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 「今年は結構散っちゃったな」
 貴央(たかお)は公園の桜の木を見上げて思わず呟いた。
今年は例年以上に気温が高かったせいで桜の開花が早く、4月に入った今では既に散り始めているところが多い。入学式は桜
を見上げながらという記憶があるせいか、なんとなく寂しく思った。
 いや、それはこれからの自分の環境もあるかもしれない。今年、大学に入学した貴央は一人暮らしをすることになったのだ。
父も通った大学。都内に住んでいるので自宅からの通学は十分可能だったし、母も言葉には出さないがそうして欲しいという気
持ちがあるのは伝わっていた。
 しかし、貴央は社会に出る前準備として一人暮らしをすることを選び、父にも相談して許可を貰った。授業料と家賃は出して
もらうことになったが、生活費はバイトをして稼ぐつもりだ。
 「・・・・・空港に迎えに行った方が良かったかな」
 今日、半年ぶりに幼馴染みに再会する。
小さくて、ふわふわした、可愛い幼馴染み。本人は男としてのプライドがあるせいか、可愛いと言うと不機嫌そうにしていたが、そ
れでも色素の薄い人形のように可愛い容姿は、そう形容するのが一番相応しいと思っていた。
 その幼馴染み、優希(ゆうき)は、二年前から急に身長も伸びたが優しい面影は変わらず、貴央の前では甘えん坊の彼は、守
るべき存在のままだった。
そんな優希がアメリカに留学をすると言いだしたのは去年の夏休みだ。いつもならどんな些細なことでも貴央に相談してきたのに、
この留学に関しては優希は自分一人で推し進め、貴央が聞いたのは既に出発をする半月ほど前だった。
 『どうしていきなり留学なんて・・・・・』
 『今しかできないと思ったんだ』
 『ユウ』
 『お土産、楽しみにしてて』
 優希がいつからそんなことを考えていたか、貴央はまったくわからなかったことがショックだった。
いつだって自分の後ろをついてきた可愛い幼馴染が自立することはいいことなのに、いざ向こうから手を振り払われると戸惑いの
方が大きい。
 だからか、止めることはできなかった。
それから半年。
貴央は大学受験を迎えた。優希はどうするのかと思ったが、なんと一時帰国をしてちゃんと付属高校の進級基準のテストを受け
て進級は確定したと後から聞いた。なんだか、少しだけ疎外感を感じたのは内緒だ。
 中学の卒業式にも帰って来なかったのでヤキモキしていたが、高校の入学式を明後日に控えた昨日帰国したと、突然本人
から連絡があった。驚いてすぐに言葉が出なかった貴央に、優希は明日いつも待ち合わせの時に使う互いの家の中間点にある
公園で会おうと提案してきた。もちろん嫌ではないのだが、ただただ、突然で驚くばかりだった。
 「うわっ」
 その時、さらに強い風が吹いて、貴央は思わず目を閉じる。
 「たかちゃん」
すると、少し低いが馴染んだ声が耳に届いた。
 「ユウ?」
 「ごめん、遅れた」
 「いや、時間前だ・・・・・」
 振り向いた先に立っていた人物を見て、貴央の言葉が途中で途切れる。
 「・・・・・ユウ?」
 「そうだよ、どうしたの?」
 「あ、いや・・・・・」
(本当に、あのユウか?)
半年前、優希の身長は173センチに届いていた。それでも、178センチの貴央より目線は低く、表情もまだ幼さが残っていたは
ずだった。しかし、今目の前にいる優希はほぼ視線が同じになっている。
 その上、前から優しい容貌だったが、それがほどよく削げ落ち、甘く華やかな優希の父親、綾辻(あやつじ)と、清冽で冷たい美
貌の優希の母親、倉橋の良いところを凝縮した、艶っぽく整った容貌に鮮やかに変わっていた。
 「会いたかった、たかちゃん」
 「・・・・・」
 《たかちゃん》なんて言葉が似合わないような甘い声。
長い手足に、バランス良く整ったスタイル。たった半年会わなかっただけで可愛い幼馴染みから一転、大人の男に成長してしまっ
た優希に貴央は戸惑っていた。




 「・・・・・ユウ?」
(変わってない)
 「そうだよ、どうしたの?」
 「あ、いや・・・・・」
 電話口で何度も声を聞いたが、やはり生の声で、いや、その姿を見るだけで嬉しくて、胸がいっぱいになる。
 「なんか・・・・・でかくなったか?」
 「え?太った?」
 「違うって、身長、何センチだ?」
 「180」
 「180?俺より1センチでかいのか?」
驚いたように声を上げる貴央を、優希は目を細めて見つめた。
いったい、どれほどの時間、こうなるのを待っていただろうか。いつだって貴央は優希の前を歩いていて、けして追いつけない大き
な存在だった。どんな時も、優希を庇ってくれていた。
 そんな貴央を自分が守りたいと思うようになったのはいつからだろうか。そのために、嫌いなものも食べ、たくさん運動し、勉強
だって頑張った。
 アメリカ留学を決めたのも、貴央から離れて少しでも成長しようと思ったからだ。
身長がそれなりにあった優希だが、貧弱な体型のせいか随分危ない目にもあった。だが、行って良かったと今なら思う。自分の甘
さも自覚できたし、貴央の存在の大切さもわかった。
 「たかちゃん」
 「・・・・・それ」
 「え?」
 「今のお前がそう呼ぶの、変じゃないか?」
 可愛くなくなったからそう思うのだろうか。
 「・・・・・やだ」
 「やだって・・・・・」
 「僕だけが呼ぶ呼び方だよ」
誰にでも平等に優しく親切な貴央は人気者で、みんな親しげに声を掛ける。それでも、貴央を《たかちゃん》と呼ぶのは母親の
真琴(まこと)以外では自分だけに許された特権だ。たとえ貴央自身にも拒否をされたくない。
 優希は唇を引き結んでじっと貴央を見る。
 「・・・・・わかった」
(ほら)
 「昔からそう呼ばれてたんだし、急に変えるのも変だよな」
(たかちゃんは、やっぱり優しい)
いつだって優希の気持ちを優先してくれる貴央。ずるい自分は、どうすれば貴央が折れてくれるのかわかっている。わかってい
てそうしている自分は、貴央が思っていてくれるような純粋な子供ではないのだ。
 「それより、今からどうする?」
 「たかちゃんの家。お土産も渡したいし」
 手に持った紙袋を掲げると、貴央は苦笑しながら頷いた。
 「そうだな。ちょうどマコも家にいるし。ユウに会いたがってるぞ」
 「僕もマコさんに会いたいけど、その前にたかちゃんの家に行きたいんだ」
 「だから」
 「たかちゃんが一人暮らししている家だよ」
 春から大学に通う貴央は、自宅を出て一人暮らしをすると言っていた。場所も、どんな部屋かも何も知らないので、どうしても
自分の目で確認をしておきたい。
 「俺んちか・・・・・でも、何もないぞ?バイト代がまだ入ってないから、テレビも何も・・・・・」
 「それでもいいよ」
 優希はテレビが見たいわけではない。貴央がいれば話は尽きないし、話さなくても一緒の空間にいるだけで嬉しい。
 「じゃあ、何か買って行こうぜ、腹減っているだろう?」
 「うん」
歩き出した貴央の横にさりげなく並ぶと、身長はほぼ一緒だ、目線も変わらない。
(すごい、新鮮)
シャツの襟元からチラチラと見える首筋は記憶に残っているものよりも細くて、肩幅も自分より小さかった。きっと、抱きしめたらこ
の腕の中にちょうどよく収まりそうだ。
(・・・・・キスをするのにも、ちょうどいいかも)
 大好きな貴央とするキスやハグは、どれほど気持ちが良いものだろうか。
ふと、そんなことを想像してしまった。




 「うわっ、お前、いつからそんなに料理が上手くなったんだ?」
 「向こうで結構自分でしたんだ」
 得意げに笑っているのに、妙に色気のある横顔から貴央は慌てて視線を反らした。
そして、再びまな板の上に目を向ける。
(でも、お世辞抜きにして、上手い)
 骨ばった、大きくて長い指が器用に動くさまは見ていて心地が良く、貴央は再び見惚れてしまった。
公園から貴央の一人暮らしをするワンルームマンションに来る途中のスーパーで買い物をした時も、優希はメニューを口にしなが
ら迷いなく食材を買っていた。
 ツナサラダに和風スパゲティ、デザートはイチゴ。
危なげない包丁さばきに、不器用な昔の姿はまったく見えない。貴央自身、料理上手な父の影響を受けて少しは自信があった
が、優希もそれに負けていないと思う。
 動かす手は止めず、優希はアメリカでの生活を話してくれた。
人見知りな優希が、いくら父親の綾辻(あやつじ)の知り合いがいるからといって異国の生活に馴染めていたのだろうかと思って
いたが、話を聞く限りは充実した時間を過ごしていたようだ。
(・・・・・まあ、好かれるだろうな)
 外国人相手でも遜色がないほどのスタイルと美貌を持つ優希が、自ら積極的にコミュニケーションを取ろうとすれば嫌がる人間
などいないだろう。本当に成長したんだなと感慨深い思いとは裏腹に、長年側にいたはずの自分がその成長する姿を見ることが
できなかったことが悔しくも思えた。
 「はい」
 差し出されたのは、赤くツヤツヤとしたイチゴ。
 「ん」
迷いなく口に含んだ時、少しだけ優希の指も咥えてしまった。
 「どう?」
 「甘い」
 「良かった」
 「ん?うん」
(・・・・・調子狂うな)
 今までは自分の方が優希を甘やかしていたのに、なんだかこれでは自分の方が甘やかされているようではないか。
大学生になった自分がまだ高校に進学したばかりの優希に・・・・・なんて、妙に気恥ずかしかった。
 「たかちゃん?」
 呼び方はまったく変わらないのに、軽く首を傾げるそのしぐさは妙に艶っぽいというか、目の毒だ。くりくりの癖毛だった茶色い
髪は昔は可愛いだけだったのに、今は色っぽさの方が増している。
 「ユウ」
 「なに?」
 「お前さ、向こうで・・・・・」
(彼女でもいたのか?)
 冗談めかして聞くことなんて簡単なのに、貴央はどうしても次の言葉が出なかった。
 軽く頭を振った貴央は、今度は自分がイチゴを摘んで優希の口元まで持っていった。優希は嬉しそうに目を細め、躊躇うことな
く口を開けた。
 「ん、美味し」
 「だろ?」
(うん、俺たちはこれでいいんだ)
 優希の外見がいくら変わっても、中身は可愛い幼馴染みに変わりない。戸惑ってしまったのは、半年間という長いブランクが
あったからだ。そんなものは数日経てば消えると、貴央は自分自身に言い聞かせた。




(ここが、たかちゃんの家・・・・・)
 母親である真琴大好きな貴央が一人暮らしをするなんて想像していなかったが、こうして部屋の中を見回しても不思議と居心
地の良い空間だ。多分、優希にとってはそこに貴央がいるということが絶対条件だからだろう。
 几帳面な性格なので部屋の中は整頓されているし、内心心配していた女性の影もない。一人暮らしになった途端、女性を連
れ込むような貴央ではないが、実際にそれがわかっただけでも随分安心した。
 「マコさんは来るの?」
 「来るって、引っ越してまだ一週間だぞ?入居する時は一緒に来てくれて片付けてくれたけど、それからまだ来てないよ」
 「でも、よく許してくれたね、一人暮らし」
 ここから大学までは地下鉄を乗り継いで約三十分、だが、ここから貴央の実家であるマンションまでも同じくらいだ。
優希の知っている真琴なら家賃が勿体ないと言いそうだが、貴央は食後のイチゴをつまみながら苦笑して話してくれた。
 「マコも大学から一人暮らしをしたらしくて、それが良い勉強にもなったって言ってた。父さんも、勉強を第一にする約束で許し
てくれたんだ」
 「・・・・・いいなあ」
 「ユウも遊びに来いよ」
 「いいの?」
 「当たり前だろ」
 「ありがとうっ」
 「でも、入り浸りは許さないからな」
 「・・・・・」
 さすがに優希の性格を知っている貴央は的確な指摘をしてくる。優希の喜びは一瞬だけ急降下したが、それでもと思いなお
した。貴央は自分で自覚している以上に優希に甘い。少しずつ、貴央の負担にならないように入り込んでいけば、結局なし崩
しに受け入れてくれるかもしれない可能性は十分あった。
 「ユウも今年から高校だし、部活とか決めているのか?」
 「うん、剣道」
 それだけではなく、他にも空手とボクシングも習うつもりだ。貴央には秘密で今までも身体を鍛えていたが、まだ貴央より強い
と自信を持っては言えない。せめて同じくらい、本当は貴央を守れるほどに早く強くなりたかった。そのため、父にも頭を下げて
教えを乞うていた。
(たかちゃんが、誰よりも強いのは知っているけどね)
それでも、男としてのプライドが疼くのだ。
 「せっかく綺麗な手をしてるのに、ちょっと勿体ないな」
 小さなテーブルの上に置いていた優希の手に、貴央が触れながら言う。じっと見ていてわかった。手の大きさが、自分の方が
ほんの僅かだが大きかった。
 父に感謝しなければ。早熟だったらしい父の血を受け継ぎ、こうして高校に入学する前に身体だけは大人と遜色ないほど成
長できた。大学生になった貴央の隣にいても、なんとか子供っぽく思われないのではないか。
 「・・・・・男だもん、少しくらいいいよ」
 「まあ、そうだな」
貴央はあっさりとそう言って、食べた食器を片手に立ちあがった。
 「片付けて、うちに行こう」
 「うん」
 優希はまだ貴央と二人きりの時間を過ごしたかったが、その言葉に素直に同意して立ち上がる。
 「あ、お土産」
 「後でいいよ。俺にとっては、お前が無事に帰って来てくれたことが一番嬉しい土産だし」
 「・・・・・ありがと」
二人ですると片付けは早く終わって、優希は貴央に悩みに悩んだ土産を渡す。選んだのは万年筆だ。高校生になった時に貴央
の大伯父がプレゼントしてくれたものを大切にしている姿を見ていたので、優希も自然に目が行くようになっていた。
 貴央はとても喜んでくれてひとしきりそれを眺めていたが、やがてハッと時間に気づいたらしく慌ただしく連れだってワンルーム
マンションを出た。










 「今年は桜、早く散っちゃったんだね」
 「ああ、寂しいよな」
 「でも、残っているうちにたかちゃんと見れた」
 「来年からはまた一緒に見られるだろ」
 「・・・・・」
 当然のように言う貴央の顔を少しだけ見下ろしながら、優希は嬉しくて綻ぶ顔を何とか片手で隠した。
土曜日の午後、道行く人の数は多い。そんな中、若い女たちは決まってこちらを見ている。清廉な雰囲気を持つ貴央が異性の
目を惹くのは当然だ。自分の横顔にも鬱陶しい視線が注がれていることは頭から無視をした。
 「大学生になったら、サークルとかに入るの?」
 「遊んでばっかりいたら叱られるって。当面、勉強とバイトに精を出すつもり」
 生真面目な貴央のその言葉は嘘ではないはずだ。
大学生と高校生。まったく生活する環境が変わってしまうことが怖いが、それでも貴央は変わらないと信じられるから大丈夫だ。
会えない時間は、自分を成長させることを頑張る。きっと、それが将来の自分に役立つ。
 「やっぱり、たかちゃんの側が一番居心地いい」
 「なんだ、それ」
 「いーの。僕はそう思うんだから」
(この先もずっと、一緒にいられたらいいな)




 「いーの。僕はそう思うんだから」
 優希の言葉は時々不思議な響きを持つ。今も、言葉以上に深い意味があるような気がしたが、それを聞いても多分優希は
教えてくれないだろう。
 「たかちゃん、手、繋いで」
 「え?」
 優希がまだ女の子に間違えられるほど可愛い時ならばまだしも、自分と同じくらい、いや、それ以上に長身の男に成長した姿
で手を繋ぐなんて視界の暴力になりそうだ。周りには少なくない人影だってある。
 「・・・・・駄目?」
 駄目だろ・・・・・心の中ではそう思うのに、
 「たかちゃん・・・・・」
 眉を下げて甘えるようにこちらを見る顔は、幼い時から見慣れた可愛い幼馴染みのものだ。
(変わってないなあ)
依存心が強かった優希に早く自立して欲しいと思っていたはずなのに、変わらぬ甘えに妙にホッとする。まだまだ、優希にとって
自分は兄でなければならないのだと、自尊心をくすぐられるのだ。
 「・・・・・次の角までだぞ」
 そう言って手を差し出せば、自分と変わらない大きな手がしっかりと握り返してくる。
(いつまで手を繋げるんだろうな)
考え深げに歩いている貴央は、すぐ隣でじっと自分の横顔を見つめている優希の視線に気がつくことはなかった。






                                                                      end






貴央大学1年&優希高校1年。
たくさんある未来図の一つです。本当は花見がしたかった(汗)。



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