三浦&彩季編





                                                         
『』は外国語です。



 「ハイ!サイ!」
 褐色の肌の大男が、長い腕で小さな彩季(さいき)の身体を抱きしめる。
 「ハイ、ジョン」
 「・・・・・」
(17人目・・・・・)
 「サイ!」
 「カルロ?」
金髪に青い瞳のフランス人が、長いストライドで歩いてきて大男から彩季の身体を奪い去る。
 「・・・・・」
(18人目・・・・・)
もう何度繰り返されたかも分からないその光景に、三浦蒋(みうら しょう)は初めに感じていたイライラが呆れに変わって
行くのを感じていた。



 日本でトップモデルと言われている三浦が、デザイナーのサイこと、朝比奈彩季(あさひな さいき)の専属モデルとして
共にヨーロッパに来て2週間あまり。
日本ではまだそれほどに知られてはいないが、本場ヨーロッパの服飾業界ではかなり名前を知られている彩季は、先日
見事にシーズンよりも一足早いショーを成功させた。

 時期外れのショーをしているのは彩季の他にも数人いるらしく、彩季は知り合いだというそのデザイナー達のショーを見
たいと言い出し、三浦も勉強になるからと一緒に回ることにした。
しかし、その目的の中には、彩季に手を出そうとしている人間へ牽制をするというのが大きくあったのだが・・・・・。



 三浦が思っていた以上に彩季は有名で、三浦も顔を知っている有名なモデル達がこぞって挨拶をしに近寄ってきた。
そのほとんどが男だという事も、そしてその挨拶が必ずハグや頬へのキスというのも気に入らない。
誰だって、自分のものが他人に触れられるのは面白くないだろう。
(本人はまーったく気付いていないがな)
 「あ、蒋っ、こっちに来て、紹介するよ!」
 彩季としては、三浦を一流のモデルと接触させるのはいい経験だと思ったのかもしれないが、三浦にしてみれば全てが
ライバルでしかありえず、さらにその彼らが皆彩季にベタベタとしているのを見ても面白いはずが無かった。
 『カルロ、今僕の専属を頼んでいるショウだよ』
 『へえ・・・・・専属なんだ』
 『ショウです、よろしく』
 『よろしく』
交わした握手はお互い妙に力が入っているが、その顔は面を被っているかのように完璧な笑顔のままだ。
彩季はそんな2人を交互に見て笑った。



 「どうだった?」
 もう直ぐ始まってしまうショーを見る為に客席の方へと続く裏通路を歩きながら、彩季は蒋の反応が楽しみだというよう
に話しかけてきた。
何時もと変わらぬフリルとレースをふんだんに使った、それでもセンスがいい服を身にまとっている彩季は、どこからどう見て
も少女・・・・・いや、美少女だ。
もう見慣れたと思っていた三浦だが、見慣れているのはどうやら自分だけではないらしい。
 「・・・・・彩季」
 「ん?何?」
 「・・・・・俺が今何を考えているか分かるか?」
 「分かるわけないよ、僕は蒋じゃないんだから。だからこうして聞いてるんでしょ?」
 何を言っているんだと問い返す彩季は、根本的な人間の感情というものには疎いらしい。
あれほど傍にいて、態度で示して、それでも三浦の気持ちを分かってくれないのかと思うと情けなくなってしまうが、それが
彩季なのだと言ってしまえば・・・・・そこで話は終わってしまうだろう。
 三浦は溜め息をついた。
 「今までの専属モデル、みんな誤解しただろうな」
 「え?専属モデルって、蒋が初めてだよ?」
 「・・・・・は?」
思わず立ち止まった蒋は、少し驚いたように彩季を見返してしまった。
 「俺の前に専属・・・・・いなかったのか?」
 「うん。欲しいと思ったのは蒋しかいないよ。それまではエージェントがオーディションして決めてたし」
 「・・・・・」
 「蒋は、僕が実際にステージを見て欲しいと思ったんだ。・・・・・そう言えば、そんな気持ちになったのは初めてだったかも
しれない」
どうしてだと思う?・・・・・と、可愛く首を傾げながら聞いてこないで欲しかった。
自分が答えてやれる正解は1つしかないからだ。
 「そんなの、彩季が俺に一目惚れしたからじゃないか」
 「一目惚れ?・・・・・それって、ファーストインプレッションとは違う?」
 「・・・・・そんな硬い言葉にしなくてもいいって」
 「へえ、僕って蒋に一目惚れしたんだあ」
 「彩季」
 「だから、セックスしようと思ったのかな?」
 「・・・・・っ」
 こんな場所でいきなり何を言うんだと、三浦は咽てしまった息を何とか整える。
 「あのなあ、彩季、そういうのは人前では言うもんじゃないぞ」
 「え〜、どうして?」
 「どうしても!」
ブーブー言う彩季の手をしっかりと握り締めた三浦は、宥めるようにその頬にキスを落とした。
 「後で説明してやるよ」




 世界的なデザイナーである彩季だが、余りに飛んだ考え方の持ち主のせいか一般常識からはかけ離れてしまったところ
がある。
それをフォローしてやれるのは、きっと見掛けによらず面倒見がいい自分しかいないだろう。
 「絶対だよ!」
約束と子供のように叫ぶ彩季にはいはいと頷きながら、三浦はその小さな手を引いて華やかな会場へと歩いて行った。





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