「ああ・・・・・いいな」
中近東の小国でありながらかなり豊富な油田を有している、ガッサーラ国。
その国の第一皇子であるアシュラフ・ガーディブ・イズディハールは、ここのところ忙しくて仕方が無かった。それは、長い間待ち続
けた愛しい花嫁が、もう直ぐこの国に、アシュラフのもとへとやってくるからだ。
日本人で、今年ようやく高校を卒業する永瀬悠真(ながせ ゆうま)は、アシュラフがじれったくなるほどに奥ゆかしくて大人しい
性格をしている。
海外に留学していた時、ルームメイトが日本人で、期間入社した企業にも日本人がいて、アシュラフは会話出来るほどに日本
語を話せるようになっていた自分を、後々本当に褒めたくなってしまった。
3年前、結婚するはずだったアシュラフの婚約者が弟の第三皇子シャラフと駆け落ちをし、既に男児が生まれたことを知った周
囲は、アシュラフの為に新しい結婚相手を決めるパーティーを開いた。
そこで、結婚相手の候補としてパーティーに現れたのが悠真だった。
男の悠真がなぜその場にいたのか、後から聞けば悠真の父親の仕事絡みだということだったが、結果的にアシュラフは悠真に一
目で心を惹かれ、幸いにも悠真もアシュラフを気に入ってくれた。
皇太子であるアシュラフが、妾妃としてではなく、正妃として異国の、それも日本人を迎え入れるということに異論はかなりあった
ものの、悠真を受け入れなければ王座には就かないという言葉と、既に弟皇子には男児が生まれているということもあり、世継ぎ
の件に関しては何とか我を通した。
日本の学校に、卒業するまでは通いたいと言っていた悠真の可愛い我が儘も、後10日ほどで叶う。
アシュラフの愛しい存在は、その後はずっと・・・・・傍にいてくれるのだ。
「ああ・・・・・いいな」
まだ出来たばかりの宮殿を見上げながらアシュラフは満足気に頷く。
華美ではないものの、それなりの重厚感と華やかさがある外観。
「これは、ユーマに相応しい宮だ」
「奥ゆかしいユーマ様が、これでも豪奢だと萎縮されなかったらよろしいのですけれど・・・・・」
「ユーマのその心根はとても好ましいが、いずれはこの国の王妃となる身。多少は慣れてもらわねば困る」
そう言ったアシュラフは思わず苦笑した。
(まさか、贅沢をしてもらわねばならないという悩みが出来ようとはな)
日本人だからか、それとも悠真だからか、アシュラフにとっては何でもないようなことでも、悠真自身にはとても贅沢に思えると言わ
れることがある。
それを一々理由を話し、悠真に分かってもらうように尽くすのは少しも苦ではないものの、将来はアシュラフの隣に立つ王妃とし
て、少しは民との違いを自覚してもらわなければならない。
(今からだったら、何とか・・・・・)
悠真の全てを変えようとは思わない。ただ、やはりアシュラフは皇子で、多くの国民の上に立たなければならないのだ。その手伝
いをしてくれるであろう悠真にも、少しだけ、変わってもらおうと思っていた。
「まさか、ここがあのハレムだったとはな」
「元々妾妃様はおられなかったですし、使用人もほとんどはこのままここで仕えてもらうようにしています」
よどみなく答えたのは、アシュラフの私的な雑務を一切取り仕切っている侍従長のアリー・ハサン。
アシュラフが物心がつく頃から共にいる側近で、3歳年上の物静かで有能な男だ。
「身元は確認したか?」
「はい。本人だけではなく、親兄弟、親戚まで。皆、アシュラフ様の政敵ではありませんし、他民族の者をむやみに疎んじる者も
おりません」
アリーに手抜かりはないだろうと思っているものの、言葉で聞けばさらに安心感は高まった。
「住居以上に使用人は重要だからな。ユーマに、少しの憂いも与えたくはない」
(男の身で、こんな遥か遠くの異国の地に嫁いで来てくれるのだから)
「手抜かりはございません。今から使用人達には日本語の勉強もさせておりますし、男性といえど未来の王妃になられるユーマ
様に心から仕えるようにと言い含めております」
「では、中を見よう」
「どうぞ」
以前も、ハレムのことを気にしていた悠真。
今は自分だけでも、近い将来、幾人もの妃を迎え入れるかもしれない・・・・・そんな、アシュラフにとっては心外な心配をしている
ようだったので、いっそのことと思い、それを壊して、悠真(正妃)の住む宮殿を新しく建てさせたのだ。
「日本人の設計士だったな」
「はい。ユーマ様のイメージと人となりをお伝えし、未来の王妃様に相応しいものをと注文いたしました」
「1年近く掛かってしまったが、ユーマが来る前に出来て良かった」
「はい」
中に入れば、ここが熱い砂漠の国だとは思えないほどに心地良い空気が身体をまとう。
「室温は下げ過ぎるな。外気と違い過ぎればユーマの身体に障る」
「心得ております」
「中はやはり土足か」
「もっと奥のプライベート空間では履物を脱がれますようにしております」
「ユーマはそちらの方が慣れているだろうからな」
何度か日本を訪れたアシュラフも、畳というものは気にいった。なんだかホッとするというか・・・・・床に敷物を敷いているだけの空間
とは違い、寛げた気がするのだ。
「タタミの部屋は」
「タータミの部屋はこちらになります」
「全部で3部屋作っております。日本から職人を呼び、材料も全て取り寄せましたので、あちらの国のものと比べても遜色はな
いかと思いますが」
アリーの説明を聞きながら、アシュラフは靴を脱ぎ、畳の部屋へと上がった。
足の下に感じる感触は、確かに日本で経験したものだ。
「香りもいいな」
「どのタータミの部屋にも使用人に足を踏み入らせないようにしてあります。初めの一歩はやはりユーマ様の足がよろしいかと思
いまして・・・・・」
「良い判断だ。ユーマも喜ぶだろう」
「狭くはありませんか?」
「あまり広過ぎるのも落ち着かない」
少し狭いかもしれない(30畳くらい)が、小さな悠真の身体を抱きしめて寛ぐには丁度いいだろう。
「ああ、そういえば例の物は?」
「フトーンですね?それは、こちらの奥に」
そう言いながら、アリーは部屋の一方の壁にある開きをあける。
中にはキングサイズ以上の布団一式が収まっていた。
「これも、最上級のものを用意してございます」
「・・・・・いい手触りだ」
アシュラフはこれを畳に敷き、その上で悠真を淫らに喘がせる光景を想像した。ベッドではなく、床にじかに寝具を引けば、動き
も大胆になれる。
「ベッドも悪くないが、この上で抱くと禁忌を感じるのか、ユーマは何時も以上に大胆になる。突き入れるのはベッドの振動を利
用した方がいいが、自ら動く方がより一体感を感じるしな」
「はい」
「恥らうユーマも初々しいが、数度イッた後のユーマの乱れぶりもまた楽しいからな。ああ、タタミの上だったらどこででも押し倒す
ことも出来る」
「ユーマ様にお怪我などさせることはありませんよ」
アシュラフのノロケを微笑みながら聞き、冷静に分析するアリーは優秀な側近だ。
しばらくの間頭の中で悠真を組み敷く様を色々と想像して楽しんでいたアシュラフは、次にとアリーを振り返った。
「湯殿はどちらだ?」
本来は大理石で出来ている湯殿。
しかし、目の前にあるのは木の香りが濃いヒノキの湯船だった。
「これがヒノキブロか」
「以前、アシュラフ様が日本に行かれましたおり、足を伸ばされたオンセンという場所を参考にしております。これも日本から専門
の人間を連れてきましたので、かなり良い出来ではないかと思っておりますが」
「・・・・・ああ、予想以上だ」
アシュラフが日本で入ったヒノキの風呂は、大人が2、3人入れるくらいの小さなものだったが、今目の前にあるのは5メートル四
方はあるだろうか。
「・・・・・少し、広いか?」
「しかし、もう一つの湯殿よりは小さいのですが・・・・・」
「・・・・・」
「それに、この中でユーマ様を可愛がられるのでしたら、ほら、あちらに」
そう言ってアリーが指し示した場所には、大きなヒノキの湯船の少し奥にある、日本で入ったものとあまり変わらない大きさの湯
船があった。
「いかがですか?」
「ああ、アレくらいの方が密着出来ていいな」
「ありがとうございます」
次にアシュラフが足を向けたのは厨房だ。
いや、もちろん自分達の食事を作るという意味ではなく、アシュラフが悠真を可愛がりたいと思うだけに使用する小さなキッチンス
ペースだった。
「アイランド形式にしています。こちらのカウンターで皇子と会話も出来ますし」
「・・・・・」
「後ろもかなりのスペースをとっておりますので、皇子が後ろに立たれることも可能ですよ」
「・・・・・」
アシュラフの頭の中に、キッチンに立つ悠真の姿が浮かぶ。
白いエプロンをして、はにかみながら料理を作る悠真。
「あ、あんまり、見ないで、アシュラフ」
「ユーマが可愛いから悪い」
始めはそんな悠真の顔を見つめて楽しむアシュラフは、やがて我慢出来ずに悠真の背中へと回る。
「あっ」
そのまま、後ろからエプロンの隙間を通って、悠真の下半身へと手の平を滑らせる。
「やっ、だ、駄目だってっ」
「なぜだ?」
「りょ、料理中は、危ないよっ」
「でも、私はお前の料理よりも先に、お前自身が食べたいんだ、ユーマ」
耳たぶを食みながら囁くと、快感に弱い悠真は直ぐに身体から力が抜けてしまう。その華奢な手は、何かに縋るように前に伸ばさ
れて・・・・・。
アシュラフはアリーに言った。
「私がユーマを可愛がる時、ユーマが怪我一つしないようにしたい」
「レンジはIH式ですので火傷などされません。湯も、温度調整がしっかり出来ますし・・・・・」
「手にナイフを持っていたらどうする?」
「・・・・・では、キッチンには刃物を置かないようにしておきましょう」
「それが安全だな」
それでキッチンの役割になるのかと、他の人間が聞いたら総突込みされそうな会話だが、アシュラフは真面目に頷くし、アシュラフ
の言葉に忠実なアリーも生真面目に応える。
「ここで早くユーマを可愛がりたい。キッチンでのセックスはかなり良いものらしいぞ」
「もう直ぐですよ、皇子」
「なかなか良い出来だった」
「お褒めにいただきまして光栄です」
「庭は、本当に日本庭園にしなくても良かっただろうか」
「ユーマ様はまだお若いので。それに、日本庭園ではユーマ様を慈しまれることは無理ですよ」
「・・・・・そうだな。日本の木は手入れされ過ぎて、ユーマの身体を隠してくれない」
「・・・・・」
一番大きな否定要素は、この国と日本の気候の違いだったが、アリーはそれを伝えず、アシュラフも気にはしなかった。
どちらにせよ、庭はもう少し手入れをし、悠真の気の休まる空間にしようと思う。もちろん、そこでアシュラフが悠真を可愛がること
が出来る場所も確保しなければならないが。
(陽の光の下で喘ぐユーマも絶品だろう)
「アリー、この近くにも身体を清めることが出来る場所が欲しいな。裸身のユーマの姿を出来るだけ人目には晒したくない」
「・・・・・では、急ぎ一角に湯殿を作らせましょう」
「ユーマが来るまでに出来るか?」
「作らせます」
アシュラフの要望に、けして否とは言わないアリーだった。
「それにしても、我が国に日本企業の駐在所があって良かった」
「はい。ネットで調べるよりも、民族の意識は当人に聞いた方が分かりやすいですしね」
「マンガというのも面白いものだったな。字は読まないが、なかなか楽しいシチュエーションがあった」
「キッチンは特に参考になりました」
「日本のマンガは凄いな」
悠真を手に入れると決めていた時から始まったアシュラフの計画。遥々異国に嫁いでくる悠真の為に、出来るだけ寂しい思い
や辛い思いはさせたくなかった。
仕える人間は自分が選べるものの、日本人としての悠真の心境というか・・・・・寂しさを紛らわす様々な事を知りたくて、アシュ
ラフは自国に駐在していた日本企業の男に話を聞いた。
20代と30代の男達は、初めアシュラフの招きに恐縮していたが、直ぐに同世代だということで打ち解けてくれた。日本人の妻
をもらうということを話すとさらに親しみを感じてくれ、持っていた漫画なども快く見せてくれた。
多少、マニアックな趣味も感じられたが、愛する者を喜ばす術として、アシュラフはその意見を十分参考にしたのだ。
「ユカタや、白いエプロンも用意してあるな?」
「はい。ユーマ様のサイズで、様々な制服も取り寄せています」
「日本という国は面白な」
「はい」
「だが、素晴らしい国だ」
「アシュラフ様が愛されるユーマ様がお生まれになった国ですから」
アリーの言葉に、アシュラフは悠然と頷く。
「早く、ユーマを迎えに行きたい」
駐在員の男に聞けば、日本では卒業式に花束を持って迎えに行けば、ほとんどの異性は感激してくれるという。男の悠真にそ
れが共通するかは分からないが、アシュラフを愛してくれている悠真ならきっと喜んでくれるはずだ。
「卒業式に、最後の制服姿でセックスするのが刺激的だそうだな」
「ユーマ様の学校の近くのホテルを取っておきましょう」
「ああ」
(そして、そのままユーマを我が国へと連れてくる)
しばらくは、会えなかった時間を埋める為に片時もその身体を離すつもりはない。朝も昼も夜も、悠真の身体の中に自分の分
身を吐き出し、自分だけを考えさせるように仕向けたい。
「10日後が楽しみだな」
「はい」
もう直ぐ、愛しい者がこの腕の中に飛び込んでくる。
ガッサーラ国皇太子のアシュラフの頭の中には、悠真との結婚に対する不安や恐れなど全くなく、全ての未来が薔薇色に染まっ
ていた。
end
人気投票、第四位のアシュラフです。
今回は、もう直ぐ高校を卒業してお嫁さんに来てくれる悠真の為に、色々と準備をしている話。
でも、参考にした駐在員って・・・・・何考えてるんでしょうね(苦笑)。