「ほらっ、マコちゃん!初日の出見に行くわよ!」
「え?」
「えじゃないのっ、早く用意して!」
1月1日の午前2時。
今日は何時もよりも夜更かしして、西原真琴は同居(同棲?)している海藤貴士と新年の挨拶を交わし、年末忙しくてなかな
か一緒にいられなかった海藤とゆっくり話をして・・・・・そろそろ寝ようかと言っていた頃。
真琴はいきなり現れてそう言った綾辻勇蔵に目を丸くしてしまった。
「どうしたんですか?綾辻さん」
「え?だから、初日の出・・・・・」
「ちょっと、どいてください」
不意に綾辻の身体が横にどかされて、その後ろから倉橋克己が眉を顰めながら現れると、真琴とその後ろに立つ海藤の姿を
見て深々と頭を下げた。
「明けましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します」
「あ、お、おめでとうございますっ。俺の方こそ、宜しくお願いします!」
倉橋の丁寧な挨拶に慌てて頭を下げた真琴に倉橋は微笑みかけると、綾辻の補足のように言葉を続けた。
「せっかくのお2人の時間に余計な真似だとは思ったんですが、綾辻が初日の出が見える穴場の場所があるのだとずっと煩くし
てまして・・・・・」
「だって、克己ったら2人だけじゃ行かないって言ったじゃない!」
「・・・・・」
「だから、社長とマコちゃんを誘いに来たのよ〜。ね、マコちゃん、行くでしょう?」
「え、えっと・・・・・」
(行っては、みたいけど・・・・・)
色んなことを知っている綾辻が言う秘密の場所ならば、きっとワクワクするようないい場所だろうというのは想像がついた。
その場所に行ってみたい気はするものの、海藤はいったいどう思っているのだろうか。
「・・・・・」
真琴がチラッと視線を向けると、ずっと真琴を見つめていたらしい海藤が口元に笑みを浮かべて言った。
「お前は、どうしたい?」
「俺は・・・・・行ってみたい、です」
「じゃあ、行こうか」
「いいんですか?」
「俺も、お前と一緒に見たいからな」
海藤のその言葉に、綾辻がふふっと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「本当に何時までも新婚さんなんだから」
その言葉がくすぐったいものの、真琴は嬉しくなって海藤の顔を見上げた。
いったいどこへ向かうのか、綾辻はその場所を言わないまま、自分が運転する車に3人を乗せて走らせた。
もちろんその前後にはちゃんと護衛の人間が乗った車を走らせているものの、真琴には気を遣わせない為に黙っている。
「大丈夫なんですか?」
助手席に座った倉橋が、声を落として聞いてきた。
実は倉橋も、綾辻がどこに行こうとしているのかは知らない。31日、日付が変わるまで仕事をしていた倉橋をじっと待っていた綾
辻が、いきなり初日の出を見に行こうと誘ってきたのだ。
これまでそんな事を言われたことがなかった倉橋は困惑してしまったが、綾辻にとっては恋人を誘うことに何の躊躇いも無いらしく、
途惑う倉橋を引っ張って車に乗せた。
「ま、待って下さい」
「ん?何を待つの?」
「何って・・・・・」
何を、どうとか、はっきり言葉で説明することは出来ない。
それでも綾辻と2人きりでいることに慣れない(仕事上では大丈夫なのだが)倉橋は、必死で言い訳を考え・・・・・やがてパッと頭
の中に浮かんだことを口にしてしまった。
「私達だけで見るのは勿体無いです。ぜひ、社長と真琴さんも誘いましょう」
「・・・・・あの2人を?」
「めでたい事は大勢いた方がいいでしょう?」
(私はどうしてあんなことを言ったんだろう・・・・・)
今、実際にこうして海藤と真琴を後部座席に乗せた車に乗っていると、なぜこの2人の名前を出してしまったのだろうかと後悔を
してしまった。
新しい年を迎えて直ぐ、恋人同士なら2人でいたいと思うはずだろう。
らしくも無い失敗をしてしまったと、倉橋は小さく唇を噛み締めてしまった。
(そんなに悩むことはないのにねえ)
運転をしていた綾辻は、悩む倉橋の気配に気付きながらも黙ったままでいた。
初日の出を見るというのはもちろん口実で、倉橋と年を跨いで一緒にいたいという思いだった。もちろんその後にどこかに連れ込め
ればと思わないでもなかったが。
(でも、あそこで社長とマコちゃんの名前を出されるとはねえ)
さすがの綾辻も海藤を無下には出来なかったし、お気に入りの真琴の事も聞き流すわけには行かず、それならと皆で初日の出
を見に行くことにあっさりと路線を変更した。
考えれば、この4人で初日の出を見るのも悪くは無いかもしれないと思ったのだ。
「綾辻さん、どこに向かってるんですか?」
真琴が後ろから少し身を乗り出して聞いてきた。
「どこだと思う?」
「都内は無理なんじゃないですか?だったら、少し離れたとこか・・・・・」
「年末は都心でも交通量は少ないしね。案外早く着くとは思うけど、まだもう少し掛かるだろうから寝ててもいいわよ?」
時刻はそろそろ午前3時になろうとしている頃だ。
午前6時前後の日の出には間に合うとは思うが、そこに行くにはまだ時間は掛かってしまう。
「え〜、でも、勿体無いから起きてます」
「勿体無い?」
「せっかく皆さんと一緒なのに」
「社長と、でしょ?」
「海藤さんはもちろんだけど、綾辻さんや倉橋さんと一緒にいるのも十分嬉しいんですよ」
そんな真琴の嬉しい言葉に、綾辻は楽しくなって笑ってしまった。
海藤はゆったりとシートに背を預けて、綾辻と楽しそうに話している真琴の横顔を見つめていた。
(やっぱり、連れ出した方が良かったか・・・・・)
年末たて続けに重要な仕事が入ってしまい、何とかクリスマス前後は時間を取ったものの、それ以外は真琴に寂しい思いをさせ
てしまったと思う。
年末もどこかに連れて行ってやりたかったがギリギリまでスケジュールがはっきりせず、結局マンションで年越しを迎えることになってし
まったが、真琴はそれでも一緒にいることが嬉しいと言ってくれていた。
そんな中の綾辻と倉橋の突然の訪問。
海藤にとっても思い掛けない誘いだったが、真琴がこうして楽しそうに笑っているのならばいい。
「ね、海藤さんはその場所知っています?」
「ん?」
今まで綾辻と話していた真琴が急に振り返った。
「さあ、分からないな」
「じゃあ、海藤さんも知らない場所?」
「綾辻は本当に色んなことを知っているからな」
「雑学ですよ、雑学」
海藤の言葉に綾辻はそう言うが、綾辻の情報量はかなりのもので、それは仕事面に関しても、今日のようなプライベートで使うも
のも、いったいどこから仕入れたのだと思うようなことも多い。
そのどれもが多分間違いはない情報だろうということは確信出来たので、海藤は真琴の頭を撫でながら言った。
「楽しみに待っていた方がいいんじゃないか?」
「でも、気になるし」
「教えてくれないぞ、多分」
(こいつはこんなサプライズが好きだからな)
誰よりも自分の大切な相手の為にする手間は、手間とは思わないタイプなのだろう。
(倉橋も気が休まらないかもしれないが・・・・・)
ワクワクしながら車の窓の外を見ていたはずなのに、何時の間にか真琴は眠ってしまっていたようで・・・・・。
「・・・・・と、真琴、起きろ」
何度も何度も耳元で名前を呼ばれ、優しく身体を揺すられた。
「ん・・・・・」
「真琴、もう、朝日が昇るぞ」
「・・・・・え」
その言葉が頭の中ではっきりとした響きで届き、真琴は慌ててぱっと目を開いた。
そして、自分でも驚くほど敏捷に身を起こすと、直ぐ側にいた海藤の姿を確認して聞いた。
「も、もう、朝ですか?」
「間に合ったぞ、外に出ろ」
「・・・・・っ」
その言葉に真琴は直ぐ車の外に出た。
まだ肌寒く、薄暗い空。
(ここ、いったい・・・・・どこ?)
どうやらどこかの広場らしいが人影は無い。
「綾辻さん、ここ・・・・・」
「少し遠いけど、綺麗な富士山と日の出が見えるのよ。ここ、知り合いの私有地でね、混雑が無いのがいいでしょう?」
「し、私有地なんですか?」
見事に周りに高いビルや建物など無いその場所からは、確かに少し遠いかもしれないが綺麗な富士山の姿が見えた。
こんな絶景の場所をまるで独り占めのように見れるとは何という贅沢だろうか。この場所を持っている人物にも、そしてここに案内
してくれた綾辻にも感謝したい。
そして。
「わあ・・・・・!」
真琴が起きるのを待っていたように、ゆっくりと空が明るくなったかと思うと・・・・・凍えて澄み切った空に綺麗な初日の出が顔を覗
かせた。
「・・・・・」
初日の出を見るだけでこんな厳かな気分になるなど、自分は本当に日本人だなあと真琴は思う。
そして、こみ上げた感激を胸に抱いたまま、真琴はその視線を海藤に向けた。
「海藤さん、今年も宜しくお願いします」
「真琴・・・・・」
「ずっと、仲良くいましょうね」
年の初めに何だか少し恥ずかしいが、改めてそう言いたくなってしまった。
すると、海藤も目を細めて笑みを浮かべてくれた。
「こちらこそ、宜しく」
「・・・・・」
(な、なんか、照れくさいな)
何時も一緒にいて、常に側にいてくれる人。その海藤の真っ直ぐな視線に照れてしまった真琴は、直ぐ側にいる綾辻と倉橋に
も改めてというように頭を下げて言う。
「綾辻さん、倉橋さん、今年も宜しくお願いします」
「よろしくね」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
生真面目に真琴に答える倉橋に、綾辻がからかうように声を掛けた。
「克己、私ともよろしくしてよ?」
「・・・・・」
「克己ってば〜」
綾辻の懇願するような、それでいて楽しそうな声が静かな朝焼けの空気の中に響いている。
その賑やかで楽しい時間が今年も日常になるように、真琴は眩しい朝日に向かって両手を合わせて祈った。
どうかみんなが、今年も幸せでいられますように・・・・・。
end