熊サン候補は豆台風






 一ヶ月ほど前、宅配ピザの《森の熊さん》の店舗近くにあった駐車場に、小・中・高校生対象の進学塾のビルが建った。
昼から、深夜の0時近くまで明々と灯りが点いて、人通りもグッと増えるようになり、午後11時まで開いている《森の熊さん》
は客層もかなり変化があった。
 「いらっしゃいませ!」
 「あ!マコちゃん、俺カラアゲ!」
 「俺は・・・・・シーフードピザのSS!」
 「はい、少し待ってくださいね!」
 塾に通う子供達が来るようになってから、メニューの中にもSサイズよりも更に少な目のSSをメニューに載せ、そこで食べれる
コーナーを少し広くした。
そのせいか、午後7時くらいから閉店の11時くらいまでは、《森の熊さん》の店内は様々な年齢の子供達で賑わうようになっ
ていた。



 「・・・・・」
 この店舗のサブチーフである古河篤志(こが あつし)は眉を潜めて店の中を見ていた。
(あれは・・・・・放っておいていいのか・・・・・?)
自分でも少し心配性なのかと思うことがあるが、今のこの状況もただ自分が心配し過ぎているだけなのかどうか、判断がつき
かねる状況だった。
 「ね、マコちゃん、今度どっか遊びに行こう」
 「え?」
 「俺達、面白いとこいっぱい知ってるし!」
 「で、でもね」
 目の前では、真琴よりも遥かに縦も横も育った高校生達が、注文の品をテーブルに運んだ真琴に向かってしきりに誘いを掛
けてきていた。
真琴自身は、
 「最近の高校生って、人懐こいんですね」
と、言って笑っていたが、古河からすれば、
(それはナンパだろーが!)
と、思わず言い返してしまいたかった。
それほどに露骨なアプローチにも、子供というフィルターが掛かった真琴はただ笑いながら聞き流すだけのようだった。

 西原真琴(にしはら まこと)は、《森の熊さん》のマスコット的存在だ。
大学2年生という歳で、パッと見も全く女には見えないのに、全体的に柔らかな雰囲気と、何時も浮かべている笑顔、そして
目じりのホクロが妙に色っぽいと評判で、店の人間にも、客にもかなりの人気があった。
 古河としては、バイトに入った時から自分を慕ってくれる真琴を弟のように思っていたし、今は他の理由からも真琴の周囲に
は気を付けているつもりだった。
先日も、新しく入ったバイトの男が真琴にアタックするということがあったのだが(例のごとく、真琴は全く気付いていなかったよう
だが)、何とか、早めに手を打って、今ではそのバイトも他の先輩達と同じ様に真琴の未公認ファンクラブの一員になって、同
僚という地位に満足(?)しているようだ。

 やっとその問題が解決したというのに、今度は少し手強い子供相手。
相手は客だし、どこまで本気なのかも分からないので手のうちようがない。
真琴をずっと厨房の方に回すということもあるが、忙しい時はやはり表にも出てもらわなければならないし(配達をさせるのは少
し不安なので)と、古河にとって頭が痛い日々が続いていた。



 「あ!マコ!」
 「あ、いらっしゃい」
 午後九時過ぎ。
真琴はもはや常連といってもいい小学生の3人組を見て笑った。
 「今日は遅かったね」
 「もう直ぐ試験があるからさあ、な、ユウジ」
 「ったく、だらだら説明するくらいなら問題集でも配れって言うの!」
 「仕方ないじゃん、あいつらも目一杯時間使わなきゃ指導されるんだろうし」
 「・・・・・大変だね」
カズシ、ユウジ、マサヒコ。名前の響きだけが分かる小学校6年生のその少年達は、ほぼ毎日といっていいほど店にやってきた。
言葉を変えればそれだけ塾に通ってきているということで、のんびりとした小学校時代を送ってきた真琴にすれば大変だなあと
感心するようなスケジュールだ。
 今時の子供らしく、年上の真琴に対しても敬語など使わないが、それでも真琴はその子供達が憎めなかった。
まだ自分よりもいくらか身長は低いし、話している会話は大人顔負けの辛辣なものもあるが、時折出てくる子供らしい素の
表情が可愛いのだ。
彼らを見ていると弟の真哉の事を思い出してしまい、真琴の笑顔もますます深いものになっていた。
 「マコ、さっき高校生に絡まれてただろ?」
 「え?ううん、そんなこと無いよ」
 ただしきりに遊びに行こうと誘われはしたが、それでも時間が無いと断わると素直に引き下がってくれた。
体格は自分よりも遥かに立派だが、その言動はまだまだ子供のようだ(彼らも真琴には言われたくないかもしれないが)。
 「・・・・・駄目だ、マサヒコ、マコは危ない」
 「うん。絶対、自分から誘拐されるタイプだ」
 「よく今まで無事だったよなあ」
 「何?何のこと?」
 「マコ、今時狙われるのは女だけじゃないんだぜ?俺達みたいなピチピチの子供を狙うショタコンもいるし、マコみたいなのを狙
う変態だってたくさんいるんだから」



 人数が増えたからと、進学塾が新しく建てた分校に通うことが決まった時、3人はそれだけ通学時間が長くなることにうんざり
とした。
確かに自分達が習っているいい先生も一緒に移るのだが、これでは少しの遊ぶ時間もなくなってしまうと。
 しかし、小腹が空いて入ったピザ屋で、
 「いらっしゃいませ!」
にこっと可愛らしい笑顔を向けられた3人は、ほとんど同時に顔を赤くしてしまった。

 その店員の名前は直ぐに分かった。
同じ塾の高校生達が、可愛いと噂していたのを耳にしたからだ。
真琴を可愛いと思っているのが自分達だけではないと知った3人は、それから真琴に顔を覚えてもらう為に毎日のように店に
通った。
ゲームソフトを買うと思ったら安いものだ。
真琴には弟がいるらしく、自分達を見ていると思い出すといって比較的早く名前を覚えてもらうことに成功したが、自分達が
望むのは真琴の弟の立場ではないのだ。
 高校生達が真琴をデートに誘う現場を見ているとヤキモキしたが、鈍い真琴はそれがデートの誘いだとは全く気付かないよ
うで、それにも3人は安心した。
この分ならば、自分達が真琴の身長を追い抜かすまで、真琴は誰のものにもならないのではないかと思った。
今時の子供は、歳の差とか、男同士だからとか、そんな事は全く歯止めにもならないのだ。



 「うわっ、もう11時過ぎたじゃん!神田の奴っ、自分が20分も遅刻したくせに、授業時間も20分延長しやがって!」
 イライラしたようにエレベーターのボタンを何度も押したカズシは、ポケットに入れた携帯の時刻を見て舌打ちをした。
今日は金曜日。
真琴はほとんど土日は休みを入れているので、今日会えなかったら来週の月曜日まで顔が見れない。

 「今日も頑張ったね」

そう言って、カラアゲとかナゲットとか、こっそりオマケしてくれる優しい真琴の顔が三日も見れないのだ。
 「おいっ、急げ!」
その気持ちはユウジとマサヒコも同様で、3人は慌てたようにやっと開いたエレベーターから駆け出し、そのまま通い慣れた店に
向かった。
しかし・・・・・やっぱりというか、店のシャッターは閉まっていて、灯りもおちてしまっている。
 「くっそーっ」
 思わず舌打ちをしたカズシに、マサヒコが不意に言った。
 「なあ、裏口に行ったら帰るとこに会うんじゃないかな?」
 「・・・・・あ、そっか」
 「店が閉まってまだ15分だもんな!」
急に、3人の声が弾んだ。
店の赤い制服も可愛いが、もしかしたら真琴の私服姿も見れるかもしれない。
いや、それだけではなく、子供達だけで帰るのは危ないとか言いながら、一緒に駅まで歩いていってくれるかも・・・・・。
 「よし!」
3人はいっせいに店の裏口へと走っていった。



 「!」
 裏口に回った3人は足を止めた。
 「あれ」
 「・・・・・」
 「誰だ?」
店の裏口の反対側の道路に、3人が見てもすぐ分かってしまうほどの高級車が停まっていた。
その後ろのドアの前に立っていたのは、とても背が高い男。
眼鏡を掛けたその顔はとても整っていて・・・・・しかし、表情がほとんど無くて、その雰囲気に圧倒された3人はその場から足
が動かなかった。
 「海藤さん!」
 その時、裏口が開いたかと思うと、3人が大好きな真琴が出てきた。
しかし、真琴は自分達に気付くことなく、車の前に立っている男のもとへと駆け寄っていく。
 「・・・・・」
自分達が見たことも無い、綺麗な真琴の笑顔。
それだけで、3人は男が真琴にとってどういう存在か分かった様な気がした。
2人が何を話しているかは聞き取れなかったが、男も先程までの無表情さが嘘のように穏やかな顔をして笑っている。
そして、男は先ず真琴を後部座席に乗せると、一瞬だけ・・・・・自分達を見たような気がした。
しかし、直ぐにその視線は逸らされて、やがて車は立ち去っていく。
3人はただ呆然とその車の姿を見送るしか出来なかった。





 しばらくして、ユウジが言った。
 「あれ・・・・・マコの恋人かな」
 「男だったぞ」
 「俺達だって男じゃん」
悔しいが、今の自分達があの男に勝てるとはとても思えなかった。
高そうな運転手付きの車を持ち、背が高く、カッコいい・・・・・大人の男。誰が見たって真琴に相応しいのは自分達のような
子供ではなくあの男だ。

 それでも、直ぐに諦めてしまえるほど、自分達の気持ちは軽いものではない。
子供だって・・・・・いや、子供なりに、真剣な想いはあるのだ。
 「・・・・・なあ、俺達がマコとつり合うって言ったら・・・・・あとどのくらいかな」
 「せめて高校は卒業しないと」
 「じゃあ、6年・・・・・後、6年、あいつにマコを預けとこうぜ」
 「預けとく?」
カズシがうんと力強く頷いた。
 「今の俺達が子供なのは仕方ないけど、だったら、大人になったらマコを取っちゃえばいいんだよ。その時、あの男はもっとおっ
さんになってるし、マコだって若い方がきっといいって!」
 「・・・・・そっか。それに、俺達3人なんだし」
 「そうだよな?」
 自分達が言っていることがおかしいとは分かっているが、3人はそのアイデアがとてもいいもののように思えた。
今は真琴を抱きしめるほどに立派な体格はしていないが、反対に真琴に抱きしめられるという方法はあるはずだ。
優しい真琴はこちらが手を伸ばせば、きっと笑いながら抱きしめてくれるだろう。
 「よーし!子供だから出来ること、今のうちにいっぱいやっておこうぜ!」
 「おー!!」
 まだまだ熊さん候補にもなれない幼い少年達は、影で魔王と呼ばれている男をおっさん呼ばわりして、明日から真琴をどう
攻略していくかを真剣に考えていた。




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