異国の言葉

                                                    
※ ここでの『』の中はエクテシア語です。





 「ア・・・・・リイ・・・・・」
 「・・・・・」
 「アリイ」
 一度目は自信無さ気に、二度目は得意げに同じ言葉を繰り返すと、アルティウスは
期待を含んだ目で、目の前で
神妙な顔をしてイスに座っている有希を見つめた。
 『どうだ、通じただろう』
 この不思議な異世界の国に連れて来られて一週間、毎日帰りたいと繰り返していた有希が、エクテシアの言葉を習
いたいとディーガに伝えたのは2日前だ。
直ぐにこの国を出られないのなら、少しでもこの国のことを知って帰る切っ掛けを見つけたいと思ったのだ。
今だ心のどこかで、ここは地球上の日本以外の国で、自分は間違いで連れて来られたのだと思いたかった。日本とい
う国の存在がない世界とは思いたくなかった。
その混乱した気持ちを抑える為にも、まずは言葉を覚えて自分の意思が相手に伝わるようにしたいと考え、午前と午
後、二回に分けて、有希はディーガを先生に言葉の授業を始めた。
 全く発音の仕方が違うので、一つ一つ、単語から覚えるしかない。有希はまだ『おはよう』と『お腹がすいた』と、ディー
ガの名前しか言えなかった。
 その報告をディーガから聞いたアルティウスは憤慨した。自分より先にディーガの名前を覚えるなど言語道断で、直ぐ
にでも有希のもとに行こうとしたが、異国の言葉を覚えるのはかなり大変なことなのだと、ディーガはアルティウスを諌め
た。
 しかし、一刻も早く有希に名を呼んでもらいたいアルティウスは、名前を覚えるぐらい簡単な事だと、昨夜ディーガから
有希の名を有希の国の言葉で教えてもらい、こうして早朝に部屋に押しかけると覚えた名前を言ったのだ。
 「・・・・・」
 アルティウスの思いなど分からない有希は、戸惑ったようにディーガを振り返った。
 『なぜディーガなど見る?!』
 途端に怒るアルティウスが怖くて、有希はますますディーガの方へ身を寄せた。
 「ユキ、王はあなたの国の言葉で、あなたの名を呼んだのです」
 「僕の名前?」
 「分かりませんでしたか?」
 「・・・・・はい、ごめんなさい」
 そうでなくとも難しいとされる日本語を直ぐ覚えることなど難しいはずだ。
申し訳なさそうに目を伏せる有希を見て、アルティウスはもどかしそうに言った。
 『ディーガ、ユキは何と言っている?私の言葉は分かったのかっ?』
 『王よ、今の言葉は全くユキには通じておりません』
 『・・・・・』
 自信を持っていただけにさすがにショックのようで、アルティウスは黙り込んでしまった。
 『お解かりになりましたか?異国の言葉は簡単に理解することは出来ないのです。ユキは大変な努力をしているの
ですよ』
 『分かっておるっ』
 『では、今しばらくお待ちを』
 アルティウスにそう言うと、ディーガは有希に言った。
 「王は早く私というものを通さず、あなたと話したいのですよ。その気持ちは分かりますが、少々性急過ぎましたね」
まるで出来の悪い生徒を嘆くような言い方に、有希は思わず笑ってしまった。
 『!』
この国に来て・・・・・というより、出会ってから初めての有希の笑みに、アルティウスは自分の心臓の鼓動が早くなるの
が分かった。
そして・・・・・。
 『ア・・・・・テス』
たどたどしいながらも、有希は覚えかけのアルティウスの名を口にした。
 『アル・・・・・テス』
まだ完全ではないものの、有希が名前を呼んでくれる。たったそれだけのことがこんなに嬉しいのだと、アルティウスは思
わず有希を抱きしめた。
 「わあ!」
 『ディーガ、もう一度私にユキの名を教えろっ。早くユキの名を呼びたいのだ!』
 腕の中で硬直する小さな身体を抱きしめながら、手におえない暴君は高飛車に言い放った。





                                                               end 







本編よりも少し先の話ですね。 有希もアルティウスも一生懸命相手の言葉を覚えようと努力しています。
アルティウスは暴君というより、ガキ大将みたいになりましたが。