洸竣&黎編
「え?洸竣様のことですか?」
「ええ、ぜひ聞かせて欲しいわ、洸竣様をどう思っているのか」
「どうって・・・・・」
途惑っている黎の声が直ぐ近くで聞こえる。
洸竣は自分の存在を悟られないように息をひそめて、2人の会話をじっと聞いていた。
黎を王宮に召し上げてから数日。
今だ慣れないような雰囲気の黎を気にかけ、洸竣は出来るだけ声をかけるように気を遣っていた。
しかし、洸竣が黎を気遣えば気遣うほどに黎はますます萎縮してしまい、なかなか優しい笑顔を見せてくれるようにはなら
なかった。
もしかしたら、王宮に召し上げた自分の事を恨んだり嫌っている可能性もある・・・・・そう思った洸竣は、同じ自分付き
の召使いに黎の気持ちを聞いてもらうことにした。
まだ若い娘だが、洸竣に対して主人という以外の感情を持たない召使い。
洞察力も遊び心も十分持ち合わせているその娘、琉璃(るり)は、洸竣のその頼みに一瞬驚いたように目を瞬かせ、次
にニッと笑って頷いてくれた。
「第二王子のお噂はよく聞きましたし・・・・・」
「噂って?」
「その、お、女の人との噂、です」
「ああ、王子は大人のお遊びがお好きですものね」
「・・・・・」
(余計なことだぞ、琉璃)
洸竣も、巷での自分の噂はよく知っている。
全てが本当というわけではなく、嘘というわけでもない。
身体を売る女達は、その時々の町の状況や人間模様もよく知っている。父王を支える為に、そしていずれ王となる兄
洸聖の補佐を完璧にする為にも、国の内情は把握しておきたかった。女を抱くというのが最終目的ではないのだ。
だが、傍目から見れば、暢気に女遊びをしているように見えるのだろう。
「でも、実際にお会いして、そんな噂が出ても仕方ないんだろうなって思えました。王子はとてもお優しいし、カッコいい
方だし、お傍にお仕え出来るのは嬉しいです」
「本当?他の王子達に付きたいとは思わないの?」
「いいえ」
意外にきっぱりと言い切った黎に、洸竣の頬も緩んだが。
「ただ、悠羽様にならお仕えしたいかも」
「あっ、分かるわ!私も悠羽様のお世話、楽しそうだって思ったもの。悠羽様付きの者にこの間聞いたらね、街の外れ
まで食べ物を持って遠駆けに行かれたそうよ。その子外で物を食べるの初めてだったらしいんだけど、とても楽しかったって
言ってたわ」
「いいな〜」
「ね〜」
「・・・・・」
(さすが、悠羽殿には負けるな)
この光華国の王家の中には、今までいなかったような自由で自然体な悠羽。
そんな悠羽を慕う人間はかなりいるが、どうやら黎もその中の1人らしい。
「そっか・・・・・黎は悠羽様が好きだと」
「す、好きなんて、僕はただ、憧れているだけですっ」
琉璃のからかいに、慌てたように黎は答える。
洸竣は少し考えて・・・・・不意に姿を現した。
「何楽しそうに話してるんだ?」
「こ、洸竣様っ!」
慌てて頭を下げた黎の隣で、琉璃は悪戯っぽく笑いながらもきちんと礼を取っている。
洸竣がコホンと咳払いをすると、心得たかのように琉璃は立ち上がって言った。
「申し訳ございません、わたくし用がありますのでこれで」
「る、琉璃さんっ」
1人残されてしまった黎は、どうしたらいいのか分からずに思わず琉璃を呼び止めようとしたが、琉璃は軽く手を振りながら
さっさと立ち去ってしまった。
相変わらず察しがいいが、これは後で特別報酬をねだられるかもしれない。
(まあ、仕方あるまい)
洸竣は困ったように俯く黎の顔を覗きこむようにして言った。
「黎、少し私に付き合ってくれないか?」
「え?どちらに行かれるのですか?」
「もちろん、町にだよ」
「町に?」
「美味しいものを食べさせてくれる店があるんだ。付き合ってくれる人間が他にいないんでね。・・・・・駄目かな?」
「い、いいえ、僕でお相手出来るのでしたら」
「もちろん」
洸竣はにっこりと笑った。
先ずは優しくしてやろうと思った。
悪い噂が薄れるほどに優しい男を演じて、その後でゆっくりと自分に対する想いを育ててもらおうと思う。
洸竣自身、まだ黎をどうしたいと思っているのか分からないのだ、2人でゆっくりと思いを育てるのも楽しいかもしれないと
思った。
(そろそろ遊びは終りかもな)
洸竣は自分自身の思いに苦笑しながら、小さな黎の肩を抱き寄せた。
「では、参ろうか」
end