その一





アルティウス&有希の場合







 大国エクテシアの王アルティウスは男らしく整った容貌に厳しい表情を浮かべて、数人の衛兵を従えたまま王宮内を大股で歩
いていた。
感情の起伏が激しいアルティウスが機嫌を損なうことは今までもよくあり、だからこそ【赤の狂王】という異名までもあるほどなの
だが、それも最愛の妃、この世界では《強星》と謳われる存在を手にして以降、その荒れ狂う感情も随分と落ち着いてきた。
 しかし、その一方で、妃・・・・・ユキのことに関してはどんな些細なことでも気に掛かり、ユキが誰かに微笑みかけるだけで嫉妬
で胸が焦げる思いがする。
そんな己を見せまいと出来る限り制御しようとするのだが、それはほとんど上手くいくことは無かった。




 「王、ユキ様のご様子が優れない御様子。以前から体調が思わしくなられないようでしたが、ここ数日は特にそれが激しくなら
れ、ただいま医師に見て頂いております」

 ユキの後見人の地位にある占術師ディーガの言葉に、アルティウスは即座に公務を放り出してユキの傍に急いでいた。
(私はなぜ気付かなかった・・・・・っ!)
近くに迫った大祭のことで何時も以上に忙しかったアルティウスは、最近ユキと顔を合わせることも少なかった。
もちろん、1日に一度はその顔を見、夜眠る時はこの腕に抱いていたが、そう言えば最近身体を合わせることを様々な理由を出
して拒んでいたように思う。
 自分とは違い、華奢で儚げな有希の身体を思い、出来るだけ我慢はするものの、どうしても感情が高まった時は組み敷いてし
まったが、その時もユキは辛そうだった。

 どうしてもっと早く自分に言ってくれなかったのだろうと思うが、見掛けの弱さとは違い、我慢強く頑固な有希はギリギリまで耐え
ていたのだろう。
それならば、常に傍にいたウンパやディーガが進言して来たら良かったのだ。
 「あ奴らっ、ユキにもしものことがあれば厳罰を与えてやる!」
 ユキが気に入っている2人をそうすることなど出来ないとは分かっているものの、アルティウスは苛立つ感情を抑えるためにそう
言わずにはいられなかった。




 「ユキ!」
 自室でもある部屋に入るなりユキの名を呼びながら、アルティウスは夫婦の寝室へと向かった。
 「・・・・・アルティウス」
寝台に、上半身を起こしたユキの姿を目にし、アルティウスは駆け寄る。
白い肌はますます青白くなっていて、少し痩せた気もした。どうして、この変化に気付かなかったのかと後悔しても遅く、アルティウ
スは傍に控えていたディーガと医師にきつい眼差しを向けた。
 「お前達っ、なぜもっと早くユキの変調に気付かなかった!答え次第ではその首が飛ぶ覚悟をしろ!」
 数日に一度来訪するディーガと、滅多に姿を現さない医師。
対して、毎日傍にいた己。どちらに非があるのか明白だったが、アルティウスの怒りは収まらなかった。
 すると、
 「王よ」
ディーガはその身を貫くほどの激しい眼差しを受けながらも少しも慌てることなく、いや、むしろその目元を僅かに綻ばせて頭を下
げてきた。
 「祝いを申し上げます」
 「何っ?」
 「ユキ様は御懐妊されておられます」
 「か・・・・・?」
 「御懐妊でございます」
 「・・・・・懐妊、だと?」
 重ねて言われ、アルティウスは茫然としたまま抱きしめているユキを見つめた。
 「ユ、キ、そなた・・・・・」
先程までは青白く感じたユキの顔に、赤みが差したのが分かる。
 「・・・・・まことか?」
 欲しくて欲しくて、強引に手に入れた存在だ。ただこの身が我が手の中にあればいいと思っていた。
その身体の隅々まで知っている唯一の男として、アルティウスはどんなに可憐な容貌をしているとしてもユキが己と同じ性を持つ
者だと知っていたので、望んでも子など生まれるはずもないと思っていたのだ。
(ユキが・・・・・私の子を?)
 「こ、このような大事、私が嘘をつくなど恐れ多いことでございますっ。しかし、ユキ様の腹の中には、確かに新しい生命が宿って
おられるのです!これこそ、《強星》であられる方の神秘なお身体かと!」
 医師が興奮したように言っているのが聞こえるが、アルティウスの目にはユキの顔しか、耳にはユキの声しか聞こえない。
それに気付いているのか、ユキが少し恥ずかしげに目を伏せながら言った。
 「アルティウス・・・・・喜んでくれますか?」
 「ユキ・・・・・」
 「お、男のなのに赤ちゃんが出来るなんて、僕も信じられないけど・・・・・でも、お医者様やディーガがそう言うし、僕も」
ユキの手が、腹に当てられた。
 「最近、身体に違和感を感じて、病気かなって凄く心配だったけど、アルティウスの赤ちゃんが出来たって聞いて、びっくりしたよ
りも嬉しくて」
 「・・・・・」
 「アルティウス、僕・・・・・あっ」
無意識のうちに、アルティウスは有希の身体を抱きしめていた。




 信じられないという思いはユキと同じだったが、それ以上に湧きあがったのは歓喜だった。
望んでも叶うはずもないと思っていたユキとの子が出来たのだ。
 「ディーガッ、直ぐにユキのための医師団を結成せよ!我が国の中でも優秀な者を集めるのだぞ!」
 「ア、アルティウス?」
 「いや、医師だけではないな。今から乳母も決めておかなくてはならんっ。大切な私とユキの子だ、万が一のことなど絶対にあっ
てはならぬからな」

 既に皇太子はエディエスと定められている。
ユキに子が出来ることなど考えていなかったし、なにより同士とも言える妾妃のジャピオのためにもそうすると約束した。
 だが、今後生まれてくる子供が男子ならば、新たな王位継承を巡っての争いが勃発する可能性もある。《強星》で、アルティウ
スのかつてない寵愛を受けているユキの子供に即位させようという輩も出てくるだろう。
 しかし、アルティウスは愛しいユキの子供を醜い争いの渦中に巻き込むつもりは無かったし、皇太子として既に学び始めている
エディエスの意欲を削ぐつもりは無かった。
傍目からは分からないかもしれないが、我が子達にはアルティウスなりの思いを寄せているのだ。
 ただし、ユキの子となればまた別格になってしまうだろうが。

 「食事などは今のままで良いのか?それとももっと栄養のある物を用意させた方がいいのか」
 今まで懐妊した妾妃達にはそんな心配などしたこともなかったくせに、アルティウスは今からユキと腹の子のことが心配で仕方
が無い。
 「王」
 「アルティウス、あの」
 「部屋も作らねばならぬな。おい、医師、王子か王女かはまだ分からぬのか?」
 「は、はい、まだ御懐妊初期ですし、私には・・・・・」
 王子と言って王女に、またその反対になってしまっても、虚言を口にしたと厳しい処罰があるかもしれないので医師もはっきりと
したことが言えなかった。
アルティウスは眉を顰め、役に立たないと唸る。
 「では、そのどちらでも良いように、王子と王女、それぞれの部屋を用意させよう!」
 「王よ、少し落ち着かれてはいかがか」
 ディーガの笑いを含んだ声に、アルティウスは何だと鋭い視線を向けた。ユキの懐妊を知って落ち着いてなどいられない。
そして・・・・・。
(ああ、肝心なことがあったな)
 「懐妊中も、ユキを抱いても構わぬのか?腹の子に障るということはあるのか?」
本来なら、三日と開けずにユキを抱いていたいアルティウスだが、一応医師の意見も聞こうと訊ねる。
 「な、何てこと聞くんですかっ」
 ユキは恥ずかしがって怒ったふうを装っているが、これは夫婦にとっては大切なことだし、何よりユキも抱かれることを喜んでいる
のは知っている。
 「お、恐れながら、安定期になるまでは辛抱していただく方が・・・・・」
 「なにっ」
 「は、腹の、御子様のためにございます!」
 さすがに医師らしく、そこは叱責されても曲げないのは認めてやろうと思った。
本当は、ユキの身体を自分以外の男に触れさせたくはなかったが、この医師が歴代の王家専属の者の中でも優秀なのは聞い
ているし、本来ならば気付かなかったかもしれない懐妊に気付いたので傍にいることは許してやらなければならないだろう。
(後は、女医がおればな)
 「ユキ」
 「ア、アルティウス」
アルティウスはユキを抱きしめた。加減がしたかったが、どうしても腕にこもる強さは消せない。
 「これから忙しくなるな。お前はゆっくりと静養し、無事に子を産むために過ごせばよい」
 「まだ、大丈夫ですよ?時々気分は悪くなるけど、それ以外は・・・・・」
 「何を言う!お前一人の身体ではないのだっ。今後は私が常に傍について安心させてやる。何も心配することは無いぞ!」




 最愛の者の懐妊は、アルティウスを一瞬で親馬鹿にさせた。いや、と、いうよりはユキへの愛情をさらに増幅させたと言った方が
いいか。
 それでも、ずっとユキの傍にいると誓った自身の言葉は、最愛のユキ本人と側近達の哀願によって取り消されてしまい、しばらく
政務の間、アルティウスが真っ黒なオーラを背負うことになった。





                                                              to be continued ?















その二





シエン&蒼の場合








 「今日も?」
 「はい。どこかお身体でも悪いのかもしれません」
 最近、ソウの元気が無い。
それはバリハン王国皇太子であり、ソウの伴侶でもあるシエンも気付いていた。
毎日、こちらが心配するほどに動き回り、それに見合うほどに良く食べて・・・・・周りに明るい笑顔を振りまいていたソウだが、最近
は遅くまで眠っていることが多いし、疲れたと言って早々に休む日々が続いた。
 医師に診てもらうことを提案しても、

 「だいじょーぶ!ただつかれただけだから!」

そう言って笑い、さらに勧めると、

 「ちゅーしゃ、やだし!」

と、顔を顰めてしまって、シエンもそれ以上言えなかった。確かに調子は良いようには見えないが、かといって深刻に考えてしまえ
ばソウが困る顔をするので、シエンは気にしながらもそのままにしていたのだが。
 「やはり、医師に診せた方がいいな」
 「はい」
 既にカヤンは医師を呼び出していたらしく、早々に診てもらいますと言ってその場を辞した。
本当はシエンも同行したかったが、この後、他国の使者と会わなければならず、それはこちらの都合で勝手に変更することは出来
なかった。
 「しかたない・・・・・終わって直ぐに向かうしかないか」
気になって仕方が無いが、シエンはそう意識を切り替えて自らも立ちあがった。




 接見が終わり、その足でソウと同室の自室に向かったシエンだったが・・・・・。
 「まだ終わらぬのか?」
寝室は布で目隠しをされ、その外にカヤンが立っていた。
 「はい。こちらが呼びだした者が、もう1人の医師を呼び出しまして」
 「・・・・・」
(1人で診ることが出来ないほどの大病なのか?)

 中に入って確かめたくても、医師の許可を貰うまではお待ち下さいと言われ、シエンは眉を顰めながらもその場に立ったまま布
が開くのを待ち、そのじれったさに組んだ腕に指の跡がつきそうになった時、
 「ええぇぇぇー!?」
 「・・・・・っ?」
ソウの驚いた大きな声にシエンが慌てて布を押し開いて中に入れば、寝台の上に座り込んで目を丸くしながら医師を見ているソ
ウの姿があった。
 「ソウッ!」
 「・・・・・シエン」
 名前を呼びながら抱き締めれば、ソウはおずおずと視線を向けてくる。それは普段の彼からは信じれらないほどに頼りない仕草
で、シエンは一体何があったのだと焦った。
 「ソウの容体は?なぜ私に教えなかったっ?」
 どんな重病でも、どんな軽い病だったとしても、まず夫であるシエンに状況を説明するのが本当だろうと思った。
ソウがどんなに心細い思いをしたのか、シエンは柔らかな頬に手を当て、出来る限り優しくソウに言い聞かせる。
 「どんな病でも、私が共にいて治します。絶対に、大丈夫ですから、どうか・・・・・」
 「・・・・・出来たって」
 「え?出来た、とは?」
 「・・・・・あかちゃん」
 「・・・・・は?」
 多分、自分の顔は、想像もしていなかった言葉に奇妙な表情になっていたはずだ。
すると、ようやくソウはシエンの顔を真っ直ぐに見てきた。その顔は興奮で真っ赤になっていたが、眼差しには含み切れないほどの
喜びが込められている。
 「シエンの赤ちゃんだって!ウソみたいだ!」




 ソウと、自分の子供。
それは望んでも、出来るはずが無いとシエンは分かっていた。いくらソウを愛していても、肉体的に結ばれても、男であるソウの身
体に自らの子を宿らせることは出来ない。
 寂しいと思うものの、シエンが欲しかったのはソウ自身で、王位の問題も弟王子の子に譲ると決めていたので、納得してソウと
の生活を楽しんでいた。
(ソウに・・・・・私の子が?)
 なぜ、懐妊出来たのか。
無事に産むことが出来るのか。
様々な謎や不安が一気に沸き起こったのもつかの間、それを凌駕する勢いでシエンの心を支配したのは喜びだった。
 「それは、本当ですか?」
 「びっくりだろ?でも、ホントだって、ねっ?」
 ソウが傍の医師に訊ねれば、医師はしっかりと頷き返した。
 「まこと、おめでとうございます、王子!私もこういった経験は初めてですが、何はともあれめでたいこと。王子とソウ様の血を引く
御子が誕生になれば、我がバリハンの繁栄は約束されたも同然でしょう!」
医師の声の中にも興奮が分かる。
シエンはその言葉に、もう一度手の中のソウを見つめた。
 「・・・・・最近、身体の調子が悪いようでしたが、それも・・・・・このせいで?」
 「うん。胸がムカムカで、ごはん食べれなかった」
 「それが、懐妊の兆候だったとは・・・・・」
 もしもソウが女性だったら、もっと早くその可能性に辿りついたかもしれないが、絶対に違うだろうと思い込んでいたせいか、今ま
で引きずってしまった。
ここまで本当に何事もなかったことを神に感謝したい。
 「シエン、うれし?」
 「当たり前でしょう。何より愛するあなたとの子です。望むことも出来ないと思っていただけに、本当に・・・・・っ」
言葉に詰まったシエンは、そのままソウの肩に顔を埋める。
 「ありがとうございます・・・・・ソウ」




 ソウの懐妊の知らせは直ぐに王宮内に広まり、早速父王ガルダと母アンティが祝福に訪れた。
 「ソウ!おめでとう!!」
 「おーさまっ」
体調不良の原因が分かったせいか、ソウの身体の調子はかなり回復したようだ。いや、アンティが持ってきた果物を早速食べ始
めた所を見ても、食欲も回復したと言っていいかもしれない。
 「ガルダ様、あまりソウを抱きしめているとシエンに叱られてしまいますわ」
 可愛がっているソウの懐妊に喜んでいるガルダに諌めるように言ったアンティは、そのままソウへ眼差しを向けた。
 「おめでとう、ソウ。わたくしもとても嬉しいわ」
 「あ、ありがと、アンティ様」
 「これからは心安らかに、少しは大人しくしなければね」
 「え・・・・・っとお」
懐妊した嬉しさはあってもその後のことをあまり考えていなかったらしいソウが、母の言葉に困ったような眼差しをシエンに向けてき
た。これまでは無条件にソウの味方をしていたシエンだが、ここは母の意見を尊重する。
 「そうですね、母上の言われる通り、ソウには安定するまで大人しくしていてもらいましょう」
 「シ、シエンッ」
 「大切な身体なのですから、ね」
 男性体の懐妊という話はシエンも初めてで、今後どういった変化がソウの身体に表れるか分からない。
ソウが己の子を宿してくれたことは本当に嬉しいが、そのせいでソウ自身に何か危険なことがあってはならないし、もちろん御子が
無事に生まれるためにも、シエンはこれから様々な医学の勉強をしなければならないと思っていた。
 「いいですね、ソウ」
 「・・・・・」
 「ソウ、私と、あなたの腹にいる御子のために、どうか聞き分けて下さい」
 「・・・・・分かった」
 渋々頷いてくれたが、多分部屋の中にじっといる方がソウにとっては辛いだろうということも分かっている。
その辺の折り合いも付けなければなと思いながら、シエンはソウの腹に手を置いてみた。
 「・・・・・」
 「シエン?」
 「・・・・・」
(ここに、本当にいるんだろうか・・・・・我が子が)
 まだ見た目は全く分からないが、2人もの医師が確信を持ってそう言うのだ、間違いではないはずだ。
嬉しくて嬉しくて・・・・・泣きそうな気分だが、父や母がいるこの場では我慢しておこう。後で改めてソウを抱きしめ、2人で喜びを
噛みしめ合おう。
 「王子・・・・・おめでとうございますっ」
 涙で潤む声で祝福の言葉を告げてくれるカヤンに笑みを返し、シエンは表情を改めた。
 「これから忙しくなる。カヤン、私の目が行き届かない間、くれぐれもソウを頼む」
 「はい」
 「・・・・・我が子も」
 「はいっ」
ソウが無事に出産するとしても、この手に我が子を抱くのはもう少し先になる。それまでに自身は父として、ソウは母としての心構
えをしっかりと持たなければならない。
(それでも、ソウはあまり変わらないだろうがな)
それこそがソウらしいと思いながら、それでも少しは大人しくしていて欲しいとシエンは願っていた。





                                                              to be continued ?