究極の選択
「究極の選択だ」
就業時間を1時間ほど過ぎ、休憩を兼ねてコーヒーを入れてきた尾嶋は、突然切り出した慧の言葉に面食らったように
立ち止まった。
「突然何です?」
今日は私用があると前々から言っていたいずみは、就業時間を迎えると走るように退社していった。
その顔が楽しそうに綻んでいたのに気付いていた尾嶋は、それが原因かと見当をつけながらイスに座ると、真剣な表情をし
ている自分のボスに先を促した。
「いいか?ここに2つの扉がある。持っている鍵は1つだ」
「どちらかを選べということですね」
「そうだ。1つは・・・・・お前の場合なら、幼稚園児の洸君がいる部屋」
「洸が?どういうことです?」
「まあ、最後まで聞いてくれ。それで、もう1つは今の洸君がいる部屋だ。どちらを選ぶ?」
「どちらって、それは今の洸に決まっているでしょう?私は子供に興味はありませんよ」
眉を顰めながら言うと、慧は懐疑的な視線を向ける。
「本当にそう言えるか?お前は小さい頃の洸君を知らないんだろう?きっと可愛かったと思うがなあ」
「・・・・・」
確かに、商社マンである歳の離れた兄は国内外で転勤が多く、洸が生まれた時は高校生だった尾嶋が両親と共に会い
に行ったが、それ以降は年賀状を見るぐらいしかなかった。
洸が高校受験も気になりだす中学2年になった時、丁度決まった海外旅行を単身赴任するかどうか迷っていた兄を、
夫婦同伴で行くように進めたのは尾嶋だった。海外勤務の経験もあった尾嶋は、海外での妻の必要性を良く知っていたか
らだ。
子供は好きではなかったが、肉親ではあるし、中学生ならば自分のことは自分で出来るだろうと、最小限の世話しかし
ないつもりだった尾嶋は、初めてマンションに訪れた洸を見て運命というものを初めて信じた。
『和彦叔父さん?洸です、これからお世話になります』
それまで大人の美人(もちろん男)にしか興味がなかった尾嶋を、180度趣旨変更させた洸は、可愛らしく、賢く、そして
遠慮深い子供だった。
今まで気ままな1人暮らしをしていた叔父に迷惑を掛けないように、当初洸はまるで息を潜めるように生活を送っていた。
そのいじらしさに、自分でも呆れるほどあっけなくオチてしまった。甥であるということと年齢など、尾嶋にとってはなんの妨げ
にもならなかった。
ただ、高校を卒業するまでは手を出さないと決めていたが、日々愛おしさが増していく中で、理性を保つのも苦労するよう
になってきたが・・・・・。
(洸の幼稚園児の時か・・・・・可愛かっただろうな)
写真では見たが、実際にあの赤く柔らかい頬を突いてみたら、どんな感触がするだろうかと想像してしまう。
「どうだ?」
考え込む尾嶋を見て、慧は訊ねる。
その時になって、尾嶋はやっと慧がいることを思い出した。
「いったい、どうして急にそんなことを考えたんです?」
尾嶋は妄想に耽っていたことを誤魔化すように反対に訊ねると、慧は会議中に見せるような真剣な表情で言った。
「今日、いずみが早く退社したのは、高校の同窓会があるらしいんだ」
「同窓会?ああ、それで」
いずみがあんなに楽しそうな顔をしていたのは友人達に会えるからかと納得する。
「で、私は思ったわけだ。今のいずみも可愛いが、高校生の頃もきっと可愛かったんだろうなって」
「はあ」
「じいさんはその頃のいずみに会っているが、私は知らないだろう?」
「それは、仕方がないことでしょう?」
「だとしてもだ、もし今高校生のいずみが目の前に現われたら、私はどうするかと思ってな」
「・・・・・」
「今も十分可愛いし素直だが、高校生の頃はもっと可愛かったと思うんだ。この2人に同時に迫られたら、一体どっちを
選ぶのかと思って・・・・・」
「・・・・・それで、洸に置き換えて私に質問なさったんですか」
「そう。お前はどっちだ?」
「・・・・・」
(馬鹿らしい)
これが今まで一度に何人もの女を手玉に取ってきた男の言うことなのだろうか?
ありえない想像でこれ程悩めるのは一種の天才か、危ないプレイの愛好者だ。
「私はもしもなどとは考えませんから。今現実に私の目の前にいる人間を選びます」
「いや、それは分かるんだが・・・・・」
「ほら、休憩は終了です。早く手を動かさないと日付が変わってしまいますよ」
「・・・・・」
「あなたが終わらないと私も帰宅できないんです。早く可愛い洸の顔を見るためにも、早く働いてください」
「いいなあ、尾嶋は一緒に暮していて。私もいずみと暮せれば・・・・・」
「専務」
「はいはい」
慧を追い立ててペンを握らせると、尾嶋はカップを片付けて席に着く。
「・・・・・」
(確か、中学生の時の制服はしまってあったな・・・・・)
幼稚園児の洸を見ることは叶わなくても、少し前の洸になら今でも会える。
出会った時の衝撃を反芻しながら、尾嶋は頭の中で新たな選択を始めた。
(詰襟とブレザー・・・・・洸はどちらが似合うだろうか・・・・・)
end
この2人は2人でいる時、絶対こんなくだらない会話をしていると思います。
高校生のいずみはまあいいとして、幼稚園は・・・・・血迷うな尾嶋さん!