かあさまはだれのもの?


                                                        ※ ここでの『』の中は日本語です。 






 「王の御健勝をお祈り致します」
 「うむ」
 朝の内の謁見を2組たて続けに行ったアルティウスは、それでも始終上機嫌だった。
それは言うまでもなく、有希が何時も傍にいるからだ。
いまだ正妃になることについていい返事は貰ってはいないものの、もう有希がこの国から出て行くということはないだろう。その心
配が無くなっただけでも、アルティウスの心境は穏やかなものだった。
 「マクシー、ユキは?」
 「ユキ様は先程姫様達と裏庭に」
 「姫と?」
 マクシーのその報告に、アルティウスは眉を顰めてしまう。
 「ユキは私よりもあ奴らといることが多い気がする」
 「姫様方はまだ幼いゆえ、母親が恋しいのでしょう。お優しいユキ様を慕われるのは致し方ありません」
マクシーは苦笑しながら言った。
アルティウスの気持ちは分かる。やっと手の内にした愛しい者と一緒に過ごす時間は多忙なアルティウスにはなかなかないし、
あったとしても有希は幼い子供達との約束を優先する。
継子ながら懐く下の3人の子供を可愛がってくれるのはマクシーとしてもありがたいが、いずれ夫となる王の機嫌の方は下降
気味になっていく。
(これはユキ様に進言しないと・・・・・)


 「ユキ様」
 「マクシー?」
 有希の姿を捜していたマクシーは、ちょうど厨房から出てきた有希を見つけた。
 「・・・・・重そうな手荷物ですな」
 「あ、これ?」
有希の手には、大きな籠があった。通気性の良い蔓と枝で作られたその籠は、通常食料の持ち運びの為に使われることが
多いものだが・・・・・。
 「お弁当、入ってるんです」
 「オベントウ?」
 聞き慣れない言葉に思わず聞き返すと、有希はああと気が付いたように説明してくれた。
 「簡単な食べ物を、外で食べれるように作ったんです」
 「外で食事を?」
 「はい。お昼、アセットとシェステと、外で食べようって約束したので」
 「姫様方と、ですか」
 「あの、いけなかったですか?」
マクシーの言葉の響きに、有希は心配そうに聞いてくる。
 「いいえ、姫様方は大変お喜びでしょうが・・・・・もっと大きなお子が・・・・・」
 「大きなお子?」
 「・・・・・いえ」
(これは王が知られればどうなさるか・・・・・)
有希に対しては考えられないほど強い独占欲を持っているアルティウスが、自分の子供とはいえ有希を独占されるようなことを
聞いたらどうなるか・・・・・マクシーは頭が痛くなってしまう。
 「マクシー?」
 「ああ、いえ。今日は陽よりもいいですし、私は良いと思いますよ」
 「本当?良かった」
にっこり笑う有希とは反対に、マクシーはこの事をアルティウスにどこまで隠せるか、そのことをずっと考えていた。


 そろそろ正午になる。
午後からも忙しく予定が詰まっているアルティウスは、せめて昼食だけでも有希と取ろうと、執務室を出て有希の私室に向かっ
ていた。
 その途中・・・・・。
 「ウンパ」
渡り廊下を急ぎ足で歩いていたウンパを見掛け、アルティウスは声を掛けた。
 「王」
直ぐにその場に跪いて礼を取るウンパの側には、今持っていた大きな布が置かれていた。
 「それは何だ?」
 「これはユキ様の膝に掛ける物でございます」
 「膝に?」
 「少し風が出てきたので、お体に障らないようにと思いまして」
 「ユキは外にいるのか?」
 「はい、姫様方と、ぴ、ぴくっく・・・・・をなさると言われまして」
 「ぴくっく?何だ、それは」
 「外でお食事をなさるということです。ユキ様が自ら腕を振るわれて・・・・・」
 そこまで聞いた瞬間、アルティウスは思わず怒鳴った。
 「ユキが自ら食事を作ったと申すかっ?」
 「は、はい」
 「・・・・・っ!」
アルティウスはウンパをそのままにしていきなり踵を返した。
その目は怒りももちろんだが、拗ねた様な光もあった。
(私には今まで一度も何かを作ったということはないというのに・・・・・っ)
 食事というものは目下の者が作るのが当然だと思っているし、万が一刃物などで有希の綺麗な指が傷付くかもと考えれば、
有希に何かを作ってもらうことなど考えたこともなかった。
 しかし、既に作ってしまったというのであれば話は違う。
(私を差し置いて他の者がユキの料理を食べるなど・・・・・!)
初めての有希の手料理を自分以外が口にするなど許さない。
 「おい!誰かあるか!」
 荒々しく足を運びながら、アルティウスは叫んだ。


 「わたし、おそとでのおしょくじはじめて!」
 「わたしも!」
 「そう?天気もいいし、2人が喜んでくれるなら僕も嬉しいな」
 有希は笑いながらそう言うと、既にウンパが用意をしてくれていた敷き布の上に持っていた籠を下ろした。
 「2人が好きなものを料理長から聞いて作ったんだ」
 「ユキさまが?」
 「かあさまがつくってくれたのっ?」
 「うん。味見をしたから、食べれるとは思うけど・・・・・」
有希は料理番達の慌てた姿を思い出して苦笑した。
これまで王族の人間が料理をするということは全く無く、ましてや《異国の星》という特別な存在の有希が、2人の王女の為に
料理をしたいと言い出した時は大変な騒ぎになった。
有希の身体に一筋の刃傷や、点ほどの火傷など付けたら処刑されてしまうとみんながいっせいに止めたが、危ないことは絶対
にしないからと約束して何とか納得してもらったのだ。
調味料や食材は見慣れないものが多くて大変だったが、調理方法は元の世界とそう変わらないので、料理が得意だった有
希は料理長が驚くほど手際よく調理をした。
 「わあ〜、おいしそう!」
 「かわいい!きれいね、ねえさま!」
 女の子が好みそうな鮮やかな色合いと果物を多くした有希のピクニック用弁当は2人の王女達も気に入ったらしく、次々と
指差しながら歓声を上げる。
 有希はアセットにお絞り代わりの濡れ布を渡し、シェステの手を拭いてやって言った。
 「物を食べる時はね、こうして手を合わせて、作ってくれた人と食べ物に感謝してこう言うんだよ、いただきますって」
 「いただきます?」
 「はい、食べていいよ」
 「どれから食べる?」
2人の王女が迷いながら手を差し出した時だった。
 「ユキ!!」
 「え?」
 大股で足早に近付いてきたのは、王女達の父であり、この国の王アルティウスだった。
 「どうしたの?」
アルティウスの突然の登場に、有希は驚いて聞いた。
 「どうしたではないわ!ユキ、そなたの作ったものを、なぜ一番初めに私に食べさせないのだっ?」
 「え?」
アルティウスは有希の隣に無遠慮に座ると、目を丸くして自分を見ている王女達に言った。
 「よいか、ユキは私のもので、ユキの作る料理も私のものなのだ」
 「とうさまの?」
 「今日は特別に許すが、これからは父のおらぬ場所でユキの料理は食べてはならぬ。よいな?」
 「ア、アルティウス!」
有希は慌ててアルティウスの言葉を止めようとするが、父の言葉が絶対な2人の王女達は、その理不尽な言葉にも素直に頷
いて言った。
 「わかりました、とうさま」
 「とうさま、きょうはいっしょにおしょくじできるの?」
 「そうだな。昼はこのままここで食べるか」
 途端に上機嫌になったアルティウスは、有希に向かって笑みをみせた。
 「ユキ」
 「・・・・・もう」
どんなに身体が大人でも、その子供のような笑顔には勝てない。
有希は苦笑すると、それでも意趣返しのように、わざと手に持った肉の唐揚げを口元に持っていって言った。
 「はい」
 「旨そうだな」
そんな有希の反撃にもいっこうに動じず、俺様な王様はそのまま一口で肉を口にすると、ついでのように有希の指先まで口に
含んで軽く舐めた。
 「!」
 慌てて手を引っ込めた有希は、恐々と幼い王女達の顔を見る。
2人は顔を見合わせて話していた。
 「ユキさまととうさまはなかよしね」
 「うん、なかよしね」
素直な感想に、有希は顔を真っ赤にしてアルティウスに向かって叫んだ。
 「教育上良くない!」
 「旨いな有希。もっとくれ」
 しかし、全く反省することの無いアルティウスは、再び有希に食べさせてもらおうと口を開けて待っている。
プンと頬を膨らませた有希は、大きなパンを口に押し込んでやった。
 「ンググ・・・・・ッ」



   平和な昼下がりの、王宮の庭での出来事だった・・・・・。




                                                                     end






アルティウスのカッコいいとこが書けません・・・・・。
でも、彼はこういうとこが持ち味なので、これはこれでいいかなと思います。
2人の幼い子供にまで独占欲を見せ付けるアルティウスって・・・・・。