倉橋さんの秘密の手帳







 皆さん、お仕事、御学業、そして家庭をお持ちの方もご苦労様です。
私は、大東組系開成会、幹部を仰せつかっております、倉橋克己と申します。
今回は私のような者の為に時間を割いて頂き、恐縮すると同時にとても嬉しく思います。
本来はスケジュール管理をする為に書き始めたものですが、何時しか日記代わりのようになってしま
いました。
真琴さんには分厚い手帳ですねと言われましたし、綾辻さんにいたっては見せろと毎回煩く言ってき
ます。
しかし、彼のことも書いているこの手帳を、彼本人に見せることはとても出来ません。
 普通、日記を人に見せることなんてありませんよね?
・・・・・
皆さんの常識あるお答えに感謝します。
 では、皆さんには少しだけ、手帳の中身をお見せしましょう。
何分私見が入っていますし、大学時代のことも少し書いています。
その時々に応じて私の見方も変わっていますので、今の人物像とはまた違った感じに書いているかも
しれませんが、そこはご了承して頂けたらと思っています。
それでは、乱筆ですが、どうぞご覧下さい。







 最高学府といいながらも、私にとっては退屈なだけだ。
毎日学校には行っているが、だんだんこの時間が勿体無いような気さえしてくる。



 キャンパスで噂の男を見た。
噂では学年主席で、容姿も飛び抜けているという。
今日、擦れ違ったが、確かに印象的な目をしていた。
彼だけは生ぬるいこの世界で、どこか異質なものを持っている。



 海藤貴士は不思議な男だ。
容姿も頭脳もずば抜けて、神は彼に二物も三物も与えている。
ただ、難を言えば、人当たりが悪い。
自分から喧嘩を売ることはないが、人を上から見る目線は十分不遜で。
だからこそ、敵の方が多いようだが、今まで彼がやられたという話は聞いたことがない。
 性格は冷静沈着。しかし、彼はとても情に厚い人間だと私は思う。彼の家の事情を知った時、それ
は確信になった。
優しい彼は、泣かす人間を作らない為に、わざと人を寄せ付けないのだろう。



 前言撤回。
今日、彼が女性を振っている所を見てしまった。
あんなに冷酷な目をするなんて・・・・・優しいとはとても思えない。
チラッと、目が合う。
ニヤリと唇の端をあげられた。

 後で、彼が大学内のかなりの女性を喰ったと聞く。



 両親の望む大学に入り、望む職に就いた。
したいこともなかったが、案外正義の主である検事もつまらない。
生きているのが無駄な気がする。
息をするだけで死にたくなる。



 街で偶然再会した海藤に、自分の片腕になってくれないかと誘われた。
生きる意味を与えてくれると言う。
私より2歳も年少なのに、彼の精神は既に老成している。
 でも、面白いかもしれない。
検事からヤクザへ。
親に言うと、泣いて反対される。
しかし、今頃泣かれても、私の心の渇きは少しも満たされない。
・・・・・
 どうやら、勘当らしい。
血の繋がりさえもこれで切れてくれればいいのに。
それでも、携帯を変えなかったのは・・・・・私の未練だろうか。



 綾辻勇蔵という男を紹介される。
本当にヤクザなのかと思うほど軽い性格。
海藤と容姿は張るほどに整っているが、海藤が持っているような厳しさもなく、髪型も服装も、とて
も私の許せる類のものではない。
 会った数時間後には、「克己」と呼び捨てにされた。
面白くはなかったが、反論すれば余計に彼と話さなければならない。
嫌だ。



 綾辻が優秀だということは直ぐに分かった。
見掛けと中身のギャップが激しい。
外で両腕に女をぶら下げるようにして歩いているのを見かけた。
そのまま3人はホテルに。
仕事をこなす者は性欲も旺盛なのか?自分との違いが更に鮮明になる。
 ただ、海藤は私と同じだ。
生理的な欲求はあって女を抱くことはあるが、その行為に喜びを見出しているわけではない。
自慰よりはましといった程度。



 綾辻が頬を赤く腫らし、数本の引っ掛かれた痕をつけてきた。
女には手を上げない主義と言いながら、上げられるような酷い真似はしたのだろう。
一度に何人もと付き合うのは止めた方がいいと言ったが、博愛主義だからと嘯く。
そして、あろうことか、私が付き合うと言えば、全ての女性と縁を切ると言い出した。
彼の言っている意味はさっぱり分からない。



 また、綾辻が女連れなのを見る。
あんなに忙しいはずなのに、精力的なところに脱帽。



 海藤を社長と呼ぶのにも慣れてきた。

 私よりも1歳年上。
好きな食べ物は漬物。
嫌いな食べ物はキュウリと納豆。
昔はバイクでも相当ヤンチャをしていたらしい。
髪の色は天然。ピアスは中学時代に穴を開ける。
初体験は中一の夏。よく勃起出来たと関心。
・・・・・
 要らない情報ばかり与えられる。綾辻は私が拒絶していることを知っているはずだ、けして鈍感で
はない男だから。
それでも私に構うのは、社長に何か言われたのか?



 綾辻が急に女言葉を使い出した。
見た目とのあまりのギャップに最初は途惑ったが、何時も突拍子もないことをしでかす彼にはいい加
減慣れた。
 しかし、スキンシップが激しくなってきたのには辟易。
男に触れられて嬉しくはないが、格別嫌悪は感じていない。



 社長の女性の趣味はいい。
遊び慣れた玄人が多いし、皆一様に美人だ。
口も堅く、中にはとても似合いだという者もいたが、社長にとっては女性はあくまで性欲処理の相手
らしい。
それでも構わないという女性は多数。



 綾辻がワイシャツに口紅の痕をつけてきた。
仕方なく私の予備のシャツを貸すが、背格好は似たようなものなのに体格が違うので、胸元や肩口が
突っ張ってみっともない。
直ぐに代わりを買いに行かせようとしたが、これでいいと言う。
ニヤけた顔。
まったく、みっともない。
私は彼の母親ではない。



 墨を入れた。
これは社長にもまだ言っていない。
長い休みなど取ると不審がられるので、毎日少しずつ、何時もの仕事が終わった後、そして綾辻が海
外へ行っている間に、彫師のもとに通った。
敏い綾辻がいたら困る。

 開成会は刺青を彫らなければならないという決まりがあるわけではなく、現に会長の海藤の背中は
綺麗なままだ。
しかし、私はあえてした。
それは、私のケジメであり、誓いだ。
私を生き地獄から救い出してくれた社長に対する忠誠と、二度とかたぎの世界には戻らないという誓
い。

 1ヶ月前、母親から見合いの電話を貰った時に決心した。
勘当だと言い、恥だと言い。
その同じ口から、見合いをして普通の人生に戻りなさいと言った。
既に両親に対して何も期待していなかった私も、その母親の傲慢さには開いた口が塞がらない。
先方には私の現在の立場はひた隠しにし、何食わぬ顔で戻って来いと言う。
私がなぜこの世界にとびこんだか、そんな事情など関係ないと言うふうに。

 ただ・・・・・普段は人の目に晒されない白粉彫りにしたのは私の逃げか。

携帯は変えることにした。



 背中の痛みが完全には取れず、少し変な姿勢になっている。
敏い綾辻は気付いたらしく、頻繁に声を掛けてくるが、私は女性ではないので気を遣わないで欲しい
と思う。




 変わった青年に会う。
女のマンションから一番近い宅配に電話したら、やってきたのは思い掛けなく線の細い青年だった。
社長のからかいにも真面目な対応をする。
私もあんな風だったらと、少し羨ましく思った。



 社長が男をレイプした。
その信じられない行為に自分が加担したことが・・・・・信じられない。
泣きながら許しを請う彼に、容赦なくペニスを突き刺す海藤。
こんな彼を見たのは初めてだ。
 海藤がこの青年に初めて会った時から、少し違和感は感じていた。
ほんの気紛れで、女との情事を見せ付けた時の彼の反応がかなり気に入ったらしい。
直ぐにバイト先と彼自身を調べろと言われたからだ。

 ごく、普通の青年。
男にしては線の細い容貌に、目尻のホクロが印象的。
今年大学に入学したばかりの18歳。
家族は男ばかりの4人兄弟。祖父も同居。
私や海藤とは縁がないほどの、平凡で平和な、ごく普通の青年。

 海藤は彼のどこがそんなに気に入ったのだろうか。
今までどんな美青年の誘いも断わってきた彼が、急にゲイになったとは信じがたい。

 ああ、でも、男同士でも本当に最後までセックス出来るんだと納得。
会社の自分の机の中に、女性用の生理用品を持っていた綾辻はさらに謎。

いけない、社長をまた海藤と呼んでしまった。



 罪悪感。

 社長がレイプした青年・・・・・西原真琴はいい子だ。
ヤクザの私達を怖がりはするが嫌悪感は無いよう。
ほとんど強引に社長との同居が始まる。
 社長が誰かと一緒に暮らすなど初めてだし、かなり以前から社長を知っていた綾辻も、今までこん
なことは無かったと言っている。
 喜ぶ変化なのかもしれない。
社長にとって、大切だと・・・・・欲しいと思わせる執着の対象が現れるのはいいことなのかもしれ
ないが、心のどこかで置いて行かれたような寂しさがある。

 私は、心のどこかで、社長と自分を重ねていた。
2人共人を愛することが出来ない、心に欠陥を持っていると・・・・・。
しかし、多分社長はこの青年を愛するだろう。









 ああ、こんなところまで見て頂いて恐縮です。
今回は、真琴さんが社長とお付き合いして下さるところまでをかい摘んでご覧頂きました。

 社長のやった事は褒められることではありませんし、それに加わった私も同罪です。
真琴さんが私達を許して下さったのは奇跡のようなものです。

 この後、社長の日常の中心は真琴さんになったので、私の手帳にも彼のことが頻繁に出てきます。
それに・・・・・綾辻のことも、これで終りではありません。
彼がいったいどういうつもりなのか、私のような平凡な人間には分かりかねますが、私自身が困った
現状にあるのは確かです。
社長と真琴さんを見れば、同性でも恋人になれるんだなということは分かりましたが、それが自分の
身に振りかかってくると・・・・・どうして良いのか分かりかねます。

 とにかく、またご相談に乗って頂くこともあるでしょう。
それまでどうか皆様、お体をご自愛下さい。

よいお年を。



                                         倉橋克己





                                           続?