伊崎&楓編





 楓は鏡に映った自分の姿を何度も向きを変えて見つめた。
 「・・・・・ん、こんなもんかな」
蘇芳(すおう)という濃い赤の浴衣を身に纏った日向楓(ひゅうが かえで)は、くるりと回って後ろに控えていた伊崎ににっ
こりと笑い掛けた。
 「どう?」
 「・・・・・男物で、よく見付けられましたね」
 「まあ、おじいちゃん達の道楽って言うのは、無駄な金と時間があるんだろ」



 今年高校3年生になった楓は、関東でも古く大きな暴力団『日向組』6代目組長、日向雅行(ひゅうが まさゆき)の
弟だ。
その楓の秘密の恋人は、日向組の若頭である伊崎恭祐(いさき きょうすけ)。
楓が小学生の時から守役として付いていた伊崎を、いったい何時から恋愛対象として意識していたのかは分からないが、
楓は昔から伊崎は自分のものと思っていたし、伊崎も楓を他の誰にも渡せないほどに愛していた。

 お互い想い合っているのに、最初は衝突してばかりだったが、今では身も心も結ばれた恋人同士だと・・・・・2人は思っ
ている。
ただ、楓がまだ未成年なことと、伊崎の職業上の親に当たる雅行の弟という事で、もうしばらく2人の関係は秘密のもの
にするしかなかった。





 熱い日々が続いた今日。
楓は日向組の母体でもある大東組のある幹部から蛍狩りに誘われた。
もちろん実際に蛍を取ったりするわけではないだろうし、多分・・・・・それは楓を誘い出す為の口実なのだろう。
幼い頃から飛びぬけて可愛らしかった楓は、前組長だった父に連れられてよく祝い事やパーティーに出席をしていた。
幼くても賢かった楓は、自分の存在が家にとってプラスなのだという事が分かっていたようで、率先して重鎮達に笑顔を振
りまいた。
そのおかげで、日向組は小さいながらも、大東組からの恩恵をあずかることが出来たのだ。

 それは今でも続いていて、楓は頻繁に宴席などに呼ばれる。
年齢を経て、幼い頃の可愛らしさに輪を掛けて艶やかに綺麗になった楓は見ているだけでも目の保養になるらしく、楓も
幼い頃から知っている初老の幹部達が、邪な目で自分を見ていないことを分かっているので、時折こうして付き合ってい
るのだ。



 今回は浴衣も送られてきた。
色だけで見れば女物とも思える鮮やかなもので、下駄も・・・・・やはりどこと無く女物の感じだ。
(俺の性別、分かってんのかな)
自分の容姿を自覚している楓は、女と思われるのは嫌うものの、だからといって女物を着ないというほどに頑なではない。
自分の容貌が着ている物に負けるはずは無いと思っているからだ。
 「似合わないか?」
 着物は1人で着れるが、今日の浴衣は伊崎に着せてもらった。
枚数が1枚だけなので、着せる指が肌に触れる機会はぐっと多い。
 「・・・・・似合ってますよ」
 「顔がそう言ってない」
 「・・・・・私以外の人間に贈られたものがこんなに似合うのが嫌なんです」
 「正直でよろしい」
 幼い頃から楓を知っている重鎮達の目は確かで、確かにこの色は楓の白い肌によく映える。
楓は自分の身体を見下ろして・・・・・そして顔を上げて伊崎の首にしがみ付いた。
 「楓さん?」
 「大丈夫だって、恭祐」
 「・・・・・」
 「これ、脱がせられるのはお前しかいないだろう?」



 「・・・・・」
あからさまな言葉に、伊崎は溜め息を付いてしまった。
楓は何も考えないでそう言うのだろうが、伊崎はその度に自分の理性を試されているような気がする。
今も、この後楓を送っていかなければならないのにこのまま鮮やかな浴衣を剥いで、中から現われる眩しいほどの白い肌
を貪ってしまいたくなってしまった。
 「・・・・・ほら、皺になりますよ」
 しかし、根本で真面目な伊崎がそんなことが出来るはずも無く、何とか欲望を抑えて楓の腕を自分の首から外そうとす
る。
そんなつれない態度に口を尖らせた楓は、ちろっと伊崎の顔を見上げた後、
 「・・・・・っ」
 いきなり、ぶつかるようなキスをした。
 「か、楓さんっ」
 「そのまましばらくお預けだからな」
そう言うと、楓はフンッと部屋から出て行った。





 「・・・・・」
 どうやらお姫様はご機嫌を損ねてしまったらしい。
伊崎はもう一度溜め息を付くと、ご機嫌斜めなお姫様を宥めに、直ぐに後を追っていった。





                                                                  end