稀羅&莉洸編





 「王をあまり厭わないで下さい。あの方は本当は優しく、繊細な心の持ち主でいらっしゃるのです」



 衣月の言葉が嘘だとは思わないが、どうしても無理矢理連れてこられてしまった莉洸にとっては、あの稀羅が優しいとは
とても思えなかった。
いや、確かに時折こちらが途惑うような眼差しを向けてくるが、それもほんの一瞬のことで見間違いだったと言われればそ
うかもしれないと思うくらいだ。
(優しい人は人攫いなんてしないものだよ・・・・・)



 光華国の第三王子。世継ぎではないものの、兄を助け、未来の光華国を支える1人であろうと思っていた莉洸が、こ
の隣国でありながら全く未知の国である蓁羅に連れ去られて既に十数日。
王宮内はほとんど自由に歩かせてはくれるが常に監視の目はあるし、一歩でも宮外に出ようものなら剣を手にした衛兵
が駈け寄ってくる。
これではまだ完全に囚われていた方が諦めがつくというのに、この中途半端な扱いはどういう事なのだろうか。
 「莉洸様」
 「は、はい」
 不意に召使いに名前を呼ばれた莉洸は、文字通り飛び跳ねるように驚いて振り向いた。
 「・・・・・驚かせまして申し訳ありません。王がご一緒にお食事をと」
 「稀、稀羅王が?」
 「珍しい干し肉が手に入りましたので、ぜひ莉洸様に召し上がって頂きたいと」
 「・・・・・はい」
ここで、いいえと言えたらどんなにいいだろうかと思う。
しかし、これは食事の誘いなどではなく、単に莉洸に対する命令なのだ。
(嫌だといっても引っ張られてしまうに決まっている・・・・・)
こんな状況で食欲など全く無かったが、とにかく稀羅と同じテーブルにつかなければならないだろう。



 「王子、困ったことは無いか」
 「は、はい」
 「不都合があれば何でも申せ。そなたは大切な客人なのだからな」
 「・・・・・」
(人質・・・・・でしょう)
 稀羅と向かい合わせに座った莉洸は、洩れそうになる溜め息をグッと我慢して俯いた。
光華国ならば使用人の食堂のような質素な食台とイス。並べられている食事もとても王が口にするものとは思えないも
のだった。
それでも稀羅は何も言わず、旺盛な食欲をみせて食を進めている。
 「・・・・・」
莉洸は少しだけスープにサジをつけて、一口口にした。
(・・・・・薄い)
 味わいがほとんど無いそれを、何とか口の中に流し込む。食べられるのはこれぐらいしか見当たらないのだ。
 「王子、肉は食わないのか」
 「ぼ、僕は、肉はあまり・・・・・」
 「では、何を好む?」
 「・・・・・野菜、とか、果物とか・・・・・甘い物、です」
 「なんだ、まるで草食動物のようなものばかりじゃないか」
 「・・・・・」
(だって、本当にそれが好きなんだから・・・・・)
意気消沈した莉洸はサジを置いてしまい、そのまま俯いてしまった。



 「あれを」
 しばらくして、稀羅が何かを言った。
慌しく人が動く気配がし、やがて莉洸の鼻に甘い匂いが漂ってきた。
(何の匂いだろう・・・・・)
ちらっと顔を上げた莉洸は、目の前に手の平に乗るくらいの赤い物が幾つも積まれているのに気付いた。
 「それは、ダーソの実だ。我が国で自生している果実で、皮は厚いが実は甘い」
 「果物・・・・・?」
 莉洸の途惑いに、稀羅が自らそれを取ってガブリとそのまま齧った。
皮が厚いと言っていたが、その中の実はうっすらと桃色で、果汁が滴り落ちているくらい瑞々しい。
 「・・・・・」
莉洸は思わずコクンと唾を飲み込んで、それを1つ手にしたが・・・・・稀羅のようにそのまま齧るという事が出来なかった。
国に居た時も、果物はきちんと皮が剥かれ、実を食べやすく切り分けられて出されていたのだ。
(どうやって食べたら・・・・・)
 持ち上げた実をじっと見つめていた莉洸は、不意にそれを取り上げられてしまった。
 「あっ」
 「少し待っていろ」
莉洸の持っている実を取った稀羅は、そのままテーブルの上にあった小さな短刀で器用に皮を剥いていく。
そして皮を剥き終わると莉洸の口の大きさに合わせたかのように小さく実を切って、皿代わりの皮の上に置いて差し出し
てきた。
 「・・・・・」
恐る恐る口にしたそれは、今まで食べたことが無いほどに瑞々しく甘い。
思わず顔を綻ばせた莉洸に、稀羅が聞いてきた。
 「どうだ、それなら食べられるか?」
 「あ、はい、美味しいです」
 「そうか」





 「あの方は本当は優しく、繊細な心の持ち主でいらっしゃるのです」


 衣月の言葉がなぜか頭の中に蘇る。
(優し・・・・・い?)
莉洸は少しはそうかもしれないと思いながら、甘い果実をもう1つ口の中に入れて味わった。





                                                                  end