焦がれる想いに縋る時




                                                                 
甘露編







 綾辻が用意してくれたのは都内でも有数の高級ホテルだった。
スイートではないが、セミダブルのベットの部屋を借りるとなるとホテル側もそれなりの意味は当然考えるだろう。
しかし、揃って現われたのは男同士で、しかも背格好もそれ程大差ない。
(まさかこれから私達が何をするのか想像もしていないだろうな・・・・・)
 シャワーを浴びた倉橋は、洗面所の鏡に映る自分の姿をじっと見た。
能面のような顔に、青白い肌。
それでも、その顔はあまり不安そうではない感じだ。
(・・・・・二度目だからか?)
 一度綾辻と危ういところまでいったことを身体が覚えているのか、倉橋は今から起こることがそれほど怖いとは思わなかった。
第一今日は倉橋の誕生日で、綾辻は怖いことはしないと言った。
(あの人・・・・・嘘だけは言わないからな)



 先にシャワーを浴びていた綾辻は、バスタオルを腰に巻いただけの姿の倉橋を見て目を細めた。
 「サービス満点」
 「最中に私が出来ることはありませんから」
 「・・・・・」
綾辻は更に深く笑い、そのまま腕を伸ばす。
一瞬躊躇ったようにその手を見つめた倉橋は、直ぐに思い切ったようにその手を取った。
 「綾辻さん、本当に・・・・・」
 「最後まではしない、今はな」
 「・・・・・」
(今は?)
その言葉に引っ掛かりを覚えたが、改めて口に出して綾辻に聞くのも気まずい気がする。
 「安心しろ、克己」
 ぐっと綾辻に腕を引っ張られた倉橋は、そのままベットに仰向けに倒れた。
冷たいシーツの感触を素肌に感じ、いよいよかと震えが来る。
 「あ、綾辻さ・・・・・」
 「お前は黙って喘いでろ」



 女とセックスをする時、幾らリードをされるとはいえ、倉橋自身も何らかのアクションを取ってきたはずだった。
しかし、相手が男となると・・・・・綾辻が相手だと、自分がどう動いていいのかも分からない。
伸ばした手をその背中に回して良いのか、強引に割り広げられた足をどうしたら良いのか、とにかく声を上げてもいいのかさえ分
からなかった。
(こ、こんなの、この人も面白くないだろうに・・・・・)
 きっと、容姿もセックスも極上の女を知っているだろう綾辻が、貧弱なだけの自分の身体に満足するとはとても思えない。
ただ、好きという気持ちと、セックスという生理的な欲望は、どこか繋がっているのだろう。
セックスが下手でも、好きだから満足だと。
セックスが上手く気持ちが良いから好感を持つと。
 でも、倉橋は・・・・・自信が無かった。
幾ら思ってくれていても、余りにセックスがつまらないと、そのまま想いが薄れていくような気がしてしまう。綾辻も、もしかしたらそう
思うかも・・・・・。
 「何考えてる?」
 「・・・・・っ!」
 突然、耳に甘い声が響いた。
倉橋が色んな思いを渦巻いていた時、綾辻はその身体の上に圧し掛かって上から顔を見つめていたのだ。
こんな場面は慣れなくて、それに、こんな自分の顔は見られたくなくて、倉橋は反射的に顔を逸らそうとする。
 「んっ」
 しかし、綾辻はそのまま倉橋に噛み付くようなキスをしてきた。
目線が合うのは恥ずかしいので、倉橋はキュッと目を閉じる。
綾辻は遠慮もなく倉橋の口中に舌を差し入れ、お互いの唾液を絡めるように激しく口腔内を犯した。
(い、息が、出来な・・・・・っ)
 受け入れようとは思うものの、腕は弱々しく綾辻の肩を押し返そうとする。
 「・・・・・」
(え?)
合わさった綾辻の唇が笑んだような気がして、倉橋は閉じていた目を恐る恐る開けてみた。
目の前には、アップでも十分耐えうる美貌の主が、嬉しそうに倉橋を見下ろしていた。
 「可愛いな、お前は」
 「!」
(目、目がおかしい!)
見る間に自分の白い肌が赤く染まっていくのを、倉橋は自覚出来なかった。



 「ふっ、んっ、あっ、はっ!」
 「・・・・・」
 「や、やめ、やめ・・・・・て、くだ・・・・・っ」
 「・・・・・」
 自分の股間に顔を埋めている綾辻が、ねっとりとした愛撫を倉橋のペニスに与えていた。
普段、自慰さえもあまりしない倉橋にとって、自分のペニスはただ排泄に必要な器官という認識しかなかった。
しかし、こうして綾辻の手に触れられるだけで、舌で、唇で奉仕されるだけで、身体の芯から溶けていくような感覚に襲われてし
まう。
 「・・・・・ああっ」

 
ぴちゃ・・・・・

 艶かしい水音がして、綾辻の唇は倉橋のペニスを解放した。
 「綺麗だな、お前のここは」
 「ば、馬鹿なこと・・・・・っ」
 「色も形も、犯したくなるほどに綺麗だ。克己、俺以外の男にお前のここを見せるなよ」
 「・・・・・っ」
(見せるわけが無い・・・・・!)
女とセックスしたいと思うことも無いのに、男となんて問題外だ。
第一、倉橋を欲しいと思う物好きなど、綾辻くらいしかいないだろう。
 「あ、綾辻さ、も・・・・・」
 「そのまま力を抜いてろよ?」
 そう言いながら、綾辻は片手で倉橋のペニスを擦り上げながら、もう1つの濡れた手で尻の狭間をつっと撫でた。
 「!!」
(汚い!)
 綾辻の男らしく大きな、しかししなやかに綺麗な指が汚れてしまうと、倉橋は身を捩ってその手から逃れようとするが、綾辻は
そんな倉橋の身体を自由にはしなかった。
キュッとペニスを掴んでいる手に力を入れ、反射的に倉橋が動きを止めてしまった隙を狙って硬く閉ざされていたはずの蕾に強引
に指を差し入れる。
 「ああっ!」
 途端に尻に力をいれ、身体を震わす倉橋の耳に、宥めるような、唆すような綾辻の声が聞こえた。
 「克己、感じるだけでいいんだ」
 「あ・・・・・あ・・・・・」
 「今のお前は、俺しか見てないから」
 「・・・・・っ」
(あなただから恥ずかしいのに・・・・・)
何もかもを曝け出すこんな無様な、無防備な姿を綾辻に見せるのは恥ずかしい。
だが・・・・・綾辻以外に見せることなんてとても考えられない。
 「あ、綾・・・・・っ」
 「今夜だけ・・・・・お前の特別な日だけ、俺に誰にも見せないお前を見せてくれ」
 「あああっ!!」
 グリッと身体の中を身体の中から触れられ、倉橋のしなやかな身体が反り返る。
その拍子に身体が反転し、白い背中にぼんやりと浮かんできたのは・・・・・清廉な龍。
綾辻はふっと笑って、厳かにその背に唇を寄せた。
 「お前の龍も俺に会いに来てくれた・・・・・克己、もう少し付き合ってもらうぞ」



 約束した通り、綾辻は最後までは自分のこの身体を抱くことは無いだろう。
しかし、倉橋は今日でまた少し、綾辻に自分の心の中にさらに入り込まれた気がする。
(私は・・・・・)
多分、近い内に、倉橋は綾辻に全てを支配されてしまうだろう。それが1日でも早い方が、いや、1日でも遅い方がいいのかは
分からないが、どちらにせよ、自分の身体はもはや自分だけのものではないのだ。
 「・・・・・っ」
 身体の中を掻き回されながら、倉橋は綾辻の背中に手を回す。
 「綾辻・・・・・さ・・・・・」
自分の身体が溶けきって、綾辻を永遠に誘惑出来る甘露になってしまえばいいと思う。
(この男を・・・・・私だけのものに・・・・・したい・・・・・)
今日という特別な日、倉橋は自分の心の中に生まれた想いを、しっかりと自覚していた。




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倉橋さんのお誕生日、甘露編です。
中途半端な感じがするかもしれませんが、これは綾辻さんの誕生日への布石となるので、表現はここまでで。
あんまりエッチクなかったかな?