過保護な男達



                                                    ※ ここでの『』の中は日本語です。






 『わ!紫の魚!気持ち悪い!なに、これ、果物?熱い国だから原色なんだっ?』
大きな港の市場には、様々な食材が色とりどりに並んでいる。
珠生は目を丸くしてそれらを見つめながら、一々歓声を上げていた。



 港を出て10日程で、海賊船エイバルは次の港近くに停泊した。
それはまだ航海に慣れないだろう珠生の身体を思い遣ったラディスラスの指示だが、当の珠生は全く感謝するということ
はないままだ。
もちろん、ラディスラスの真意が分からないという事もあるが、同じ景色しかない海よりも遥かに陸に上がることの方が興
味があり、そこまで気も回らなかったのだ。

 珠生がこの世界に来てまだ2週間程。
言葉も分からないまま、自分よりも大きな男達に、船という密室の中で囲まれているのはさすがに息苦しく、珠生は船
を下りるかと言った(そう聞こえた)ラディスラスの言葉に直ぐに頷いた。
 やはり1人でというわけにはいかないようだったが、ラディスラスに、アズハル、そして今回はラシェルまでもアヒルの行列
のようにくっ付いて来て、そうでなくても目立たないように頭からすっぽりと布を巻きつけていた珠生は、目立つ3人の同
行がうっとおしくて仕方がなかった。
暑いのに、3人もの男に囲まれて歩けばますます暑苦しい。
 『なんで3人も付いてくるんだろ』
 「ん?何か言ったか?タマ」
 『・・・・・それに、この呼び方一向に変えないし』
多分、船で一番偉いこの男は、誰の言うことにも耳を貸さないのだろう。



 「ラディ、夕食はどうする?」
 「久し振りに陸で酒を飲むか?」
 「子供も一緒ですが」
 ラディスラスの軽い言葉に、アズハルは眉を顰めた。
ここにいる3人とも酒には強く、酷い酔い方をしないというのは分かってはいるが、酒を出すということはそこには柄の悪い
連中も商売女もいることだろう。
子供の教育上けしていい場所ではない。
 「ラディ、アズハルの言う通りだ。今回は飯だけにしよう」
 「・・・・・つまらんなあ」
 「あなたがタマを連れてきたんでしょう?そんなに飲みたいのなら船に残してくれば良かったのに」
 「それじゃ面白くないだろう?酔ったタマを見たいんだよ」
 「あのですねえ」
くだらない、しかしそれさえもレクリエーションだとでもいうように言い合う2人。
次第に周りには女達も寄ってきて、ラシェルはうっとおしそうに溜め息を付きかけたが・・・・・。
 「ちょっと待て」
更に言い募ろうとしたアズハルを抑えたラシェルが呟いた。
 「あの子はどこに行った?」



 頭の上で言い合っているらしい2人の言葉はいっさい無視して少し早歩きになった珠生は、ふと甘い匂いに気が付い
て視線を向けた。
市場の並ぶ大通りよりも1本道を入った所に、子供達が集まっている出店が見えた。
 『甘い匂い・・・・・お菓子かな』
 視線を後ろに戻すと、3人はまだ何か言い合っており、その周りには彼らに引き寄せられるようにして何人もの若い女
達が群がっている。
あまり面白くない光景に珠生はムッとし、勝手に路地へと入り込んだ。
 『あ、チョコ!』
 甘い匂いはどうやらチョコレートのようだ。
シンプルな、どちらかといえば生チョコに近い形のそれを、子供達は数個買い求めて美味しそうに食べている。
 『いいなあ』
 コクンッと喉が鳴った。
今まで忘れていた甘い物が急に食べたくなってしまう。
しかし、当然のことながら珠生はお金を持っておらず(ラディスラスが逃亡予防の為に持たせなかった)、何か換金出来
るものを持っているわけでもない。
 「なんだ、いるのか?」
 店の主の中年の男が、じっと立っている珠生に話し掛けた。
 「1個20ビスだよ」
 『・・・・・何言ってんのか分かんないよ』
珠生は困ったように眉を顰める。
 「・・・・・なんだ、お前珍しい目の色してるねえ」
 『え?』
 「よく見せてくれないか?」
 『わ・・・・・!』
多分、深い意味は無いのだろうが、男は身を乗り出して珠生のかぶっている布を取ろうと手を伸ばしてきた。
反射的に身を引いた珠生はそのまま足を滑らせてしまったが、その場に尻餅をつく前にたくましい腕に身体をすくい上げ
られていた。
 『なっ、誰っ?』
 「何、脱走してんだ、タマ。お前は本当に目を離せないな」
 「ラディッ?」



 一瞬、珠生の姿を見失った3人は、直ぐに手分けをしてその姿を捜した。
あんなに目立つ容姿で、金もない、まだまだ子供のような珠生を見付けるのに時間は掛からないはずで、案の定ラディ
スラスは市場から奥まった路地に見覚えのある後ろ姿を見付けた。
 「何してるんだ・・・・・っ」
たとえ逃げる気はなかったとしても、珠生ほどの容姿ならば人買いに攫われてもおかしくない。
まだ自分も最後まで味わっていない珠生の白い身体を誰かに奪われるかもしれなかったと思うと、ラディスラスは少し珠
生を懲らしめようと近付いた。
 「よく見せてくれないか?」
 『わ・・・・・!』
 その時、店主が珠生に手を伸ばすのが見えた。
 「!」
とっさに駈け寄ったラディスラスは、誰にも奪われないようにと素早くその身体を抱き上げる。
 『なっ、誰っ?』
 「何、脱走してんだ、タマ。お前は本当に目を離せないな」
 「ラディッ?」
 『何をしていたんだ?・・・・・』
そう言いながら、ラディスラスは店主に向かって威嚇の視線を向ける。
 「お、俺は何も・・・・・こ、この子がずっと見てたから・・・・・っ」
 「・・・・・タマ、これが欲しかったのか?」
 どうやら店は子供用の甘い菓子を売る店のようで、ずらりと盛り上げられた甘い匂いは一般的なロクトと言われる物
だ。
(これに引き寄せられたとは・・・・・本当にまだ子供だな)
 そこへ、アズハルとラシェルもやってきた。
 「タマッ、1人で出歩くと危険ですよ!」
 「そうだぞ。それともはぐれたのか?」
 「何もなかったですか?怪我は?」
 元々世話好きの2人は、怒りながらも珠生のことを心配しているのは良く分かった。
ラディスラスの背中で暴れている珠生も、そんな気配を感じ取ったのか少し大人しくなる。
 「どうやら菓子に誘われたらしい。アズハル、悪いが20個ほど買ってくれないか?」
 「・・・・・貸しですからね」
溜め息をつきながらも怯える店主に金を払ったアズハルは、そのまま1つを摘んで珠生の口元に持っていってやった。



 「ほら、食べなさい」
 『・・・・・』
 「タマ」
 食べさせてもらうなど、何だか子供のようで素直に口を開けられなかった珠生だが、アズハルの穏やかな声で何度も
名前を呼ばれているうちに、恐る恐るだが小さく口を開けてしまった。
そっと押し込まれた菓子は少し甘味が少ないものの、十分チョコレートといってもいいもので、久し振りに味わった甘さに
珠生の顔も綻んだ。
 その顔はとても素直で可愛らしく、普段の反抗的で生意気な珠生を見慣れているアズハルとラシェルは一瞬言葉に
詰まってしまった。
 『おいし〜。もう1つ』
 今だラディスラスに担がれている状態なので、珠生はそのままあ〜んと口を開いて催促をする。
アズハルはあわててその口にロクトを押し込んだ。
 『やっぱりおいし〜』
 黙ってそれを見ていたラシェルが、店主に向かって言った。
 「もう50個くれ」
 「ラシェル?」
 「船の上で食べさせれば大人しくなるだろう」
 「・・・・・そうですね」



 妙に気が合う2人の部下を、ラディスラスは怪訝そうに見た。
珠生の顔は背中側にあるので2人がいったい珠生のどんな様子を見てそう言っているのかは分からないが、どうやらあま
り面白くはない展開の気がする。
生真面目なアズハルと、冷静沈着なラシェルの、珠生への態度の変化は警戒した方がいいかもしれない。
(全く・・・・・早く全部俺のものにしないと・・・・・)
油断のならない相手が身近にいると、ラディスラスは溜め息をついた。



 一方、ラディスラスの背中に乗ったままの珠生は、袋に大量に詰められているチョコを見てますます顔を綻ばせる。
(全部俺が食べてもいいのかな・・・・・)
暢気なことを考えている珠生は、ますます身の危険が切迫していることに全く気付くことはなかった。




                                                                end





ラディスラス&珠生編です。
これはバレンタインというよりも、チョコにまつわる話という感じになりました。
どんどんライバルが増えていくラディ船長ですが、当のタマは全くその気配も感じ取っていません。
何だかこの先楽しくなりそうな予感ですね(笑)。
あ、お金の単位1ビスは1円と一緒。この世界共通です。