「はあ〜・・・・・鈍ってんな・・・・・」
 1人水飲み場にやって来た広海は、大きな溜め息をついて空を見上げた。
サッカーを辞めて、この夏で2年になる。
その間他の運動はしなかったし、する気も起きなかった。途切れてしまった活力はなかなか元には戻らなかったのだ。
 ただ、やはり勉強より身体を動かすことが好きな広海は、『学校行事だから仕方なく』というスタンスで、授業や体育祭な
どは思い切り発散するようにしていた。
(小林にはああ言ったけど・・・・・部活遣る時間がないのも本当だし)



 この春から、茅野家の大黒柱であり、家庭では影の薄い父親と、何時もハイテンションで男4人を操っていた母親は、
父親の転勤の為に海外在住の身となった。
今現在でもラブラブの2人は、単身赴任ということは全く考えなかったのだ。
 それでも母親は、問題児である広海と大地を残して行くことに躊躇いが無かったわけではないようだったが、今年大学
受験の陽一と、高校受験の大地、そして高校に入学したばかりの広海を、一緒に海外に連れて行けないのは一目瞭然
だった。
 頼りになる長男の『任せてよ』という言葉に縋り、能天気に手を振る一番の問題児の次男と、無口で何を考えているか
分からない三男を残し、両親は後ろ髪を引かれながらも旅立ったのだ。


 親のいぬまに・・・・・と、自堕落な生活を夢見ていた広海も、母親以上に厳しい陽一の前に、家事の分担を受け入れ
るしかなかった。
食事の支度から、掃除洗濯、弁当作りにゴミ出しに至るまで、きっちりと決められた当番で動いている広海には、その上
部活までやろうという気力は全く無かった。
そうでなくとも行き帰りは30分ほどの自転車通学だ。
(何でも出来る兄貴や、バスケ馬鹿の大地とは違うんだよ)
 陽一に負けるのは仕方がないが、大地には絶対に負けたくない。
受験生で、その上部活までしている大地がきっちりと当番をこなしているのだ。広海もきっちりこなすことが、兄として当然だっ
た。



 「茅野、早かったね」
 「あ〜、順番終わった?」
 「今新田が抗議してる、もう一度走らせろって。多分茅野よりも遅かったんじゃない?もう次のクラスが来てるんだけどね」
 椎名はクスクス笑っている。
 「もったいないな。クラブ、入らないの?」
 「まあ・・・・・家庭の事情ってやつ?椎名は?何か入るのか?」
 「俺も、家庭の事情でね」
まだ同じクラスになって数日。知り合っても数日だ。
しかし、どこかのんびりとした独特の雰囲気を持っている椎名の傍にいるのは心地よかった。
 「習い事って言うか・・・・・まあ、家の仕事があって」
 「へえ、じゃあ、仕方ないな」
 人それぞれと、それ以上追求もしない広海に、椎名は何を思ったのか嬉しそうに微笑みかける。
男だと分かっているのに、なぜだかドキッとした。
 「お〜い!か〜や〜の〜!」
 その時、大きな声で名前を呼びながら新田が駈け寄ってきた。
広海はハッと我に返って振り向く。
 「何だよ?」
 「再テスト駄目だって言われたんだよ!だからさ、ちょっと俺と競争してみようぜ?」
 「嫌だ」
 「何だよ!勝ち逃げする気かよ!」
 「どうせ俺が勝つって」
 「わかんないだろっ?さっきのタイムはまぐれってこともあるじゃん!」
 「それはない」
 「茅野って!」
 「新田、まだ競技残ってるんだから、そっちで勝負したら?」
 「あ、そうか!よし!茅野、勝負だ!」
 高々と人差し指を空にかかげる新田を呆れたように見ながらも、広海は内心不思議な思いに囚われていた。
まだ出会って数日の彼らと、こんなふうに自然に会話が出来ることが不思議だった。
出会った事が奇跡だと、そんなクサイ台詞をいうつもりは毛頭ないが、同じクラスにこの4人が集まったということはラッキーだっ
たと言えなくもない。
広海はまだ騒いでいる新田を横目に、もう一度高い空を見上げた。





                                                                  
おわり