海藤貴士会長、お誕生日編です。
今回は何時もと少し様子が違い・・・・・。
















(・・・・・何か、あったのか?)
 9月に入ってから、目に見えて恋人の様子がおかしいことに気がついた。
それでも、今は自分に関係することも、恋人に関係することも、何か問題があるというわけではなく、第一、怖がっているという風
ではなかった。
 部下に聞けば、

 「さあ〜、なんでしょう?」

含みのある言葉と共に向けられる笑みに、何か事情を知っているということは分かったが、強引に聞きだしてもいいものかどうかが
分からない。
(・・・・・あ)
 そんな時、何気なく部屋に掛けられたカレンダーを見て、ふと、ある可能性が頭の中に浮かんだ。
恋人と出会ってから何度か迎えた自分の生まれた日。それだけではなく、クリスマスや、正月など、今まではただ世間の行事だと
しか思っていなかった日にも、様々なことをして驚かせてくれた恋人が、今回もまた、自分を泣きたいほどに幸せだと思わせてくれ
る何かを計画しているのだろうか?

 注意してみると、様々なところに電話をしたり、メールを送ったり・・・・・自室に行った振りをして聞き耳をたてると、プレゼントとい
う言葉や、ケーキという言葉まで聞き取れて、なんだかそれだけで幸せな気分になってしまう。
(せっかくだ・・・・・騙されるか)
 恋人が一生懸命考えてくれているだろう、自分の誕生日。
数年前までは何の感慨も浮かばなかったが、今はこんなにもワクワクと子供のように楽しみにしている自分がいる。
今年はどんな風に驚かせてくれるのだろうか。そう考える自分の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。






 「・・・・・大丈夫かな」
 電話を切った真琴は、そう不安そうに呟いた。
大切な人の、大切な日。絶対に笑顔でいて欲しいと思うものの、今年、自分が考えたことは、彼にとって負担にはならないだろう
か?
(・・・・・どう、なんだろ)
 相談した相手は、

 「君が貴士のことを大切に考えてくれているってよく分かるよ。私もぜひ、協力させて欲しい」
 「だ〜いじょうぶ!マコちゃんの気持ちは絶対に伝わるから!」
 「真琴さん、あなたが不安に思っていたら、社長にもそれが伝わってしまいます。自信を持ってください」

そう、口々に言って、真琴の提案にそれぞれが協力してくれた。
自分だけではとても出来ないことだらけで、真琴は思いつきだけを提案した自分を申し訳なく思ったが、彼らの心遣いは無駄にし
たくなかったし、肝心の日はもう目の前だ。
 「・・・・・よし!」
 真琴は、迷う自分の気持ちに活を入れるようにそう言うと、立ち上がって手にしていた携帯をテーブルの上に置く。着替えるため
に部屋に行った彼はもう直ぐ戻るはずだと、眉間の皺を摩って消そうと思った。



 大学3年生の西原真琴(にしはら まこと)には大切な恋人がいる。
その恋人は海藤貴士(かいどう たかし)・・・・・そう、真琴の恋人は自分と同じ男だった。
同性で、しかも自分よりも一回り以上も年上で・・・・・さらに、開成会というヤクザの組のトップに立つ男だった。

 始まりの強引さとはうって変わって、彼はとても大切に真琴を愛してくれる。
真琴の不安や戸惑いを全て愛情で打ち消し、しっかりと抱きしめてくれる。
 与えてもらってばかりではなく、自分も何か返したいが、社会人(少し特殊だが)の彼と、学生の自分とではあまりにも差があり
過ぎて・・・・・。
 それでも、唯一自分が主導になれるのが、彼の誕生日だった。
大好きな彼の生まれた大切な日。自分で出来ることは限られているが、それでも、この日だけは自分の精一杯の気持ちを伝え
たい。

 一緒に迎える3回目の今年の誕生日。
今までの誕生日は海藤も一緒に喜んでくれたが、今年はどうだろうかと不安が付きまとう。彼にとっては余り嬉しくないかもしれな
いが、彼と出会い、好きになってから、自分が折にふれて気になっていたことだ。
(どうか、怒らないでくれるように・・・・・)
今出来る最後の手段は、こうして祈ることだけだった。








9月25日----------------- 。



 その日、真琴は朝からそわそわとしていた。
予め、海藤のスケジュール管理をしている倉橋に頼んで今日を休日にしてもらっているので、海藤もゆっくりとリビングで寛いでい
る。
 大人2人暮らしなので早々散らかることも無く、2人で手分けをして掃除洗濯をしてしまうと、昼前にはもうすることがなくなって
しまっていた。
 「昼はどこか食べに行くか?」
 何時ものスーツ姿とは違い、今日の海藤は真琴が選んだセピア色のカシミアのニットに、ベージュのチノパンというラフな格好だ。
真琴も、山吹色のパーカーにジーパンという普段着のままで、出かけるのならば着替えなければならない格好ではあるのだが、出
来るだけ普段の海藤の姿がいいので、真琴は首を横に振った。
 「ううん、家で食べましょう」
 「いいのか?」
 「俺、作ります。綾辻さんから美味しい明太子もらったので、明太子スパ」
 「それは、楽しみだな」
海藤が目を細めて笑ってくれ、真琴もそれに返すように笑顔になった。



 「誕生日、おめでとうございます!今日は海藤さん、1日王様ですからね!」
 起き抜けに笑顔の真琴にそう言われ、海藤は朝から幸せな気分だった。
 朝食も全て真琴の手作りで、片付けもしなくていいと言われたのだが、2人でした方が早く済むし、ゆっくりと2人で寛ぎたいと
言えば、照れくさそうに笑っていた。
 いったい、今日はどんなことをして自分を驚かせてくれるのだろうか。
海藤はそう考えるだけで楽しく、幸せだった。



 昼食を済ませて間もなく、インターホンが鳴った。
顔を上げた海藤に、真琴は予定通りだと思いながらソファから立ち上がる。
 「海藤さん、出掛けましょう!」
 「どこへ?」
 「軽井沢です」
 「軽井沢・・・・・御前のところか?」
 「はい!そこでホームパーティーしようと思って!海藤さんの誕生日会です!」
 「・・・・・誕生日会、か?」
 さすがに想像していなかったのか、海藤が驚いたような表情になる。
どうやらびっくりさせることには成功したようだが、これにはもう1つのサプライズがあるのだ。そちらの方が問題なのだが・・・・・今はと
にかく、海藤をあの場所まで連れて行かなければならない。
 「服はそのままでいいですよ。ほら、行きましょう!」

 まだ事情を飲み込めていないらしい海藤の手を引っ張り、真琴は玄関のドアを開けた。
 「綾辻・・・・・」
 「今日は運転手で〜す」
 「すみません、お願いします、綾辻さん」
当初はタクシーをと考えていた真琴だが、話を聞いた海藤の部下である綾辻が、それなら自分がと立候補してくれた。
長距離の運転は大変だからと言ったのだが、海藤の反応を生で見たいからと言い、倉橋を誘ってドライブ気分で行くからと言わ
れると、真琴も助かるのでお願いをした。
 「いったい、何を企んでいるんだ?」
 助手席にいる倉橋が恐縮そうに頭を下げる様子を見ながら、海藤は誰とはなしに口を開く。それでも、その口調は怒っていると
いうよりも、楽しんでいる様子が見えて、真琴は内心ホッとしながら内緒ですと言った。
 「・・・・・怖いな」
 「・・・・・海藤さん」
 「ん?」
 「・・・・・なんでもないです」
 真琴は隣に座る海藤の手をギュッと握り締める。この手はずっとこうして握っているんだと伝わるように、思いを込めて握る。
すると、海藤もそんな真琴の手を握り返してきた。自分はここにいる・・・・・そう、真琴に伝えるように。






 数時間のドライブの後、車は海藤の伯父で、元開成会会長である菱沼辰雄(ひしぬま たつお)が暮らす、2階建てだがかな
り広い敷地を持つ立派な洋館の前に到着した。
 車の中から到着時間は知らせておいたので門は直ぐに開かれ、車はそのまま玄関前の広い車寄せの前まで行く。
 「貴士!」
そこには、既に菱沼とその妻、涼子(りょうこ)が出迎えに出てくれていた。
部下が開けた後部座席から降りた海藤を強く抱きしめ、誕生日おめでとうと大きな声で祝福している。
(わ・・・・・相変わらず、元気だな)
 電話で今回の計画を話した時から乗り気だった菱沼。電話から感じる以上に、現実のパワーは大きい。物静かな海藤の育て
の親とはとても思えない太陽のような明るさに、真琴は思わず笑ってしまった。
 「マコちゃん!」
 そんな真琴に気付いた菱沼が、海藤から離れるとぎゅっと真琴を抱きしめてきた。
 「ありがとう!君の今回の提案に、本当に感謝するよ!」
 「そ、そんな、俺の方こそ協力してもらって・・・・・」
 「君でなくちゃ気付かないことだったかもしれない。貴士、お前は本当にいい伴侶を見つけたな」
海藤にとって大切な親代わりである菱沼にそう言われ、真琴は本当に嬉しかった。抱きしめてくる腕の力は海藤に対する想いの
強さだと思えば、苦しいから放してくれとは言えない。
 「辰雄さん、いい加減に彼を離さないと貴士から殺されるわよ」
 そして、そんな菱沼の暴走を止めるのは、元開成会の姐さんである涼子だった。
 「お、おじゃまします。今回は・・・・・」
 「挨拶はいいわ」
菱沼の手から解放された真琴が頭を下げると、涼子はそう言ってしばらく真琴を見つめ、やがてふふっと笑みを零した。
 「ただの大人しい子供かと思っていたけれど、どうやら違うみたいね」
 「りょ、涼子さん」
 「いらっしゃい。全てあなたの望みどおり、整っているわよ」



 まさか、菱沼の別荘に来るとは想像していなかった海藤だったが、久し振りに伯父夫婦の元気な顔を直接見れたことは素直に
良かったと思った。この伯父夫婦が自分の育ての親だと知っている真琴が、なかなかここに訪れることが無い自分を気遣ってセッ
ティングしてくれたのだろう。
(だから、ホームパーティーか)
 彼らが、自分にとっての家なのだと思っているからこそ、あんな言葉になったのだろうと思えば気恥ずかしくもなるが、海藤は素直
にその好意に甘えることにした。
 「どうぞ」
 涼子が案内してくれたのは、別荘の中でも比較的こじんまりとした家族用の食堂だ。
それでも10人くらいはゆっくりと食事を取れる部屋だったか・・・・・そんな風に思っていた海藤は、自らドアを開けた菱沼の身体が
横にずれた時に視界に飛び込んできた光景に、思わず足を止めてしまった。



(海藤さん・・・・・)
 海藤の少し後ろに立っていた真琴は、その顔が僅かに強張ったのに気付き、思わず海藤の腕を両手で掴んだ。
ここから彼が逃げ出すとは思わなかったが、それでも何らかの感情を爆発させるかもしれない・・・・・何だかそんな危うさを感じてし
まったのだ。
 しかし、海藤はしばらくその体勢から動くことは無く、やがて、静かに口を開いた。
 「・・・・・呼んだのは、お前か?真琴」
 「は、はい」
 「・・・・・」
 「家族で、ちゃんと・・・・・お祝いしたいと思ったから」
海藤に聞こえるほどの声音で言った真琴は、中にいる人物に向かって深々と頭を下げた。
 「今日は、来てくださってありがとうございます」
 「・・・・・御前に呼ばれたからな」
 聞き慣れた声に似た、それでももう少し枯れた声。
目の前にいる2人・・・・・海藤の実父、海藤貴之(かいどう たかゆき)と、実母、淑恵(としえ)を真っ直ぐに見つめながら、真琴
はそれでもと言葉を続けた。
 「菱沼さんは、ちゃんと理由も伝えてくれたはずです。海藤さ・・・・・貴士さんの誕生祝いをするからって。それでも、こうして来て
くれたんですよね?」
 「・・・・・」
 ほとんど共に暮らすことが無く、暮らしたその時間も傍にいることは無かったと聞いた。
父親は自分の主人であった菱沼のことだけを考えていたし、母親はそんな夫だけを見つめていたと。

 「それなら、子供なんかつくらない方が良かったんじゃないかと思っていたが・・・・・今は、こうして俺を産んでくれたことには感謝を
している。生まれていなかったら、お前と出会うことも無かったんだからな」

 寂しい言葉だと思った。
飢えている、いや、飢えていることにさえ気付かない海藤を、自分の存在全てで愛そうと思った。
 しかし、どんなに親子としての愛情の繋がりは薄くても、この世に生きているのならば、分かり合って欲しい。それが、まだ子供の
自分の甘い考えかもしれないと、実際に、海藤がどんな気持ちで育ったのか分からないくせにと思っても、それでも真琴は家族の
繋がりというものを信じたかった。
 海藤と出会って迎える、3回目の誕生日。
切っ掛けは、作らなくては出来ない。そう思った時、真琴は菱沼に電話を掛けていた。



 結果は保証出来ないよと言われた。
たとえ自分が呼び出したとしても、息子の誕生祝いに夫婦が九州から出てくるとは限らないと、菱沼は甘い考えは持たない方が
いいと言った。
 しかし、

 「君しか、思い付かなかったことかもしれないね」

そう言って、ありがとうと電話口で言ってくれた。
その言葉で、菱沼がどんなに海藤のことを愛し、深く思ってくれているのかを知って、真琴は本当に嬉しくなった。
(でも、こうして来てくれた・・・・・っ)
 途中、到着時間を知らせるために電話をした時、たった今着いたよと言われ、真琴は車の中で叫びたい気分だった。
諦めないでいいんだと、可能性は、何時だってあるんだと・・・・・ただ、その自分の思いと、当人である海藤の気持ちが一緒であ
るとは限らない。
 それが心配で、真琴はこのドアが開く瞬間まで不安でたまらなかったが、海藤に良く似た面差しの貴之を見た時、そんな心配
は消え去ってしまった。



 海藤と、自分と。
菱沼と、涼子と。
貴之と、淑恵。
 6人が、ケーキや様々な手料理が並んだテーブルにつく。ケーキには、『たかしくん、おたんじょうびおめでとう』と書かれてある。
きっと、菱沼が悪戯半分で注文したのだろう。そんなことを想像し、思わず頬を緩めながら、真琴は綺麗にラッピングされたプレゼ
ントを手渡した。
 「はい、プレゼントです」
 「・・・・・ありがとう」
 「私からもだよ。本当はクルーザーか車を贈りたかったんだが、涼子さんが煩くてね」
 「貴士はあなたと違って浪費家じゃないですから。はい、私からも」
 「・・・・・ありがとうございます」
次々に渡されるプレゼントの包みを、海藤は少し困惑した顔のまま受け取っている。
(・・・・・怒っては、ないよね)
 突然のサプライズ、それも、自分が勝手に考えたそれに、もしかしたら怒るに怒れないのかもしれないが、それでも、海藤も、そ
して海藤の両親も、そのまま椅子に座ってくれていることにホッとした。
 その時だ。
 「貴士、これ、私達から」
そう言いながら、淑恵が海藤にラッピングされた包みを差し出した。
(プ、プレゼント、用意してくれたんだ)
 来てくれるだけでも嬉しいと思っていたのに、こうしてプレゼントまで用意してくれているとは思ってもいなくて、真琴は思わず海藤
の腕を引いてしまった。
 「か、海藤さんっ、開けてみませんかっ?」
 「・・・・・ああ」
 海藤は一度だけ両親を見た後、母親が手渡してくれた包みを開いていく。
プレゼント仕様のラッピングを解き、中から現れたのは・・・・・。
 「・・・・・」
 「ミ、ミニカー?」
それは、十台ほどのミニカーの詰まった箱だった。
 「貴之さんと買い物に行ったけれど、子供の欲しい物はよく分からなくて」
 「・・・・・男の子供の喜びそうなものをと聞いたら、それを勧められた。歳を言うのを忘れていたが・・・・・いらないなら、誰かにや
ればいい」
 真琴は、涙が零れそうになった。
多分、彼らは海藤の子供の頃にも、何か贈り物などしたことがないのだろう。だからこそ、30を超えた大人に渡すプレゼントとして
は少し(相当かもしれない)子供過ぎるものを、おかしいと感じなかったのかもしれない。
 それでも、彼らが海藤のためにこれを選んだのは本当で、真琴はじっと手元の箱を見下ろす海藤に顔を寄せて、
 「リビングに飾りましょう」
泣くのを我慢してそう提案した。






 誕生日の祝いに両親が来ることも、こうしてプレゼントとしてミニカーをもらっても、海藤は自分がどう反応していいのか分からな
かった。
いらないとは思わないが、それでも・・・・・。
 「・・・・・貴士」
 そんな自分に、父が声を掛けてきた。
 「お前、幾つになったんだ?」
 「・・・・・34です」
 「・・・・・そうか。それは、少し子供過ぎるな」
 「・・・・・いえ、いただきます。ありがとうございました」
 「ああ」
会話はそれで終わり、父の目は直ぐに菱沼に向けられ、母の目は父に向けられる。
 「・・・・・」
 それでも、不思議と寂しいとは思わなかった。それは、隣にいる温かい存在のせいかもしれない。泣きそうに目を潤ませ、それで
も必死で我慢しながら、自分が手にしている箱の中を見つめている。
(ホーム、か)
 心優しい真琴は、自分のことを思い、そして家族のことまで考えてくれたのかもしれないが、海藤にとっての家族は真琴だ。
ただ、彼が傍にいることで、真琴の家族は自分を受け入れてくれ、こうして・・・・・もう、最後の時にしか会わないだろうと思ってい
た両親にも、凪いだ気持ちで会うことが出来た。
 毎回毎回、自分の予想以上のことをしてくれる真琴に、海藤は心からの言葉を送った。
 「思い掛けないプレゼントを貰ったようだ。ありがとう、真琴」
 「・・・・・」
真琴は声につまったようで、慌てたように首を横に振っている。
(後で・・・・・)
 この、愛しくてたまらない身体を抱きしめよう・・・・・海藤は、本当は直ぐにでもそうしたい気持ちを押し留め、伯父夫婦や両親
から見えないテーブルの下で強く真琴の手を握り締めることで、今はこの溢れる思いを我慢することにした。





                                                                      end






海藤さんの誕生日を書くのもこれで3回目。
今回は少しシリアス、かな?