洸聖&悠羽編





 悠羽(ゆうは)は天幕から外に出た。
まだ陽が昇る前で、空は薄ぼんやりとした明るさだったが、もう時間を置くことなく、素晴らしい朝日を眺めることが出来る
と分かっていた。
 「・・・・・」
(この雄大な景色を望めるのももう直ぐ終わりか)

 大国、光華国の皇太子、洸聖(こうせい)と、小国、奏禿の王女である自分が結婚し、こうして2人だけの・・・・・では
ないものの、考えうる最少人数での各国を回る旅はもう直ぐ終わってしまう。
 王女として育てられたとはいえ、実は男である自分と、将来世継ぎを産み出さなければならない立場の洸聖が正式に
式を挙げるなどと初めは信じられなかった。
 出会った当初など、洸聖は悠羽のことを許婚とも認識していなかったように思う。
そんな中、様々な問題が起こり、その中で互いの存在を大切に思うようになって、一度は背負うものの大きさに逃げ出し
た悠羽だったが、国まで追い掛けてきてくれた洸聖の愛情を信じ、ようやく結婚式を挙げることが出来た。

 その直後から始まった友好国を回る旅は、悠羽にとっては大きな刺激になったし、洸聖にとっても使者の報告だけでは
なく、自分の目で見ることによって様々な思いが生まれたらしい。
 途中、何度か衝突もしたが、どちらからともなく歩み寄って、結局は何時の間にか仲直りをしていた。それも、この旅の
開放感からなのだろうか。
 「悠羽」
 その時、名前を呼ぶ声と共に、肩に上掛けを掛けられた。
振り向かなくても声で分かった悠羽は、気遣ってくれる優しさに嬉しくなって頬を緩める。
 「起こしてしまいましたか?」
 「どうしたんだ、冷えるだろう?」
 「でも、もう直ぐ光華国に帰国するでしょう?1日でも多く、朝日や夕日を見たくて」
 「・・・・・変わっているな、お前は」
 「そうですか?」
どこがだろうと自分では分からなくて、悠羽は振り向いて洸聖を見上げた。



 「宿に泊まってばかりはつまらないでしょう?」

 旅行の半分の日程を終えた頃、悠羽はいきなりそう言ってきた。
光華国の皇太子夫婦をもてなすということは、各国にとっても大きな国家事業らしく、案内される場所も、宿泊する場
所も、全て素晴らしいものばかりだった。
 洸聖にとって、それは当然のことだったが、悠羽にとっては息がつまることもあったようだ。皇太子妃、未来の国王妃であ
る悠羽の存在には、各国の興味はつきないのだろう。

 光華国と、奏禿。あまりに国力に差がある二カ国。もしかしたら、妾妃になれるかも、あわよくば正妃にと、幾ら友好国
とはいえ、そんな企みが全くないというわけでもなく、もてなしの場にその国の姫達が同席することも多々あった。
 悠羽は大人しく、女達についてもきちんと礼は尽くしていたが、洸聖の方がそんな悠羽を見ることが面白くなかった。
洸聖が悠羽を選んだのは悠羽自身を愛し、尊敬したからで、国力など全く関係ないのだ。

 その結果、それから洸聖は天幕に寝泊りすることにした。
警備の者を増やすことになってしまったが、悠羽もこの生活を楽しんでいるようで、日々の笑顔も今まで以上に多くなって
きた。
 柔らかな寝台で眠らなくても、悠羽を抱いていれば安らかに眠ることが出来る。
豪華な食事が出なくても、温かい料理と、悠羽の笑顔だけで満たされる。
悠羽に影響されたといえばそうだが、洸聖はその変化をとても好ましく感じていた。



 洸聖に肩を抱き寄せられ、悠羽クスクスと笑う。
 「洸聖様は、随分変わられました」
 「お前のせいだ」
 「嫌なのですか?」
 「・・・・・嫌ではないが、あまりにお前に影響され過ぎると、光華国の皇太子は、皇太子妃に頭が上がらないと噂され
かねない」
 「・・・・・悪いことではないでしょう?私だって、洸聖様にとても影響されていますよ?」
国政に向かう姿勢や、深い知識。時には傲慢とも思えるほどに物事を切り捨てるが、温情も忘れない。
(洸聖様と出会って、私は国と向き合う支配者の立場というものを垣間見た気がする)
 「洸聖様」
 「どうした?」
 「・・・・・もう直ぐ、国に帰りますね」
 「・・・・・そうだな」
 「・・・・・少し、寂しい気がします」
(皆と会うのはとても楽しみなのに、今のこの時間がとても惜しい気がしてしまう・・・・・)
 それが自分の我が儘だということは十分分かっているが、それでもここには自分と洸聖の2人しかいないのだ。少しだけ
本音を言ってもいいかなと思ってしまった。
 「・・・・・私もだ」
 「え?」
 「お前とこうしていることがあまりにも楽しくて・・・・・国に帰りたくないと思ってしまった。皇太子失格かもしれないな」
 「そんなことっ!」
 「ここにはお前しかいない。お前だけに本音を吐くことくらいいいだろう」
 「・・・・・」
(私と同じことを考えている・・・・・?)
 一緒にいれば、考え方が一緒になるとは思わない。それでも、明らかに互いに影響を受けているというのがそれだけでも
感じられて、悠羽は嬉しくなって洸聖に擦り寄った。



 こんな風に甘える悠羽というものも、今回の旅で初めて知った気がする。
洸聖はしっかりと悠羽を抱きしめたまま、そのまま自分を見上げる悠羽の唇に口付けをした。今回の旅では、悠羽の身
体の負担を考えて、繋がるところまでは出来なかったが、その分ゆっくりと悠羽の身体を愛撫し、どこが感じるかということ
も分かった。
(この身体を味わうためには、早く国に帰らなければならないのか)
 国が心配だからという理由ではないのが我ながら笑えてしまうが、光華国にはまだ現役の王である父がいるし、洸竣も
最近は国政をよく手伝ってくれるので心配はない。
 「んっ」
 「・・・・・」
 クチュッと音をたてて唇を解放すれば、悠羽の目元が染まっているのが見えた。柔らかく、細い髪も、キラキラと光に反
射しているのが分かる。これだけ相手の様子が分かるということは、空もかなり明るくなってきている証拠だろう。
 「悠羽、目を開けろ」
 「・・・・・」
 「そろそろ夜が明ける」
 「・・・・・はい」
 悠羽が顔を上げるのを見てから、洸聖も空を見上げた。美しい朝日が、丁度昇ってきている。
 「・・・・・」
婚儀の翌朝、父や兄弟達と見た朝日もとても美しかったが、今こうして2人で見上げる朝日もそれ以上に美しい。
それは、多分悠羽が隣にいるからだ。ここにいるのが別の誰かだったら、きっとこんなにも綺麗なものではない・・・・・いや、
それに気付くことさえ出来なかったはずだ。
 「早く帰りたいな、悠羽。私と、お前の国に」
 「・・・・・そうですね」
 言葉にこめた思いに気付いたのか、悠羽もしっかりと頷いてくれた。
同じ方向を見ているので抱き合うことは出来ないが、しっかりと肩を並べ、手を握り合う。
 「・・・・・私達、子供みたい」
 「そうだな」
 「でも、2人しかいないから・・・・・いいですよね?」
 「別に、誰がいても構わないぞ」
虚言ではなく、心からそう思って言えば、悠羽がくすぐったそうに笑んで頷いた。
 「・・・・・私も、同じです」
 ここに父や洸竣がいたらきっとからかわれるだろうが、返って見せ付けてやりたい。自分が選んだ伴侶の手を握ることの何
が悪いのだと、洸聖はふんと胸を張って空を見上げていた。





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