柏木&真悟編





 男子校とはこんなものなのか・・・・・青葉真悟(あおば しんご)は溜め息をつきながら登校していた。

 「おっす!リンゴ!」
 「おはよー、リンゴちゃん」
 「お、リンゴ、人気者だな」
 「・・・・・煩い」
 「何だよ、俺だけに文句言わなくてもいいだろ」
クラスメイトになってまだ数日の浅野圭輔(あさの けいすけ)は暢気に笑った。
同じ高校1年生というのにまだまだ子供っぽい自分とは違い、既に大人の男になり掛けている圭輔は、涼やかな容貌の
中で僅かに垂れた目元に、らしくない深い笑みを湛えている。
 「俺は真悟だって何回言えば分かるんだよ!」
 「可愛いからいいじゃん」
 「男が可愛いって言われたって嬉しくない!」
 本当は共学のはずの学校が、きっぱりしっかり男子部と女子部に分かれているとは全く知らなかった。
受験をする前にもっとしっかり調べとけばなあと思っても後の祭りだ。
ただ、その中で唯一良かったと言ってもいいことは・・・・・。
 「あ!」
 真悟は目の前に目的の人物を見つけると、今までの仏頂面が嘘のように満面の笑顔を浮かべて走り出した。
 「モモちゃん!」
桃木小太郎(ももき こたろう)・・・・・真悟より年上の、今年高校2年生になるが真悟よりも更に子供っぽい彼は、信じ
られないが圭輔の彼氏・・・・・らしい。
男同士で付き合っているということが、実は真悟はよく分からない。すっごく仲の良い友達よりも、もっと仲がいいというくら
いの知識なのだが、それでは小太郎をとても気に入っている自分も彼と付き合っていることになってしまう。
(まあ、深く考えない方がいいよな)
 小太郎が好き。
小太郎も、好きだと言ってくれた。
それで十分だと思う。
その後ろから付いて来るオマケの男が邪魔だが。
 「おはよ!モモちゃん!」
 「おはよ、リンゴ」
 にっこり笑う小太郎は、桃色の頬に頬ずりしたいぐらい可愛い。
 「なんだ、リンゴ、こーちゃんがそう呼ぶのはいいのか?」
 「モモちゃんは別だもん」
 「エコヒイキ」
 「ふんっ」
圭輔が何を言おうと全然気にならない。
真悟は小太郎と肩を並べて歩き出した。



 「でも、この学校って変わってるよな。せっかく共学なんだから、女の子と一緒のクラスでもいいと思うんだけど」
 「リンゴは女の子好き?」
 「す、好きっていうか・・・・・憧れない?デートっていうの」
 見かけの幼さと、それ以上に無邪気な性格のせいで、真悟は中学時代も女子にはまるで弟のようにしか見られなかっ
た。
それが嫌だったというわけではないが、やはり年頃の男の子としてはお付き合いというものに憧れるのだ。
 「リンゴ〜、こーちゃんに変な知恵つけるなよ〜」
 「もうっ、話を聞くなってば!」
思わず振り向いて言い返そうとした真悟は、そのままどんっと誰かにぶつかってしまった。
 「あ、ごめ・・・・・」
んと言い掛けた言葉は唐突に止まった。
そこにいたのが、あまり好きではない相手だったからだ。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「・・・・・」
 「なんだ、ぶつかった相手に謝ることも出来ないのか」
 「・・・・・ごめんなさい」
 「小学生でも知ってることだぞ」
 「・・・・・っ」
(そんな嫌味を言うあんたはジジイッていうんだよ!)
生徒会長、柏木一期(かしわぎ かずき)。
別名、イチゴと呼ばれるフルーツの森の住人の彼は、眼鏡の奥から馬鹿にしたような目を真悟に向けてきた。
正論を言われていることは分かるが、もっと言い方というものがあると思う。
(だから、イチゴなんて女みたいに影で呼ばれてるんだよ)
自分がリンゴと呼ばれているのを差し置いて、真悟はムッと唇を尖らせた。
 「どーもすみませんでした!行こっ、モモちゃん!」
 「うん」
これ以上ここにいたら、もっと子供っぽい文句を言いそうな気がして、真悟はそのまま小太郎の手を強引に引っ張って歩
き始める。
(あいつとはぜ〜ったい、前世が敵同士だったんだ!)





 真悟はまだ知らない。
この先、自分が柏木と深く関わってしまうことを。


真悟の中で、彼がどんなに大きな存在になるか・・・・・それは、もう少し先のお話。





                                                                  end