真新しい制服はどこか他人行儀な気がして、克彦は細い指で襟首を軽く撫でた。
 「君は同じ学校の奴いないの?」
 「うん、このクラスにはいないみたいだよ」
  前の席に座った生徒の問いに、克彦は穏やかに答えた。
教室の中は空気さえも落ち着かないようで、すでにほとんど揃っているらしいクラスメイト達は早く話せるトモダチ(今の段
階では顔見知り程度かもしれないが)を見つけようと、手探りながらもあちらこちらで会話を続けている。
特に窓際の一角は賑やかなようで、中心にいる可愛らしい顔をした男子生徒の楽しそうな笑い声は、離れて座っている
克彦をも微笑ましい気分にさせてくれた。

  椎名克彦は、誰にでも物腰が優しいといわれている。
学生であると同時に、外では日本舞踊・東流の名取という立場でもある克彦は、感情の起伏を自分でも無意識の内
にコントロールしてしまうのだ。
別にそれが苦痛であると思ったことなどなく、自分ではごく自然に受け入れている環境であっても、普通の生活ではなか
なか無い環境であることも確かで、中学時代はどこか特別な扱いをされているように感じていた。
同じ中学の出身者が少ないこの学校を選んだのは、そんな現状を変えて見たいと思ってのことだった。
  穏やかで、雰囲気の優しい克彦に、新しいクラスメイト達は途切れることなく話し掛けてくる。それに答えながら腕時
計に視線を落とすと、まだ入学式の時間には早いようだ。
(もう、全員揃ったのかな?)
  そう思った時、ドアが開く音がした。
 「・・・・・!」
 「うわっ、おい見ろよ」
 「すげ・・・・・パンピーじゃねえよ」
 「やだ、カッコイ〜!」
 「ね、ね、どこ中の人?声掛けてみようよ〜」
  入ってきたのは二人の男子生徒。
一人はかなりの長身で、その容貌もかなり整っており、早速女子生徒達の熱い視線を一身に受けている。『華がある』
・・・・・その言葉がピッタリと当てはまると、克彦は感心したように見つめた。普通の高校にもこんな人物がいるんだとワク
ワクしてくる。

しかし、当の本人は全く気にする様子も無く、一緒に入ってきた男子生徒だけに視線を向けていた。全く周囲をシャット
アウトしているのが見え見えで、克彦の興味は自然にもう一人の人物に向く。
(もう一人は小柄かな・・・・・!)
  視線を向けた克彦はその瞬間、
(う・・・・・わ・・・・・、強烈・・・・・だな)
ゾクッと、体が震え、空気が変わったのが分かった。
自分の感覚が気のせいではない証拠に、長身の人物の影になっていた生徒が姿を見せた時、教室の中の先程までの
浮き足立ったざわめきが一瞬で静まり返った。
 「・・・・・だ、誰だ、あれ?ただモンじゃないだろ・・・・・」
  今まで克彦に話し掛けていた男子生徒が呆然と呟く。
それは、教室の中にいる者の一致した意見だろう。見上げるほどの長身でもなく、特別ゴツイ体格をしているわけでもな
い。どちらかといえば細身で、身長も克彦と変わらないくらいだ。
しかし、そのまとう雰囲気は到底一般人ではありえないほどの強烈なもので、特に猫のようにつり上がったその目は、視
線を合わすのも怖いぐらいだ。
  誰もが遠巻きに、しかし体中で意識している・・・・・そんな空気の中、二人は全く周囲を気にすることなく空いている
席に座ると、そのまま会話を続けている。
(これだけ視線を向けられているのに、二人とも空気が少しも揺らいでない。恐ろしいほど鈍感なのか、それとも・・・・・と
てつもない大物か)
  ずっと視線を向けていると、偶然なのか故意なのか、きつい視線の主と目が合った。
 「!」
強烈な視線だ。
しかし、克彦は怖いと思わなかった。むしろ、近付きたいと思った。
心臓を鷲掴みにするほど真っ直ぐなその視線の主に自分の存在を知ってもらい、あの空気の中に自分も入ってみたかっ
た。目を逸らすなんて、勿体無いことなどしたくない。
(・・・・・彼もお仲間みたいだ)
  反対側から、自分と同じように二人を見ている生徒がいた。先程まで大勢に囲まれていたあの生徒だ。
小柄で可愛らしい容姿をしている生徒は、自分と同じように彼らを恐れるのではなく、好奇心旺盛な好意丸出しの視
線を向けている。
傍で見ているだけではなく、当事者になりたいと思っている気満々のようだ。
何時話しかけようか切っ掛けを探している様子にクスッと笑うと、克彦は立ち上がって真っ直ぐに二人に近付いた。
すぐ隣に立つと、一人が視線を向ける。近くで見るほどに整った美貌の主の方だ。克彦の気になっているきつい視線の
主は、思った通りわざわざ視線を向けるようなことはしない。
それは気分を害するというよりもあまりにも『らしく』て、克彦は自然と頬に笑みを浮かべた。
 「あの、話しているところ邪魔して、悪いんだけど」
  話しかけた途端、遠くでガタッと慌てたようなイスの音がした。きっとあの生徒だろう。
(先にごめんね)
目の前の二人だけではなく、まだ楽しい出会いが待っているような気がした。





                                                                  終