マコママ編
その日、海藤はぽっかりと空いてしまった昼間の時間を利用してマンションに戻った。
ずっと子育てで忙しい真琴を少しでも休ませてやりたいと思ったからだ。
「真琴?」
もしかして貴央が眠っていてはいけないと、静かにドアを開けた海藤はそこに並ぶ二種類の靴を見て笑みを漏らした。
男にしては小さめのスニーカーと、片手で乗るほどに小さな靴。
何だか幸せの形をそこに見た気がした海藤は、ゆっくりと部屋の中に入っていく。
「真琴・・・・・」
「あ〜」
「なんだ、お前は起きてたのか、貴央」
昼過ぎの暖かいリビングで、ソファではなくラグの上に直接コロンと横になっている真琴と、その真琴の腹に半分圧し掛
かっているようにしていた貴央。
海藤の気配に貴央は直ぐに顔を上げたが、真琴はそのままの姿勢でいる。どうやら眠っているようだと思った海藤は、手
を伸ばして貴央を抱き上げた。
開成会というヤクザの組を率いる海藤と、普通の大学生の西原真琴。
紆余曲折あったが恋人同士となった2人の間には、新しい命が宿った。
男同士の恋人ならば今まではありえないことだろうが、最近は同性間でも子供が出来るという不思議な現象があるよう
だった。
妊娠して出産して・・・・・真琴にとってはもちろん、海藤にとっても初めてずくしの経験ばかりだったが、それでも幸せだと
思う。
どんな苦労も何も苦にならない。家族というのはこんなに大切で大きかったのかと、海藤は改めて感じさせられていた。
「あ〜」
「真琴は眠ってるな」
「ま〜」
「・・・・・真琴って言ってるのか?」
ママのマか、ご飯(マンマ)のマか、それとも真琴のマか。それは貴央にしか分からない。
ただ、海藤が真琴の事を何時も名前で呼んでいるので、それを貴央が覚えたという可能性は十分あった。
「静かに」
「?」
「すこし、寝かせてやろうか」
横たわる真琴の傍に腰を下ろした海藤は、片手で貴央を抱き、もう片方の手でそっと真琴の額に掛かる髪をかきあげ
てやった。
最近はかなり余裕を持って貴央と接することが出来るようになった真琴だが、それでも疲れはかなり溜まっているだろう。
自分には努めて見せないようにしているが、毎日顔を見ている海藤に分からないはずがない。
気を遣ってやると、又さらに真琴は気を遣ってしまうらしいので、海藤は出来るだけ真琴のしたいように自由にさせていた。
「あうあ、あー」
「こら、大人しくしろ」
「あ〜」
男の子はこんなものなのか、貴央は海藤の肩によじ登ろうと足をバタつかせて奇声を上げる。
海藤は真琴が起きないかと思ったが、真琴はそのまま身体を反対に動かして・・・・・眠ったままだ。
「貴央、寝かせてやってくれ」
「あ〜」
「頼む」
全く何も分かっていないだろう貴央に真剣にそう話すのは、傍目からすれば笑える話かもしれない。
だが、海藤はきっと貴央はそれらの事情も分かっているのではないのかと思っていた。
「お前、真琴が好きだろう?」
「ま〜ま」
「俺も、好きなんだ」
「・・・・・」
「寝かせてやろう、な?」
その言葉が分かったのかどうか・・・・・貴央は海藤の肩をパシパシと叩きながらも大きな声を出そうとしない。
こんなに幼い頃から真琴への愛情は立派に育っているのかと思わず笑った海藤は、そのまま貴央を抱き上げてベランダに
出た。
もう夏とも言える時期で日差しは熱いものの、今は風がかなりあるので涼しい気がする。
「いい天気だ。・・・・・外に遊びに行くか?」
「ま〜ま、ま〜」
「そうか、真琴がまだ眠っていたな」
(3人一緒じゃないとつまらないか)
振り返り、優しい目で真琴を見つめていると、かなり眠りが浅くなってきたのか、真琴の寝返りが頻繁なものになってい
く。
(もう直ぐ目が覚めるか・・・・・)
ゆっくりさせてやりたいと思う反面、その目が早く自分を見て欲しいと思う。
いや、もしかしたら真琴の視線は自分よりも先に貴央の姿を捜すかもしれない・・・・・そう思うと多少妬かないではいられ
なかったが、貴央ならば仕方がないとも思えるのは、自分もかなり親となってきたのだろうか。
「ん・・・・・」
ゆっくりと、真琴の目が開いていく。
「・・・・・」
ぼんやりとした眼差しがやがてはっきりとしたものになり、起き上がった真琴は辺りを見回して・・・・・やがて、ベランダに立
つ海藤の姿を捉えた。
「・・・・・っ」
驚いたように見開かれた目が、やがて嬉しそうに綻んでいく。
微かに開いた唇がどちらの名前を先に言うのか、海藤は楽しみに思いながら見つめていた。
end