向井&和弥編





 茶髪にピアス、今時の若者風ながら、真面目な洋菓子職人(なりたて)の水谷和弥(みずたに かずや)と。
短めの黒髪にきつめの眼差し、荒削りな男らしい容貌を持つ、行列の出来る老舗の和菓子屋《朱のや》の和菓子職
人、向井将孝(むかい まさたか)は、1つのテーブルを挟んで胡坐をかいている。
 そうかといって、2人仲良く会話をしているわけではなく、和弥は何時ものように眉間に皺を寄せた顔で、向井は無表
情で。
2人の視線はテーブルの上へと注がれていた。

 「この後、時間が空いているならつきあってくれないか?」
 何時ものように店にエクレアを買いに来た向井がそう言った時、和弥は思わずはあ?と聞き返してしまった。
いくら自分達が互いに名前を知っていて、不本意ながらキスも交わした仲だとはいえ、こんな風に、夜一緒に出掛ける
ような関係ではない。
 「どうして」
 「和菓子を食う練習」
 「そ、そんなのっ、俺は頼んでないだろ!」
 「俺が食べて欲しいから。俺はお前のケーキを食べているのに、お前が俺の和菓子を食べていないというのはずるい
と思わないか?」
 それは、少し問題が違うと思う。
向井は元々勝手に店に買いに来たんだし、和菓子職人のくせに甘いものが苦手なこの男は、今ではほとんどそれを食
べてはいないはずだ。
(それなのに、俺だけ責めるって違うと思うんだけど!)
 「おい、お前もう上がっていいぞ!それと、向井さんにも家に上がってもらえ」
 「え〜っ!」
 「お前の友達だろっ。それに、職人としては先輩なんだ、色々と話を聞いて勉強しろ」
 「親父〜!」
何を言うんだと慌てて止めようとした和弥だったが、父親は一睨みで和弥を黙らせ、続いて向井に愛想のよい笑みを向
けた。
 「そういうことだ、向井さん、どうぞ」
 「ありがとうございます」
 「ちょ、ちょっと、俺何も言ってないぞ!」
 勝手に話を進めていく父親と向井に反発するものの、まだまだ和弥を子供扱いする父親と、人の話にいっさい耳を傾
けない向井に、和弥が勝てるはずがない。
 じっとレジの前で和弥が動くのを待っている向井の姿は威圧感有りまくりで、和弥はくそっと悪態をつきながらも厨房
に向かって叫んだ。
 「後片付けしないからな!」



 そして、和弥は自室で向井と向かい合っていた。
和菓子が嫌いと言いながら、部屋が畳というのを見られるのが嫌だったが、向井はそれについては何も言わない。ただ
珍しそうに部屋の中を見られるので、和弥はじろじろ見るなと言いながら緑茶を出した。
 「・・・・・」
 「何だよ」
 「日本茶」
 「・・・・・今から和菓子を食うんだろ。それとも、コーヒーでいいのか」
 「・・・・・いや」
 向井が、少しだけ口元を緩めた。
何時も無表情の男のその表情に、何だか和弥の方が照れ臭くなってしまい、さっさと和菓子を出せと向井をせきたて
る。
今の時点では和菓子を食べる気は全くなかったが、一度見た向井の仕事中の顔を思い出すと、どんなものを作ったの
か純粋に興味が湧いていた。
 「・・・・・」
 和弥の言葉に、向井は持参してきた紙袋の中から箱を取り出す。黙ってふたを開いたその手元を見た和弥は、しばら
くじっとそれを見つめて、次の瞬間憮然と言い放った。
 「・・・・・絶っ対に食わねえ」
 「どうして?」
 「・・・・・」
 「和弥」
 「せっかくのイチゴを餡子の中に入れるなんて、そんなメチャクチャな菓子なんて食えるか!」
そう言った和弥は横を向いて、箱の中を見ることさえしなくなった。



 イチゴ大福。

餡子の甘ったるさが苦手だという和弥のために、甘酸っぱいイチゴの味が効いたイチゴ大福を選んで持ってきた。
餡子も、甘さ控えめに味付けし、量も少なめにしたというのに、和弥は見ただけで食べないと言う。一口でも口にして無
理だと言われたら納得も出来るが、今のままではとても無理だ。
 「和弥、食べてくれ」
 「嫌だ!」
 「だから、何が気に食わないんだ?」
 イチゴ大福の歴史は結構古い。きちんと計算されている味付けで、色のコントラストも綺麗だ。洋菓子職人である和
弥にも馴染みのある食材で、口にするのに抵抗はないはずなのに・・・・・。
(何が駄目なんだ?)
 「食べない理由を言ってくれ」
 「・・・・・さっきも言ったろ。餡子の中にイチゴを入れていること」
 「それだけ?」
 「それでも充分だろっ!イチゴはケーキの中でも王道の食材なんだよ!そのイチゴの姿を隠して何が面白いんだっ?
お前、持ってくるなら少しは考えろよっ」
 考えたうえでこれを持ってきたのだが、これほどに嫌がられるとは思わなかった。
 「・・・・・」
どうしようと考えて・・・・・向井はそのイチゴ大福を自分が口にした。



(自分が食ってどうするんだよ!)
 大体、向井は甘いものが苦手なはずで、それは洋菓子、和菓子に関係はないはずだ。仕事中の味見も苦痛なのだと
聞いたことがあるし、こんなプライベートな時間にわざわざ甘いものを食べる必要はないはずだった。
 「何食ってんだよっ」
 「・・・・・見たくないんだろ?せっかくの菓子を捨てることは出来ないし、そもそもこれは、お前のために作ってきたもの
だから」
 「・・・・・っ」
 無表情な顔で、男に向かって、こんな言葉を言うなんて絶対におかしい。聞く人が聞けば、これは口説きの言葉では
ないだろうかと思えてしまい、和弥はカッと頬を赤くしてしまう。
(お、俺、何考えてんだ?)
 そして、そんな風に自分だけが動揺しているのが嫌で、何とか誤魔化したいと思ってしまった和弥はとっさに箱の中の
イチゴ大福を掴み取り、そのまま一気に半分ほど食べてしまった。
 「・・・・・」
 突然の和弥の行動に、さすがに向井は驚いたように目を見張ったが、直ぐにどうだと聞いてきた。切り替えの早い奴と
思いながらも、味のことで嘘はつけない和弥は、思ったままの感想を言う。
 「・・・・・あんまり、甘くない」
 「それで?」
 「・・・・・想像してたほどには、変な味じゃない」
 「・・・・・」
 「ま・・・・・あ、食べれないことはない、かな」
 それは、和弥にしては現時点での最高の褒め言葉だったが、直ぐに言ってしまってから拙いと思った。向井相手にこ
んな言葉を言ってしまうと、意外に情熱的なこの男は、
 「んむっ」
 テーブルの上に身を乗り出し、強引に和弥の顎を掴んでキスをしてきた向井は、和弥が呆気にとられている間に口腔
内を思う存分貪った後、目を細めて言った。
 「確かに、甘くはないよな」
 「・・・・・っ、馬鹿か、お前は!」
自分で作って持ってきたくせに、キスで確認なんかするんじゃない。そう思いながらもどんどん顔は熱くなってしまい、和
弥は残りのイチゴ大福を口に押し込んで、一気に飲み込み・・・・・むせてしまった。





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