12月15日。
もう直ぐ二学期が終わる。そして、短いが、イベントが続く冬休みが始まるのだ。
一緒に登校していた優希は、隣を歩く貴央を見上げた。
「たかちゃん、クリスマスはどうするの?」
「クリスマス?何時もと同じだけど」
少しも躊躇わずにそう答えた貴央に、優希は思わず頬が緩んでしまう。
高校生になった貴央は、もしかしたら友達と遊んだり・・・・・考えたくないが、そこには女の子もいて、貴央がいい
なと思ったりしたら・・・・・など、色々考えていたのだ。
「じゃあ、家でマコさんたちと一緒?」
「マコは、友達と出掛けたかったらそうしてもいいって言ってくれたけど、だいたいクリスマスって家族と祝うものだ
ろう?」
真琴大好きな貴央が考えそうなことだ。
「ユウも来るんじゃないか?マコ、綾辻さんと色々相談していたみたいだけど」
一年の色んな行事は、一家族ではなく大勢で。
真琴と自分の父はそう考えているようで、気づけば何時も貴央と一緒にいた。もちろん、それは嬉しいことだ。優
希にとって貴央と一緒にいると言うこと自体に大きな意味があった。
「そうだと嬉しいな」
「そうだよ」
「海藤っ、はよ!」
「おはよ」
学校に近付くと、貴央に声をかける高校生たちが増えてくる。男女の区別なく、時には明らかに貴央目当てだ
ろうという女子高生たちの姿を見ると、優希は無意識に側の貴央の腕を掴み、自分の側へと引き寄せた。
「ユウ?」
「・・・・・なんでもない」
(たかちゃんは、気づいてない・・・・・)
誰に対しても変わらずに返事を返す貴央。それを見る自分が寂しいと思っているなんて、考えもつかないだろう。
優希もそれを口にするのは変だということはわかっていて、ただしがみつく手に力を込めた。
「たかちゃんの欲しいものってなに?」
最近、優希は顔を合わせるたびにそう聞いてくる。それが、もう二日後に迫ったクリスマスを意識しているのだと
わかって、貴央は内心苦笑を零した。
ワクワクとした目で見つめてくる優希に、貴央は何でもいいからと考えてみた。
優希の小遣いで買えるものには限界があるだろうし、かといってあまり安いものだと優希を馬鹿にしているようで
申し訳ない。
優希がまた小学生の時はこんなことまで考えなかったのだが、やはり少し大人に近づいた彼のことをちゃんと気
遣ってやりたかった。
「そうだな〜」
貴央には物欲というものがない。
必要なものはちゃんと両親が買ってくれたし、ゲームやファッションにもあまり興味がなかった。
どうやらそんな性格は父に似たらしいが、そのことで貴央は困ったことはないし、これからも性格はあまり変わらな
いと思う。
「・・・・・あ、ユウはどうなんだ?」
「僕?」
「何か欲しいものある?」
「僕は・・・・・」
散々貴央に聞いてくるのだ、もしかしたら優希には欲しいものがあって、それと交換にとどうしてもプレゼントを渡
さなければと思っているのかもしれない。
幼いころからずっと一緒にいて、優希のことはかなり色んなことを知っていると自負しているが、最近の彼は少し
ずつ貴央の知らないことが増えてきた。
(時々、すごく寂しそうな顔をするし・・・・・)
「僕は、ない」
「え?何も?」
思わず聞き返してしまったが、優希は思いつめた顔でコクンと頷く。
まただ、と思った。こんな表情は最近になって良く見るものだ。大人っぽくなったという言葉ではかたずけられない
胸騒ぎがして、貴央は優希の顔を覗き込む。
「ユウ、本当にいらないのか?」
「うん」
「・・・・・じゃあ、俺も・・・・・」
優希に何もあげないのに、自分だけが貰うことなど出来るはずがない。だが、そう言おうとした貴央の言葉を優
希は遮った。
「たかちゃんは駄目!絶対にプレゼント受け取って!」
「ユウ・・・・・」
「ね?」
貴央は黙ったまま優希の髪をクシャッと撫でる。大切な、本当に大切な弟のような存在。ちゃんとその気持ちが
伝わるように、貴央は何時までも髪を撫で続けた。
クリスマス当日。
父の運転する車で、母も一緒に貴央の家に向かった。
(たかちゃん、喜んでくれるかな)
手に抱いているのは、昨日まで悩んでいた貴央へのクリスマスプレゼントだ。なかなか何が欲しいのか言ってく
れず、悩めば悩むほど何も思い浮かばなくて、最後には父に頼ろうと思った。
しかし、貴央へのプレゼントはどうしても自分が考えたものにしたくて、ようやく今日の午前中に買ってきたのだ。
「ふふ」
「・・・・・なに?」
運転中の父が楽しそうに笑っている。それが何に対してなのか、優希は不思議に思って訊ねた。
「眉間に皺が寄ってる」
「え?」
慌てて額に手を当てれば、父の笑いはますます酷くなった。
「本当に、貴ちゃんのことになると表情が変わるんだから。なんだか妬けちゃうわね」
からかってくる父の肩をバシバシと叩くが、全然反省してくれない。優希はプンっと顔を逸らした。
(表情なんか、出てないもん!)
貴央の事で一々変わっていたら、それこそ優希は彼の顔が見れなくなってしまう。やきもちを焼いてしまう醜い
自分を見られてしまうなんて絶対に嫌で、優希は腕の中のプレゼントをギュウッと抱きしめて俯いた。
気持ちが落ち込んだまま、両親の後を重い足取りでついていく。
父がインターホンを鳴らすと、直ぐに真琴が出迎えてくれた。
「いらっしゃい。ほら、ゆうちゃん、ちょっと」
「え?」
父の後ろに隠れていた優希は、唐突に真琴に腕を取られて部屋に上がった。
「マ、マコさん?」
「いいから」
いったいどうしたのだろうと思いながら、引っ張られるままにリビングにやってきた優希は、ほらと真琴に差された
方向を見て・・・・・あっと目を見開いた。
「いらっしゃい、ユウ」
そこには、貴央がいた。
しかし、何時もの見慣れた彼ではない。その身に、シンプルなブルーのエプロンをつけていたのだ。
「た、たかちゃん?」
「ユウへのクリスマスプレゼント、今年は俺の手料理にした。・・・・・ま、父さんの助手みたいなもんだけど」
「僕の・・・・・ために?」
物ではなく、行動で。
あまりにも貴央らしくて、自分のことを深く考えてくれた上でのプレゼントだと感じて、優希は視界が滲み、鼻が
ツンとしてきた。
料理上手な父は、よく真琴に料理を作っている。
日々多忙な中時間を割き、愛情をこめて作るそれを、真琴は本当に嬉しそうに食べていた。
それが優希に通じるかどうかは自信がなかったが、物はいらないと言う優希への精一杯の気持ちだった。
「たかちゃん・・・・・」
驚いたように大きな目を見張る優希は、今にも泣きそうだ。そこまで感動することないぞと貴央は笑った。
「父さんに味見してもらったから、ちゃんと食べられるものだから」
「・・・・・うん」
「腹いっぱい食えよ?」
「・・・・・うんっ」
「嫌いなピーマンもだぞ」
そう言った瞬間、情けない表情になったのがおかしい。
こんなふうに喜怒哀楽が出る方がずっと優希に似合っていると、貴央はちゃんと付け足した。
「みじん切りにしてるから」
「・・・・・は〜い」
優希が好きなグラタンの準備を終えたら、部屋に戻ってもう一つのプレゼントを取ってこなければ。寂しがり屋
の優希が抱いて眠れるくらいの大きなぬいぐるみが、新しい主人の手に渡るのを待っている。
中学生の男にぬいぐるみは子供っぽ過ぎるが、きっと優希は喜んでくれるはずだ。
「もう少し、待ってろよ」
優希の抱いているプレゼントの中身も気になりながら、貴央は鮮やかな手さばきの父を見習って準備を続けた。
end