嫌いは、マシュマロ。

 友達は、クッキー。

 好きは・・・・・・・・・・キャンデー。








 それは、一か月前の2月14日。
 「あ、綾辻君っ」
 校門を出た所で呼びとめられた優希は、振り返った先にいた見知らぬ2人の少女に僅かに首を傾げた。
男子校なので、当然のごとく同じ学校に通っているわけではないし、小学校の頃の知り合いがわざわざ声を掛
けきたというような感じでもない。
 それでも、父親に似たフェミニストな面が顔を覗かせ、笑みを浮かべて訊ねた。
 「僕に用?」
 「あ、あのっ」
 「・・・・・」
 「あのっ、これ!」
勢いよく差し出されたのは、手のひらに乗るくらいの大きさの箱だ。綺麗にラッピングされたそれを見て、優希は
ようやく相手の目的に気がついた。
(今日はバレンタインデーだったんだ)
 「僕にくれるの?」
 「う、受け取ってくださいっ」
 中学に入学した当時は、こんなふうにチョコレートを貰うことなんてなかった。身長は160センチに届かす、甘い
女顔で、小学校でも同じ女の子仲間のような感じで見られていることが多かった。
 同級生は何時も女の子と遊ぶ優希に妬きもちをやいていたのか、馬鹿にしていたのか、意地悪されることも多
く、情けなかったがメソメソ泣いて逃げていた。
 しかし、この2年で事情は大きく変わった。急激に訪れた成長期のおかげで、身長は一気に15センチ以上伸
び、今の時点で171センチになった。一気に中学2年生の中では長身の方になり、それに合わせて顔立ちにも
変化があった。
 丸みを帯びていた頬は細くなり、大きかった目も切れ長になった。栗色の癖毛はそのままだが、おかしなことに
今は女の子っぽく見られることはなくなった。
 外見の変化に環境も変わっていき、優希は通学時によく声を掛けられるようになった。それも、男ではなく、女
の子。内面が変わったわけではないのに、周りが変わったのが何だかおかしいと思ったものだ。
 「ありがとう」
 このことを話したら、みんなはどんな顔をするだろうか。
 『誰にでもいい顔しちゃ駄目よ』
 モテるのに結構女性に冷たい父。母一筋だからしかたがない。
 『おつき合いするのはまだ早いだろう』
異性が苦手な母。心配性で、妙に頭が固いから、チョコを貰っただけでも将来のことを考えてしまうかもしれない。
そして、
 『女の子には優しくしないと、な?』
大好きな幼馴染みは、きっとそう言うはずだ。
男なら、チョコを貰って嬉しい、特別な日。しかし、優希の頭の中からはさっきの女の子たちのことなどすっかり消
えてしまっていた。










 そして、今日、3月14日。
優希は困っていた。バレンタインデーの日、結局家に帰るまでに16個のチョコレートを貰ってしまった。
その誰もが見知らぬ相手だったし、貰ったチョコレートには住所なんてなかった。
 それぞれ、優希に対する想いを伝えるメッセージはあったが、そのほとんどが外見を褒めるもので、複雑だが、
一緒に過ごす時間がないことを思えば、それもしかたがないかと思うことにした。
 家に帰った優希は、母とお返しはどうしたらいいのだろうと顔を突き合わせて悩んだが、少し遅くに帰ってきた
父には、
 「ありがとって、心の中で言えばいいのよ」
そう、無責任なことを言われた。
 一応、顔を合わせる可能性もあることを考え、小さなクッキーの詰め合わせを用意したが、このまま持って帰る
可能性の方が強いかもしれない。
(貰わなかったら、こんなふうに悩むこともないのに)
 好きではない相手からのプレゼントなんて困るだけだ。
今日はこれから大切な用がある。気持ちは早くそちらに向かいたいと思っているのだが、これをどうにかしないと
母に文句を言われそうだ。だからといって、相手がわからなければどうしようもないのにと溜め息をつきながら、優
希は朝コンビニで買った飴を口に入れた。
 「ん?」
 その時、携帯が鳴った。相手を確認した優希の顔が柔らかく綻ぶ。
 「もしもし?たかちゃん?今?校門に・・・・・あっ」
 どこにいるのか聞かれ、答えようとした瞬間に肩を叩かれた。ハッと振り向いたそこには、綺麗で大好きな人が
いる。
 「たかちゃん」
 「よかった。生徒会の仕事が早く終わったから、時間が合えば一緒に帰れるかなと思って」
 「すごいタイミング」
 「ああ」
 高校2年生の貴央は、欲目でもなくすごくカッコいい。
昔から綺麗だと思っていたが、内面の豊かさも合わせて年々その清廉さに深みが増しているような気がする。
小さい頃から側にいて、どんな時でも自分のことを考え、優しさも厳しさも向けてくれた、大切な大切な幼馴染
み。
 一人占めしたいと言う思いはもちろん今でもあるし、もしかしたらその思いは年々強くなっているのかもしれな
い。しかし、そんな自分の気持ちなどで縛れないほど、優希は自由でキラキラしている貴央が大好きだった。
 「久しぶり」
 近くで並んでいると、自分との身長差がよくわかった。今、貴央の身長は178センチ、せっかく追いつくと思っ
たのに、この7センチの差は結構大きい。
 「マコに買い物頼まれたんだ。つき合ってもらえるか?」
 「うん!」
 並んで歩けば、ほんの少し上にある貴央の視線が自分に注がれているのがわかる。
 「なに?」
 「・・・・・ずいぶん大きくなったなって思って」
 「なに、それ」
 「一カ月近く、会えなかっただろう?久しぶりにユウの顔を見て、改めてカッコ良くなったなって思った」
去年、2年に進級して間もなく、生徒会の役員になった貴央はとても忙しく、優希と共に行動することがかなり
減ってしまった。
 特に、2月に入ると卒業式や新年度の生徒会のことなどで、毎日かなりの時間を割かれてしまい、朝の登校
はもちろん、電話で話すことも少なかった。
 優希の方も、貴央の迷惑にはなりたくなかったので自分から連絡はとらず、そのことでずいぶん寂しい思い
をしていたのだ。
 「この分じゃ、近いうちにユウに背も追い越されそうだ」
笑いながら言う貴央が本気ではないとわかっていたが、それでもそう言ってもらえるのは嬉しかった。
(少しは、努力が実ったってことなのかも)
 貴央と同じ目線になりたくて、一生懸命牛乳を飲んだ。運動だってたくさん頑張ったし、好き嫌いも無くそうと
努力した。
元々、父と母も高身長で希望は持てたし、貴央に守られてばかりは嫌で・・・・・隣を歩きたいと思う自分の気持
ちを、貴央もちゃんとわかってくれていて協力もしてくれた。
今の自分があるのは、貴央が側にいてくれたからだ。優希にとってカッコいいというのは、今も昔も、貴央だった。




 「今日はバレンタインのお返しで、俺と父さんが料理を作るつもりだったけど、もちろんユウも手伝ってくれるだろ
う?」
 「戦力になるかわからないけど」
 特殊な職業に就いている貴央の父と、優希の両親は、プライベートでも深い交流があった。
今回も、それぞれが別にホワイトデーを過ごすつもりだったが、優希の父が貴央の父に話を持ちかけ、二家族で
のホームパーティーをすることになったのだ。
 「そう言えば、チョコもいっぱい貰ったんだって?綾辻さんが自慢してた」
 「あ・・・・・」
(内緒にって、言ったのに!)
 男として見られるようになったのは嬉しかったが、反面、浮足立っていると思われるのも嫌で、優希は貴央には
チョコを貰ったことを話さなかった。その女の子たちの誰ともつき合う気もなかったからいいと思ったのだ。
 しかし、そんな自分の気持ちを知らなかったのか、父は貴央に話してしまった。内心どうしてと父に詰め寄りた
い気持ちでいっぱいだったが、変に言い訳するのもかえっておかしいかもしれない。普通の男なら、女の子からチョ
コを貰ったら素直に嬉しいと思うだろう。変に考え過ぎの自分の方がおかしいのだ。
 「お返しは?」
 「・・・・・みんな知らない子だし」
 「そっか」
 「・・・・・俺、酷い?」
 優しい貴央は、それでも何とか相手に誠意を見せるべきだと言うのではないか。
軽蔑されたら地の底まで落ち込みそうだと思ったが、
 「いや、そうは思わないよ」
貴央はそう言って、優希の髪をクシャッと撫でてくれた。
 「誰にでもいい顔を見せないユウは潔癖なだけだよ。女の子から見たら冷たいと思われるかもしれないけど、応
えられないのなら変に優しくしない方がいいと思う」
 「たかちゃん」
 「そういう俺も、貰った相手に何も用意してないんだ」
 貴央の友人、丹波啓輔から聞いた話によると、貴央は姉妹校である女子高の生徒たちや、通学中に会う子
まで、大きな紙袋3つ分のチョコを貰ったそうだ。
 『あいつ、受け取る時さ、相手に向かってつき合うつもりはないって一々断って。それでもって押し付けられた分
だけでそれくらいあるんだぜ』
(・・・・・本当に、好きな子いないのかな)
 今まで気になっていたが、どうしても直接聞けなかったこと。多分、訊ねたら応えてくれるとは思うが、もしもいる
と言われたら信じられないほどショックを受けると思う。
 「・・・・・ねえ、たかちゃん」
 「ん?」
 「えっと・・・・・あの、さ」
 「なんだよ」
 やっぱり、聞けない。
 「あの、僕がたかちゃんって呼ぶの、嫌かな?」
 「どうして?」
ごまかすために言ったことに、貴央は不思議そうに訊ね返してきた。
最近、母から「そろそろちゃんと名前を呼んだ方がいいんじゃないか」と言われたことがふっと頭を過って口に出た
のだが、改めて考えると聞いておいた方がいいことのような気がしてくる。
 昔ならともかく、今の自分が可愛らしい呼び方をするのはやっぱり変じゃないか。
 「・・・・・可愛くないから?」
要約すると、そこに尽きる。女の子のような自分だったら許された呼び名も、今の自分にはおかし過ぎた。
自分自身でもわかっているが、貴央にとっての特別な存在から離れてしまいそうで、小さな不安が溢れてしかた
がないが、そんな時でも貴央は優希の欲しい言葉をくれた。
 「ユウからそう呼ばれるのは好きだよ。それに、俺の前だけで可愛い顔を見せてくれるのは嬉しいし。俺にとって
ユウが特別な存在には変わりないんだ、呼びたい名前で呼んでいいよ」
 「・・・・・うん」
 貴央の前では、カッコいい自分でいたい。その一方で、いつまでも可愛いとも思われたい
結局、貴央にはどんな自分も受け入れてもらいたいと甘いことを考えている自分を自覚しながらも、今日、貴央
の隣に立つのが自分であることが嬉しかった。
(これ、無駄になったな)
 鞄の中に入れてあるクッキーは、このまま自宅に持ち帰ることにする。間違っても、他人のために用意したもの
を貴央には食べさせたくない。
 「ユウ、何か食べてる?」
 不意に、貴央がそう言った。
 「え?」
 「頬、少し膨らんでる」
 「あ、飴だけど・・・・・たかちゃんも食べる?」
制服のポケットに幾つか入れていた飴を一つ取り出して差し出すと、貴央はありがとうと言いながら受け取り、優
希と同じように口に入れる。
 「じゃあ、行こうか」
 「うん」
 同じ飴を食べながら、一緒に帰路につく。
 「たかちゃん」
 「ん?」
 「春休みは、一緒に遊べる?」
 「もちろん」
当然のように返ってくる言葉に思わず笑みを浮かべながら、優希はすぐ隣にある温もりを居心地良く感じていた。






                                                             end






貴央、高校2年生&優希、中学2年生。
ホワイトデーの話です。