大東組傘下、開成会の幹部である綾辻勇蔵(あやつじ ゆうぞう)は、久し振りの長い夜を持て余して夜の街へと遊びに出て
きた。
何時もは女友達も含めて大勢で騒ぐのも好きな綾辻だったが、今回はゆっくり、静かに飲みたいと思い、知っている店の中でも客
の年齢層が高く、女もなかなか来ないような、少し路地裏の小さな店を選んだ。
「お久し振り、マスター」
「・・・・・こんばんは」
シェイカーも振る、60歳はとうに超えたマスターがカウンターの中から僅かな笑顔を見せる。
この距離感が心地良くて、綾辻は満足げに笑った。
「今日は皆出足が遅いみたいね」
午前1時過ぎ。本来ならカウンターと僅かなテーブルは既に埋まっている時間帯だが、今日はなぜかテーブルには客がおらず、カウ
ンターにも客がまだ1人きり・・・・・。
「あ」
「こんばんは」
「珍し・・・・・あ、やだあ、もしかして貸切?」
カウンターに座っていた人物の顔を見て、綾辻はようやく何時もの店とは違う雰囲気の訳を悟る。
その言葉に、当の本人は笑って答えた。
「私もたまには静かに飲みたい時があるんですよ。でも、あなたがおられるなら楽しい時間が過ごせそうだ」
「やだあ、怖い〜」
言葉でそう返したわりには楽しそうに笑うと、綾辻は相手が座るカウンターの隣の椅子へと腰を下ろした。
「私も楽しめそう。一杯目は奢らせてね、小田切さん」
「喜んで」
大東組傘下、羽生会の、今だに本家から出向という身ではある会計監査役小田切裕(おだぎり ゆたか)は、綾辻の答えに満
足してにっこりと笑った。
今日は本来なら飼っている犬との散歩の約束があったが、出掛ける間際に犬に掛かってきた電話が小田切の気持ちを変えた。
それはどうやら仕事仲間の、少し遅い新年会をしようとの誘いで、出席を確実なものにする為か女からの誘いの電話だった。
もちろん今まさに散歩に出掛けようとしていた犬は出席するつもりは無い様だったが、それでも直ぐに断わる言葉は出なかったよう
で電話は2分3分と長くなっていき・・・・・5分ほど経った時、小田切は犬に言った。
「今日の散歩は中止。仲間同士の集まりに行ったらいい」
「ゆ、裕さん!」
止める犬の言葉を全く無視した小田切は、そのまま自分で車を運転して街に出た。
けして、電話のせいで気分を害したというわけではなく、待たせられたからというわけでもなく・・・・・小田切は単に、時間が勿体無
いと思ったのだ。
変な話だが、小田切は犬を放し飼いにしているつもりで、外にいる犬が何をしていようが感知しない。もしかして他の女や、男と
遊んでいたとしても咎めるつもりも無い。
自分自身が束縛される事が嫌いなので、自分も誰かを束縛する事はしなかった。
ただ、今回の飼い犬は小田切だけを想い、他の人間には尻尾も振らない。そんな一途な想いを向けられるのは久し振りに心地
良く、この犬だけは自分に嘘を付かないだろうと思えた。
(私は甘えているだけなのかもしれないな)
久し振りに寄ってみるかと思った店。マスターは何時もと変わりなく迎えてくれた。
こんな居心地の良い空間を壊されたくは無いなと思った小田切は、部下に命じて店に入ってこようとする客を丁重に帰ってもらうよ
うにお願いし、マスターも、その命令を聞いても何も言わなかった。
(さて、あいつはどうしているかな)
今回も、きっと自分の気を損ねたと思ってかなり狼狽しているだろう。バイブ設定にしている携帯は、もう何度と無く震えている。
離れているこの場所でその様子を想像して楽しんでいた小田切は、不意に開いた入口の扉に視線を向けて思わず微笑んだ。
「お久し振り、マスター」
顔馴染みの、同じ世界に生きるこの男は通してもいいと部下が判断したのだろう。
もちろん、小田切も文句は無かった。
「よい年を迎えましたか?」
「ん〜、まあ、それなり?」
自分と近いとは思わないが、十分会話を楽しませてくれる綾辻。彼がそう言うのなら、それなりに楽しい正月だったのだろう。
(ああ、もしかして)
最近会うことが無くて気付かなかったが、もしかしてあの人物との関係が進んだのだろうかと小田切はピンと来た。
「倉橋さん、どうでした?」
「・・・・・」
一瞬、グラスを傾けていた綾辻の手が止まる。
それでも、彼は小田切相手に誤魔化すような事はしなかった。
「最高」
「それはそれは」
「あんなに気持ちのいい身体は初めてだったわ」
他人の惚気話ほど面白くないものは無いが、どちらも知っている相手であるし、何より小田切も綾辻の相手である倉橋の事を気
に入っているので、2人の関係がどんな風に深まったのか気になった。
「初めてだったんでしょう?あなたの入ったんですか?あ、もしかして意外と・・・・・」
「やだあ、小さいなんて言われたこと無いけど、ほら」
小田切が何を言いたいのか分かったらしい綾辻は、笑いながら小田切の手を掴むと自分の下半身に軽く触れさせた。
もちろん、お互いが対象の範疇外であるし、全くエロチックな雰囲気も無かったので、小田切も医者のような気分で綾辻のペニス
に(服の上から)触れてみる。
(・・・・・言うだけありますね)
確かに、平常時でこれ程ならば、勃起時にはかなりの大きさになるはずだ。これを、男とのセックスが初めての倉橋がよく受け入れ
たなと、小田切は妙な感心をしてしまった。
「結構大きいですね」
「でしょう?小田切さんとこの犬には敵わないかも知れないけど」
「あれはそれぐらいしか自慢出来るものが無いですからね」
「またまた〜」
男としてペニスを褒められるのは悪い気はしないのだろう、綾辻は照れも無く笑った。
ただ、綾辻も小田切がどれだけ経験豊富なのかその言葉尻だけでも感じ取れていたし、倉橋と同じ受け入れる立場という事で
もう少し込み入った事をこの機会に聞いてみようと思った。
「ね、小田切さん、入れる時は何か使う?」
「ローションの事ですか?私は舐めてもらう方が奉仕されている気分がして好きなんですが、あれがそれだけじゃ不安だと言いま
してね」
「あ、分かる、私もちょっと不安だし」
(女みたいに中から濡れるって事がほとんど無いしね)
男が濡れないということは、実は無い。多少なりとも直腸内は湿っていて、濡れているという感触はあるのだ。
それでも、本来は排泄にしか使わない場所に、ペニスを挿入する為にはある程度の濡れは必要で、舐められるということを極端に
恥ずかしがる倉橋の為に、綾辻はローションを常備するようにしていた。
「楽しくないんだけど」
「綾辻さんも舐める方がいいんですか?」
「もちろん!克己って潔癖症だから、中まで舌を差し込んだら泣いて嫌がるの。抱かれる事自体には抵抗感は無いんでしょうけ
ど、アナルを舐められるのは嫌みたい」
「その泣き顔も可愛いなんて思ってるんでしょう?」
「ふふ、分かります?」
「あの倉橋さんなら言いそうなことですしね。でも、多少泣かれたとしても、中まで舐め濡らす事は続けた方がいいですよ。いずれ
そこをいじられただけで勃つようになるでしょうし」
「小田切さんも?」
「私は多少コントロール出来ますけど」
笑う小田切は、本当に読めない男だと思った。
店の中は相変わらず静かで、マスターは黙ったまままるで空気のようにカウンターの中でグラスを磨いている。
小田切は久し振りのゆったりした時間を楽しむように、注いで貰っていたワインを一口飲んだ。
「男同士のセックスは女のようにスムーズに行かないこともありますが、それだけの手間を惜しんでも抱き合いたいと思う2人がす
る行為ですからね。私は異性間のセックスよりも神聖だと思いますよ」
「うん、分かるわ〜。私だって、克己が痛い思いをしてでも受け入れてくれてるって感じてるし・・・・・愛よね〜」
「そうですね」
小田切は笑った。
「あ、前戯はきちんとしてあげてますか?胸やペニスをいじるだけではなくて、身体全体をちゃんと可愛がるんですよ?」
「してるつもりなんだけど・・・・・どこが気持ちいいのかしら」
「人それぞれだとは思いますが、倉橋さんのように性的に幼い方はやはりキスを増やしてあげる方がいいと思いますよ。唇だけじゃ
なくて、顔全体や耳、首筋とか・・・・・あ、指先や足などもいいんじゃないでしょうか」
「なるほど」
「それと、やっぱり受け入れる場所はかなり念入りに解してあげるように。少し慣れたといって手抜きなんかしたら、たちまち傷付い
てしまいますからね」
そう言いながら、小田切は自分の過去の事を思い出していた。
今考えれば小田切の最初の頃の相手は皆年上の経験豊富な男達ばかりで、乱暴な抱かれ方をした覚えはなかった。
慣れてくると自分よりも年下も相手にするようになったが、その時は自分の方が自分のいいように相手を促した。
物心付いた時から同性を恋愛対象としてきた小田切。思えば、気持ちの良いセックスパートナーは途切れた覚えは無かった気が
する。
「前立腺だけでなく、内壁を指の腹でよく刺激してあげてください。感じる場所は一つではないし、あなたが開発してあげればお
互いが楽しめるでしょう?」
「中ねえ」
「してませんか?」
「ううん、傷付けたくないからかなり解しているつもりだけど・・・・・でも、そうねえ。まだまだ足りないかも」
「身体がまっさらなら感じやすいでしょう?」
「チェリーじゃなかったわよ?」
「快感を感じたことがないなら同じことですよ。吐き出すだけなら自慰と同じでしょ?」
(ま、自分の手を使わないだけ楽ですけどね)
性欲処理にだけ付き合ってきた男達の顔を思い浮かべながら、小田切はあっさりと言い切った。
さすが小田切は違うなと、綾辻は内心感心しながら話を聞いていた。
綾辻もかなり遊んできた方だが、小田切の経験には遠く及ばない気がする。それは経験数だけではなく、その内容の深さも関係
があるように思えた。
「私も男を抱くのは克己が初めてじゃないけど・・・・・やっぱり、大事な相手は違うものね」
「その相手は年上?」
「ええ。ま、乗っかられたって感じ?」
「ふふ、若い頃のあなたに跨るなんて、なかなかの面食いでしょうね」
「私、その頃から美少年だったから」
確かに慣れていたあの男と倉橋では、その反応は全く違う。あの男は綾辻に快楽を与えようと様々な技巧を凝らしてくれ、綾辻
も一時はその身体に夢中になったものだが、倉橋は・・・・・彼とは全く違うのだ。
ただその場に寝ているだけでも、自分のキスにさえ応える事が出来なくても、拒絶せずに受け入れてくれるだけで嬉しいのだ。
(思えば、俺の初恋は克己だな)
綾辻がふっと笑った時、小さな音が聞こえた。
「携帯?」
「ああ、失礼。マナーにしておいたんですが・・・・・電源切りましょう」
胸元から携帯を取り出した小田切がそのまま電源を切ろうとするのを綾辻は止めた。
「それ、ワンコからじゃないかしら」
「・・・・・」
綾辻に言われるまま携帯を開いた小田切は笑う。
「当たりです。電話は掛かってきてたんですが・・・・・ああ、メールも何通かありますね」
「なんて?」
僅かなバイブ音は直ぐ止んだのでメールじゃないかと見当をつけた綾辻の言った通りらしく、小田切は手早く操作して・・・・・やが
て苦笑を零しながら携帯を差し出してきた。
「読んでも?」
「楽しい事が書かれていますから」
「え〜」
小田切が可愛がっている犬がどんなメールを送ってきたのか興味がある綾辻は、渡された携帯をあっさりと受け取って書かれた
文章を読んだ。
【会いたいです。呼んで下さい】
「あら、可愛い」
「まだ子犬のようなものですから甘えているんでしょう」
そう言いながらも、小田切の笑みが先程よりも更に深くなったのが見て取れて、綾辻も笑みを浮かべた。
(なんだかんだ言っても、可愛がってるのねえ、今飼ってるワンちゃん)
「じゃ、私帰ります、お邪魔だろうし」
「いてくださっても構わないんですよ?」
「ワンちゃんに浮気相手だって疑われちゃ嫌だもの。それに、私も克己に会いたくなっちゃったし・・・・・また、参考になる話を聞かせ
てくださいね?」
「気持ちのいい体位をお教えしますよ」
「ふふ、よろしく」
笑いながら立ち上がった綾辻は、それまで全く気配を感じさせなかったマスターに向かって軽く手を振る。
「じゃあ、マスター、また来るわ」
「ありがとうございました」
静かな声に見送られて店を出た綾辻は、ふ〜っと溜め息を付いて腕時計を見た。もうかなり遅いので、多分相手はもう眠ってい
るだろう。
小田切とあんな会話をして、倉橋に会いたくてたまらないが、彼の安眠を妨害するつもりも無い。
(・・・・・また、明日ね、克己)
明日、今日の分まで貪ってやろう・・・・・綾辻はペロッと舌を舐めてくっと笑みを零した。
綾辻を見送った後、小田切は一瞬考えてからメールを返信した。
場所と、今から30分後・・・・・それだけだ。
「マスター、もう少し相手をお願いしますね」
「はい」
多分、指定した時間よりも早く店に飛び込んでくるであろう忠犬に何と声を掛けてやろうかと、小田切は新しく注いでもらったワイ
ンを口に運びながら口元に笑みを浮かべて考えていた。
end
綾辻さんと小田切さんの内緒話。リクエスト第一位ですね。
もう少し過激な話題もさせたかったんですけど、今回はこの位で(笑)。