「うそだろ〜?!」
 自分より早いタイムでゴールを切った茅野を唖然と見送った薫は、次の瞬間グランドに響くような声で叫んだ。
 「茅野、運動してないって言ったじゃん!」
 「してないって。2年の夏までクラブ入ってたけど、それ以降は帰宅部」
 「それでこのタイムっ?詐欺だって〜!!」
 「ウルサイ」

 入学して一週間、今日は全校での体力測定だった。
中学の頃決まった部活はしていないものの、あらゆるクラブで助っ人として引っ張りだこだった薫は、当然この50メートル走
もぶっちぎりの1位だと確信していたのに、その絶対的な自信は茅野のスタートを見た瞬間崩れてしまった。
(こんなに細っこい足なのに〜!)
 教科書通りのフォームではなかったが、走っている姿はとても綺麗だった。
(あれだよ、あれ、え〜と、カモシカ?いやいや、そんなんじゃなくって〜)
とにかく、足の速い動物が頭の中に浮かんでくる。
 「茅野、クラブって何部?」
 「サッカー」
 「何で辞めたんだよ?」
 「新田〜」
 突然会話を遮るように入ってきた小林が、大きな身体をまるでおんぶお化けのように薫の背中に貼り付けてきた。
 「お、重いって!」
 「何?茅野にタイム負けた?」
 「う〜」
 「悔しかったんだ?」
 「って、言うより、興奮したんだよ!」
何時もの自分ならば負けず嫌いの血が疼いてきて、強引にでも2度目の測定を申し込んでいるところだったかもしれない。
しかし、今の薫の全身を占めているのは衝撃と興奮だった。
足の速い人間は陸上部に行けばゴロゴロといるのだろうが、茅野ほど惹き付ける走りの人間はそういなかった。
 薫は急に気分が盛り上がってきた。
茅野と一緒なら、どんなスポーツでも負けない気がするし、何より絶対に面白いはずだ。
 「茅野!俺と何かクラブ入ろうぜ!」
 「はあ〜?」
 「ぜ〜ったい、楽しいはずだって!」
 しかし、茅野は笑って首を振った。
 「お前と俺じゃ体力違うって」
 「でもさっ」
 「それに、誰かと一緒にっていう理由じゃ長続きしないぜ。新田がやりたいことと俺がしたいことは多分違うし、俺はお前に
合わせようとは思わない。お前は?」
 「・・・・・確かに、そうだけど・・・・・」
女の子でもないのに一緒に何かするといった感覚は薫にもない。
ただ、純粋に茅野と一緒ならば絶対に楽しいと思ったのだ。
 「・・・・・分かった」
 一瞬ガッカリしたが、薫は直ぐに気持ちを切り替えた。
 「でもさ、一緒には遊べるだろっ?みんなでどっか行って、勝負しようぜ!」
 「何だよ、それ。小学生のお約束みたいじゃん」
それでもそのフレーズが気に入ったのか、茅野は笑いながら頷く。
すると、薫は右手の小指を差し出した。
 「指きりしよ!」
 「・・・・・」
 「はら、茅野!」
 「茅野、しなきゃ何時までも新田引っ込めないよ」
 それまで傍で見ていた小林が、笑うのを我慢しているような声で言う。
そんな小林をチラッと睨みつけた茅野は、仕方なさそうに右手の小指を出した。
 「指きりげんまん〜、嘘ついたらはりせんぼんの〜ま〜す〜♪指きった!」
 「・・・・・幼稚園児だな」
 失礼な言葉を聞いたような気がしたが、茅野は約束を破ることはしないだろう。
さっそくどこに行こうかとワクワクしながら考えていると、別の競技をしていたクラスメイトが叫んだ。
 「新田〜!お前の番だぞ!」
 「ほ〜い!」
弾む足取りのまま、薫は次の競技に向かった。





                                                                  
おわり