三浦&彩季編





                                                         
『』は外国語です。



 「彩季?」

 もうそろそろ昼になると、それまで自室で英語の勉強をしていた男は部屋を出て、まだ眠っているだろう、同居している
相手を捜していた。
寝室にはおらず(共有)、同居人の部屋にもいない。
 「おい、どこに・・・・・」
 いるんだという言葉は途中で消えた。
それは、三浦蒋(みうら しょう)がリビングで探していたその人の姿を見つけたからで、しかも、彼は気持ち良さそうに眠っ
ていて、大声を出すのは憚れたからだ。

 日本ではもとより、海外で評価の高いデザイナーのサイこと、朝比奈彩季(あさひな さいき)は、大きなショーを終えた
今はまるで怠け者の気ままな猫のような生活をしている。
(ホント、こいつが有名デザイナーなんて、まだ信じられないって)
 日本では有名だったものの、まだまだ世界から見れば新人だった自分を、一気にメジャーにしてくれた彩季とは、彼の
専属モデルであると同時に、恋人候補として見てもらっているつもりだが、自分よりも年上のはずの彩季は驚くほどに無
邪気で、子供で、とても恋愛というものを分かっている様子ではない。
 そうでなければ、いくら外国生活が長かったとはいえ、自分の前で不特定多数にキスなど出来るはずがないだろう。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
こんな、子供のような男に振り回されている自分が情けない。
あれほど女達を食いまくり、遊んできた自分の姿とはとても思えないと自身でも思うのだが、今の三浦にとって彩季以外
の人間は視界にも入らず、欲しいとも思えないので・・・・・仕方ないだろう。
 「少しは、大人になれよ、彩季」
 恨めしく思って呟く声もどこか甘い。
三浦は腰を屈めて、そっと唇に触れるだけのキスをした。
 「・・・・・っし、昼飯の用意でもするか」
 目が覚めた時、甘い物が目の前にあると彩季の機嫌はとてもいいし、可愛い顔で笑ってくれる。
そんな顔を見たくて、三浦は自分でも自覚しないままに尽くす男へと変貌していくのだ。



 リビングからキッチンへと三浦が移動して直ぐ、彩季はパチリと大きな目を開いた。
 「・・・・・君に言われたくないよ、蒋」
恋人ならば、ここでは朝に似合わない濃厚なモーニングキスをするはずなのに、遊んでいたわりには生真面目な三浦は
なかなか自分に手を出してくれない。
それだけ本気だと言われれば嬉しいのだが、彩季とてもう20歳をとうに過ぎた男なのだ、ちゃんとしたメイクラブをしたいと
思っていた。
(蒋ったら、何時まで僕に夢を見ているんだろ)

 見掛けは確かに子供で、手を出し難いというのは分かる気はするものの、それを越えてこその深い愛情というものでは
ないだろうか?
 三浦は自分とモデル達のことを気にして言うが、彩季だって、三浦の周りにいる綺麗なモデル達が気にならないことは
ない。元々ノーマルな三浦が、男である自分を好きになったことさえ奇跡のようなものなのだ。
 「・・・・・」
(やっぱり、僕が動かないと駄目なのかな)
 可愛い年下の恋人が手を出し難いのならば、年長者である自分が誘いを掛けてやるしかないかもしれない。
そう思った彩季は、その名前を呼んだ。
 「しょ〜う」



 キッチンに立っていると、可愛い声が自分を呼んだ。
 「起きたのか?彩季」
 「しょ〜う、ちょっと来てよ」
何時でもマイペースな彩季には逆らわない方が無難だと、三浦は手を拭いてソファへと歩み寄った。
 「彩季」
 上から覗き込めば、大きな綺麗な目が向けられてくる。
 「おはよう」
 「おはよ。今日もカッコいいね、蒋は」
 「・・・・・」
何の照れもなくそういうことを言う彩季は、きっと中身が外国人だ。そんなことを思いながらも、余裕があるところを見せて
おきたい三浦は、女達が一発で堕ちる艶やかな微笑を浮かべてみせた。
 「ありがとう。お前も可愛いよ、彩季」
 「ふふ、そう?じゃあ、ディープキスして」
 「・・・・・え?」
 三浦の微笑が固まった。
(・・・・・空耳か?)
 「彩季、今・・・・・」
 「バードキスも嫌いじゃないけど、僕と蒋は恋人どーしなんだから。シャイな蒋に、ここでセックスしろなんて言わないけど、
腰が立たなくなるようなキスはして欲しいな」
 もう・・・・・数え切れないほどのセックスを経験してきた自分と、まだ最終的に身体を繋ぐようなセックスはしたことがない
彩季。
しかし、この言葉だけを聞いたら、どちらがより優位かなんて誰にも分からないだろう。
(いや、完全に俺の・・・・・負け、か?)
 「蒋?」
 愛らしく首を傾げる様は、セックスのことなど何も知らないという風情だが、考えれば彩季はこのファッション業界にいるの
だ、男同士のセックスのことも耳にしているだろうし、外国暮らしだからか、性に関してもオープンだ。
ただそれが、外見と合わないだけで・・・・・。



 「もうっ」
 なぜか、戸惑った視線を向けているままで動かない三浦は、きっと頭の中でグルグルと考えているのだろうが、考えること
などないはずだ。
(僕はティーンエージャーじゃないんだから)
 彩季のことを考えてくれているのだろうが、こんなに保守的だったら何時まで経っても身体を繋げることだって出来ない。
(痛いって、ちょっと泣いただけで直ぐ引いちゃうし。蒋のペニスが大きいのは仕方ないんだから、後は強引にしてくれたって
いいのに)
しかし、そんなところが可愛いのだ。
 「えい」
 「うわっ」
 彩季が腕を引くと、蒋の身体が倒れてくる。
それでも、彩季に全ての重みが掛からないようにとっさにバランスをとる三浦の優しさにくすぐったく思いながら、彩季はもう
一度、にっこりと笑って言った。
 「ちゅーして、ね?」





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