熊サンたちの歓迎会






 真琴がバイトを始めて1ヶ月と少し経ったある日の朝礼で、古河はハアッと眉を顰める話を聞いた。
 「今更歓迎会?」
 「そ」
険しい顔をしている古河の相手は何時もの通り森脇で、森脇は休憩室に古河を引っ張って行った。
 「なんで今更歓迎会だ?マコが入ってもう1ヶ月以上も経ってるんだぞ?」
 「まあ、1ヶ月を過ぎたからじゃないか?辞めないってことだし、マコも俺達に慣れた頃だし」
 「でもなあ」
 「チーフが昨日聞いたら喜んでたそうだぞ?わざわざ自分の為にって感動してたって」
 「・・・・・」
 仲間内で一番新人の西原真琴は、その可愛らしい容貌と言動で今やこの店のアイドルだ。
ただ観賞するだけの対象ならいいのだが、今時男でも構わないという人間は多く、店の仲間達にもあからさまではないが真
琴を狙っている者は少なからずいた。
古河は真琴の指導係として傍にいたが、どこか実家の弟に似ている真琴が放っておけなくて、まるでお母さんのように世話
を焼いているのだ。
 歓迎会となれば、少なからず酒も入るだろう。気が大きくなった誰かが暴走することは十分考えられる。
 「みんな楽しみにしてるし、当の本人がOK出しちゃってるんだからなあ」
 「・・・・・」
 「お前と俺と、店長にチーフまでいるんだぜ。まあ、大丈夫だって」
 「・・・・・お前は気楽だな」
古河はハアッと溜め息をついた。



 その週の水曜日。
 「じゃあ、西原真琴君の《熊さん》入りを祝して、カンパ~イ!」
 「乾杯!」
店を早めに閉めると、休みの者達も含めた見事全員で、真琴の歓迎会は賑やかに始まった。
開始早々真琴の両隣を巡って密かなバトルが展開したが、有無を言わせず片方は古河が陣取り、もう片方は店長の小
林が座った。
 「マコ、お前は未成年だから酒は禁止」
 「分かってますよ~。俺、弱いから」
 「飲んだことあるのか?」
 少し驚いたように言うと、真琴はニコニコして首を横に振った。
 「お正月のおとそです。お猪口一杯でひっくり返っちゃって。家族にお酒は絶対駄目って言われてるんですよ」
枝豆を一つ一つ剥きながら口に入れる様子はまるでリスのようで、皆眼福と言わんばかりに頬を緩めながら見ている。
その視線まで禁止するわけにもいかず、古河は黙ったままビールのジョッキを傾けた。
 「マコちゃん、何が好き?食べたいもの何でも注文してよ」
 古河の目から見て一番真琴に入れあげている上村が、身を乗り出すように聞いてくる。
真琴は嬉々としてメニューを開いた。
 「え~と、じゃあ、焼き鳥の10種盛り10人前と、山芋の鉄板焼き5つと、手羽先30本と、トウモロコシの塩味10本
と、牛肉のゴボウ巻き5人前、フランクフルト10本に、鳥の唐揚げ5人前に、シシャモ5皿・・・・・」
真琴の口からは次々にメニューが出てきた。
 「あ、チゲ鍋もいいし、ツナサラダに韓国風焼き豆腐、釜飯や焼きお握りもいいですよね。あ、ジンギスカンもある!」
 「ま、マコちゃん」
 しばらく呆気に取られていた上村が、引きつった笑みを浮かべて聞く。
 「それ・・・・・全部食べるの?」
 「はい、そうですけど?」
 「一人でか?」
絶句した上村に代わって古河が聞くと、真琴は真っ赤になって慌てて首を横に振った。
 「一人じゃ食べれません!もちろんみんなで食べるんですよ!お酒を飲む前にお腹に何か入れた方が悪酔いしないって、
うちのお兄ちゃん達がいつも言ってるから」
 「・・・・・なるほど」
 「だから、みんなで一杯食べましょう!俺、大勢でご飯食べるのって久しぶりで、なんだかすごく嬉しくて楽しいです!」
 真琴の全開の笑みは何の曇りもなく、純粋に仲間達との食事を楽しみにしているのがよく分かった。
酔わせてあわよくばと思っていた数人もバツの悪そうな顔をして顔を見合わせている。
 「ほら、早く注文しましょうよ!すみませ~ん!」
 あくまでマイペースな真琴に、古河も釣られるように笑っていた。
 不意に、ツンと横腹を突かれて振り向くと、悪戯っぽい笑みを浮かべた森脇がいる。
(まったく、お前の言う通りだな)
天然な真琴には誰も勝てず、その夜の歓迎会は見事なまでに健全な食事会と変わった。




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