙が拒否しようともがく前には、その身体は完全に沢
渡の意のままになってしまっていた。
(ど・・・・・して・・・・・?)
 目立つことが嫌いな和沙をよく知ってくれているはずなのに、こんな昼間に、街中で、男同士でキスをするとどうなるか
よく分かっているくせに、沢渡は口付けを簡単には解いてくれなかった。
 周りのどよめきが耳に痛い。
そんな和沙を宥めるように、抱きしめる沢渡の手は優しく背中を撫でてくれた。
(沢渡さん・・・・・)
 やがて、長い口付けを解いた沢渡は、少しも慌てることなく再び和沙の手を握るとそのまま歩き始める。
 「沢・・・・・」
 「和沙と一緒にいることで、恥ずかしいなんて思ったことはないよ」
真っ直ぐ前を向きながら、沢渡はきっぱりと言い切った。
 「それに、こんなふうに昼間手を繋いで歩くのは・・・・・俺も初めてなんだ」
 「え?」
 「初めての相手が和沙で良かった。ありがとう、和沙」
まるで和沙の心の中が見えたかのような沢渡の言葉に、和沙は胸が締め付けられるほど切なく・・・・・そして嬉しかった。
 「僕も・・・・・ありがとう」



 途惑いがちに、恥ずかしげに、沢渡の手を握り返してくれる和沙の勇気が愛しい。
 「今日の店は、きっと和沙も気に入ってくれると思うな」
 「楽しみです」
時折じれったくなるくらいゆったりとした歩みだが、和沙は確実に成長してくれている。
もう1歩、後1歩、楽しみながら先に行くのは沢渡にとっては初めての経験で、きっと将来この時間を大切に思い返すだ
ろう。
 「あったかいな」
 「・・・・・あったかいです」
手袋越しでもお互いの手の温もりが良く分かる。
沢渡はその手を離さないように、ギュッと強く握り締めた。





                                                                 end







こちらの2人も未遂です。
社会人部屋なのに、この部屋の子達はなかなか最後までいってる子達は少ないです。
そのうえ、このカップルは・・・・・下手すれば中学生のカップルよりも初々しいかも(笑)。