洸竣&黎編
光華国第二王子、洸竣(こうしゅん)の召使いでありながらも、実質は婚約者という形になる黎(れい)は、自分の今
の立場に戸惑っていた。
洸竣の汚れ物を洗濯しようと洗い場に行けば、
「黎様っ、そんなことは私達が!」
そう言われて、手から奪われてしまい、軽食を用意しようかと厨房に向かえば、
「お怪我をされたら大変です。召し上がりたいものをおっしゃってください」
と、言われ、刃物を握ることさえ許してくれなかった。
元々、黎が城に上がってきた当初から、召使い達は優しく接してくれたが、今のままでは黎は自分が何のためにここにい
るのか分からない。
洸竣が自分のことを想ってくれていることも、そして、自分が洸竣を想っていることも事実だと思うものの、それでも現状
をどうにかして欲しいと、その夜、黎は洸竣の部屋を訪れた。
「黎が夜這いをしてくれるとは嬉しいな」
「・・・・・洸竣様、僕は・・・・・っ」
「はは、冗談だよ、入りなさい」
「・・・・・失礼します」
真剣な顔で扉の前に経っていた黎を軽くからかうつもりだったが、どうやら本人は更に機嫌を損ねたらしい。
困ったなと思うものの、自分の前で色鮮やかな変化を見せてくれるのは嬉しくて、洸竣は口元に笑みを浮かべながら黎を
中へと招き入れた。
共にいたいと、愛していると告げ、身体を重ねた。
まだ、未成熟といってもいい黎の身体は自分を受け入れるだけでも大変そうで、涙を流す様はとても可哀想だったが、そ
の反面、もっと泣かせたいという被虐的な思いにも捕らわれてしまった。
あれから、実を言えば黎とは身体を重ねていない。抱きしめ、口付けはするが、その途端に強張る身体に洸竣の方が
躊躇ってしまい、何時もその時点で解放するのだ。
黎がそんな自分の態度をどう思っているのかは分からないが、最近の黎は以前よりも態度を軟化させて接してくれてい
るように感じる。
(子供相手の色恋だからな)
遊びではないのだ。時間を掛けることは嫌ではなかった。
黎は上目遣いに洸竣を見つめた。
「どうした?黎」
「・・・・・あの、洸竣様。どうか皆さんにお伝え下さい。僕に対する態度は今まで通りにと」
「態度?」
「はい」
そう前置きして、黎は最近の召使い達の自分に対する態度を説明した。
けして慇懃無礼な態度ではなく、恐縮するのだと、彼らにはどうか穏便に対応して欲しいと願う。洸竣なら、自分の気持
ちは分かってくれるだろうと思った。
「それは無理だな」
「え?」
しかし、返ってきた返事は、黎の期待するものではなかった。
「どうしてですかっ?」
「三日後、新婚旅行に行っている兄上が戻ってくるまで、この国では、父上に続いて私に責任がある。その私の大切な
想い人であるお前に、何時も以上に慇懃に接してくるのは仕方が無いことだと思わないか?」
「・・・・・思いません」
洸竣がこの光華国にとって、とても大切な人だというのは理解出来るものの、そこに自分が加わるのがどうしても理解出
来ないのだ。
(僕はまだ、ただの召使いなのに・・・・・っ)
「黎」
その時、思い掛けなく真剣な声が自分を呼ぶ。
「は、はい」
「黎は、私の想いに応えてくれたのだと思ったけれど・・・・・違うのか?」
「え?」
(それは・・・・・どういう?)
「私は、生涯の伴侶としてお前を選んだ。直ぐにとは言わないが、いずれは、きちんと式を挙げたいとも思っている。私と
結婚すれば、第二王子の妃となる立場なんだよ?」
「あ・・・・・」
黎は思わず息をのんでしまった。
自分の言葉に、黎が戸惑っているのが分かる。それでも、これは黎に自覚してもらわなければならないことだと、洸竣は
少し強い口調で言った。
「城の中にいる者はお前には好意的に接してくれるだろうが、対外的には庶民出身の妃には随分厳しい目を向けてく
るだろう。それに耐えられるほど、お前は私を想ってくれているのだろうか?」
「洸竣様・・・・・」
兄の洸聖(こうせい)と結婚したのは、小国ながらも一国の王女である悠羽(ゆうは)だ。
第三王子である莉洸(りこう)が、近々式を挙げるのは、これも大国ではないが、一国の国王、稀羅(きら)だ。
第四王子である洸莱(こうらい)は、元々あまり表に出ていないことと、国政から一番遠い位置にいるので、それほどに注
目は集めない。
では、自分はどうだろうか。
第二王子である自分の伴侶は、間違いなく注目されるだろう。その視線に、黎が耐えられないと言えば、このまま正式な
妻とするのは諦めなければならないかもしれないのだ。
「黎」
「ぼ、僕は・・・・・」
「無理?」
まだ先の話を言うのは卑怯かもしれないが、今のうちに黎に確認を取っておくのは間違いではないと思った。
しばらく、黎は揺れる眼差しで自分を見つめていた。
そして・・・・・。
「僕自身が、洸竣様に相応しい人間だとは・・・・・思えません」
「黎・・・・・」
(そんな後ろ向きな答えは聞きたくないんだが・・・・・)
「でも」
目を伏せてしまった洸竣の耳に、黎の声が響いた。
(今も、僕には過ぎた好意だと思っているけれど・・・・・それでもっ)
「僕・・・・・僕は、他の方に、洸竣様を・・・・・渡したく、ありません」
「・・・・・っ」
「洸竣様がこの国にとって大切な方だと、始めから分かっていたのに・・・・・僕、今も逃げようとしていたんだ・・・・・」
(僕が、洸竣様の手を離さなかったら、いずれは直面する問題のはずなのに・・・・・)
黎はじっと洸竣を見上げていたが、やがてその腕を強く引っ張った。
「・・・・・っ」
体勢が崩れて前屈みになった彼の手を更に強く引いて、黎はそのままぶつかるように口付けをする。
(・・・・・あ、驚いている)
何時も余裕たっぷりな洸竣の驚いた顔がおかしくて、黎は少しだけ笑った。それでも、これだけは伝えておかなければな
らないだろう。
「洸竣様の隣に立つ人間に相応しいように、努力します。でも、まだしばらくは私は召使いとしてあなたを支えていたい。
自分を磨くためにも、洸竣様、どうか力を貸してください」
一世一代の決意を込めた自分の言葉に、洸竣は何時もの笑みを浮かべてくれる。しかし、それは何時も以上に優しく
て、どこか照れたような様子が見えて、黎はとても・・・・・嬉しかった。
end