幾つもの目がじっと壁の時計を見つめている。
その中でワクワクと楽しそうなのは3人で、他の3人は呆れたような・・・・・いや、楽しそうな3人を苦笑しながら見つめているといっ
た光景が見られていた。
 「あっ」
 その時、長短の針が12時で重なった。
 「明けましておめでとう!」
一番最初に弾んだ声で新年の祝いの言葉を言った真琴は、隣に座る海藤に満面の笑顔を向けて言った。
 「おめでとうございます、貴士さんっ」
 「おめでとう」
真琴に対して何時も優しく緩む目元は、今日はまた特別に甘い感じがする。
(子供の前なのにな)
両親の仲が良いのは嬉しいことだが、ここには息子である自分以外にも綾辻一家が一緒にいるのだ。
 「・・・・・」
 思わず苦笑を零しそうになった貴央は、ふと横顔に視線を感じて顔を向ける。そして、そこにいた人物に対して笑い掛けながら
告げた。
 「おめでとう、ユウ」
 「おめでとう、たかちゃん」
 父の部下だからというわけではないが、物心ついてからほぼ毎年綾辻一家とこうして新年を迎える。
さすがに中学生になって家族と一緒にというのは少し恥ずかしかったが、大好きな真琴と可愛い優希の手を繋ぎ、独占して歩
けるのは完璧な父に対しての優越感を感じさせた。
 「じゃあ、早速出掛けますか」
 「は〜い、じゃあ、出発!」
 弾んだ声で答えるのは、優希の父である綾辻だ。
こういったイベント事では腰が軽く、率先して楽しそうに行動する綾辻が父だったらと思ったことは秘密だが一度だけある。
父は言葉数が少なく、何時も真琴を独占するので妬きもちをやいたというのが本当だろうが、今では大勢の部下の上に立つ立
派な人間だと分かっていた。
 「たかちゃん、行くよ!」
 「ああ」




 毎年、こうして貴央一家と正月を迎えるのは楽しかった。
真琴は何時もニコニコしてくれているし、なにより大好きな貴央と一緒にいられる。
 「今年は寒いね」
 「雪が降ってるしな」
 ワンボックスカーの一番後ろに貴央と並んで座った優希は窓の外を見る。深夜なので当然真っ暗だが、チラチラと白いものが
見えるのは絶対雪だ。
 「クリスマスも降らなかったのに」
 「そう言えばそうか」
 「・・・・・たかちゃん、学校の皆と遊びに行ったよね」
 約束はしていなかったが、優希は当然貴央と一緒にクリスマスを過ごすものだと思っていた。
しかし、貴央は学校の友人達と遊ぶと言って、夕食時間ギリギリまで帰ってきてくれなかったのだ。
 何時もの通り海藤家で、両親と共に貴央の帰りを待つのはとても寂しかった。いてくれると当然のように思っていた存在がい
ないということの寂しさは、きっと待っているものじゃないと分からない。
 「帰ってきただろ?」
 「・・・・・」
帰ってきてはくれたが、寂しい気持ちは直ぐに消えることは出来ないままだった。
 「ユウ」
 「・・・・・うん」
 見掛けよりもずっと社交的な貴央は、高校生になってもっともっと友達の輪が広がったように感じる。敷地は同じだが、中学と
高校はずっと離れていて・・・・・場所的な距離感より、なんだか心が遠くなってしまいそうなのが怖かった。
(たかちゃんはずっと優しいのに・・・・・)
置いてきぼりなのかと感じるのはなぜなのか、窓の外を見ながら優希はホウッと息をついた。




 目的の神社に着くと、雪はどうやら止んでいた。
それでも寒くてマフラーを巻きなおした貴央は、続いて下りてきた優希に手を伸ばす。
 「ユウ」
 車内では少し浮かない顔をしていた優希だったが、そう言えば可愛い顔に綺麗な笑顔を浮かべて駆け寄ってきた。
真っ白な毛糸の帽子に、真っ白なコート。寒がりなくせに手袋をしないわけは聞いたことが無いが、こんな風に素直な反応を示
してもらうとなんだか飼い主を慕う小型犬のようで、貴央はプッと噴き出してしまう。
 「こけるなよ」
そう言うと、貴央は続いて下りてくる真琴を待った。
 「マコ」
 もう30も越しているというのに、何時までも真琴は変わらない。
表情は少し大人っぽくなったが、仕草や言葉が一々可愛い。
 今は親友と言える友人がいるが、彼らも貴央が男同士のカップルの子供だということを知っているし、男なのに母親の真琴を
可愛いと言ってくれていた。
 「俺がちゃんと手をつないでおかないと、マコもユウも絶対に迷子になる」
 「えー、さすがに迷子は無いよ、ねえ、ユウちゃん」
 「そうだよ、もう子供じゃないんだし!」
 口を尖らすその表情こそが子供っぽいと思うのだが、さすがにそれは今言わない方がいいかもしれない。
貴央は直ぐにごめんと謝った。
 「俺の手が寒いから」
 「ふ〜ん、じゃあ、いいよ」
 「僕も、それだったらいい!」
 何時ものように貴央を真ん中にして3人で手を繋ぐ。
綾辻推薦の隠れた名所である神社は参拝の人数も少ないので、こうして手を繋いでいてもおかしな目で見られることもない。
貴央にとっても堂々と真琴と手を繋げる貴重な日だ。
 「・・・・・」
 チラッと背後に視線を向けると、綾辻と倉橋と共に歩いてくる父と目が合った。
 「・・・・・」
何時も真琴を独占している父は、貴央の視線にも余裕の笑みを返してきた・・・・・ように見える。
父から真琴を取ろうなんて思わないが、真琴の中に自分の存在が出来るだけ大きくあればいいと思っていた。それが、父に対
する対抗心なのか・・・・・貴央は繋いでいる左右の手にギュッと力を込めた。




 「今年もみんなで初詣に来れて良かったね」
 真琴の言葉に優希は強く頷いた。
真琴の手も、そして貴央の手も温かくて、優希の顔は自然と笑顔になっていた。しかし・・・・・。
 「でも、ユウちゃん、友達から誘われなかった?」
 続く真琴の言葉に、その笑みが少し陰ってしまう。
 「・・・・・誘われて無いです」
 「友達、いるよな?」
そして、貴央が顔を覗き込むようにして聞いてきた。
 「いる、けど」
(たかちゃん以上に一緒にいたい人なんていないもん)
実際は、一緒に初詣に行かないかと何人もの級友に誘われたが、その誰とも一緒に行こうという気にはなれなかった。
さすがに、半年以上一緒にいるので話す相手はいるものの、まだずっと誰かと一緒にいる勇気は無い。
 優しくされるし、可愛いと言ってくれる相手もいる。
しかし、その言葉を素直に受け止めることはまだ・・・・・出来ない。
 「ユウちゃんは素直なんだし、絶対人気者だと思うんだけどなあ」
 「そ、そんなこと無いしっ」
 「そう?たかちゃん」
 真琴が貴央を見ると、貴央はまあと苦笑した。
 「ユウは人見知りが激しいんだよな」
優希の学校生活を知る貴央には人間関係も知られているが、確かに友人と言える相手はまだいない。
周りには常に誰かがいてくれて寂しいと思うことは無いが(多分、それが恵まれた状況なのだろうとは思う)、それではいけない
と自分では分かっているのだ。
 「・・・・・たかちゃん・・・・・」
 「でも、いずれ慣れるって」
 そう言った貴央は、繋いでいる手にギュッと力を込めてくれた。
その言葉と行動に言い返すことも出来なくて、優希は自分からも手を握り返す。
 「痛いって」
 「痛いようにしたんだもんっ」
(何時までも僕を子供扱いにするんだから!)
歳など、たった3歳しか違わないのに、随分年上だというような物言いが少し悔しかった。








 賽銭箱の前に3人が並んで参拝をする。
もう何年も続いた恒例行事だが、そうするたびに今年1年頑張ろうと身が引き締まる思いがした。
(どうか、たかちゃんが健康でありますように。貴士さんも怪我も無くて、開成会のみんなも無事に・・・・・)
 100円でいったいどれだけのことを願っていいのか分からないが、真琴は熱心にそう心の中で言うとようやく顔を上げた。
まだ子供の貴央や優希は早々に顔を上げている。
 「ちゃんとお願いした?」
 「「うん」」
 その答えに満足し、真琴は海藤達の番が終わるのを待つ。
そして、海藤達が終わると、境内に2店だけ出ている甘栗の露店へと貴央と優希を連れて行った。
 「やっぱりこれを買わないと」
 「マコはこれが好きだよな」
 「毎年、剥いてくれって言うのたかちゃんでしょ」
 何時までも子供っぽいんだからと笑うと、貴央が少し眉を顰めた。
去年よりもまた大人に近付いたそんな表情は海藤にますます似て来て惚れ惚れしてしまうが、ちゃんと2人が別々の人格を持
つということは分かっている。真琴は笑いながら3つ下さいと言った。
 「今年は僕が剥いてあげる」
 「ユウは何個か剥いたら直ぐに飽きるだろ」
 背後で言い合う子供達の声が聞こえる。
(相変わらず仲がいいなあ)
何だかとても微笑ましい気持ちだった。




 「僕がするからねっ、マコさん!」
 貴央の呆れたような声にムキになって真琴に言う愛する息子の姿に、綾辻はほくそ笑みそうになる顔を何とか抑えた。
優希が貴央に抱いているのは強い独占欲だと思うし、何時までもそれでは駄目だとも分かっているが、この歳で人生で一番大
切な人と出会うということもあるので、他に目を向けろとも言うつもりはなかった。
(今のとこ、その思いも可愛らしいものだし)
 「・・・・・」
 綾辻は直ぐ傍で、僅かに口元を緩める倉橋を見た。
今はまだ優希のことが第一の倉橋だが、優希が独り立ちしたら彼の目が向くのは再び自分になるだろう。
(それまで、もう少しいいパパでいないと)
 優希は可愛い。
だが、それ以上に倉橋はもっと可愛いのだ。








 ムキになった優希は自分が甘栗の袋を持つと言う。
 「ユウ」
 「ほらっ、行こうよ、たかちゃんっ」
早く車に戻ろうと手を引っ張る優希にハイハイと答えた貴央が真琴を振り返る。
先に行って良いよと言った真琴が後から来る海藤の隣に立つのにちょっとだけ独占欲が疼くが、今の貴央はそれを口に出すほ
ど子供ではなかった。
(それに、やっぱりマコは俺に弱いんだし)
真琴の一番は海藤だが、優先順位は自分だという自覚が貴央にはあった。

 優希は貴央の手を引っ張りながら、それでも自分の後をついて来てくれる貴央に内心安堵していた。
自分のどんな我が儘も、最終的にはしかたがないなと受け入れてくれる貴央だが、相手が真琴となるとその状況は少し変わっ
てしまう。
真琴のことは大好きだが、貴央を取られるのは少しだけ・・・・・嫌だった。




 「でも、今年も皆でお正月を迎えられて良かったね」
 真琴の言葉に、貴央と優希は顔を見合わせてから頷く。
 「良かったよな」
 「うん」
 「また来年も、こうして迎えられると嬉しいなあ」
しみじみという真琴の声が耳に届いた優希は立ち止り、それにつられた貴央も足を止め・・・・・2人は近付いてきた真琴にそれ
ぞれ手を伸ばした。

 何時までこの6人で年を越すのか分からないが、1年1年をちゃんと大切にしたい。
胸の中で同じような思いを抱いた貴央と優希は、そのまま真琴とギュッと手を繋いで再び歩き始めた。





                                                                      end






今回は初詣。
少しマザコン気味の貴央君(苦笑)と、甘えっ子の優希君の第二弾です。