楢崎&暁生編





 「本当に、ありがとうございます」
 「・・・・・いえ」
 「今後もどうかよろしくお願いします」
 「・・・・・」
 深々と頭を下げる目の前の女に、楢崎は何時になく緊張した思いで自分も頭を下げた。
 「こちらこそ」
 「もうっ、母さん、変な事言わないでってば!楢崎さん、困ってるじゃないか!」
 「・・・・・」
キャンキャンと隣で暁生が喚いている。
楢崎はどうしてこんなことになったのかと溜め息を付きたくなった。



 楢崎久司(ならざき ひさし)は、今年41歳になる羽生会というヤクザの組の幹部だ。
昔負った目じりの傷が余計に楢崎を強面にみせてはいるが、実際の彼は簡単には手を出さない、温厚で親分肌の男
だった。
そんな楢崎が夜の街で襲われていた所を助けた日野暁生(ひの あきお)という、自分よりも20以上歳の離れた子供と
くっ付いてしまったのは・・・・・きっと、色んな必然が積み重なったせいだろう。
楢崎から見ればまだ子供同然の暁生を完全に自分のものにはしていないが、いずれはその手に抱いてしまうだろうという
事は分かっている。
一時は遠ざけようともしたのだが、捨て身でぶつかってきた暁生に押し切られた形になり、今では楢崎自身ももう暁生を
手放すことは考えられなかった。



 高校を卒業したとはいえ、まだ未成年の暁生を直ぐに自分の側に置くことは出来ず、楢崎は暇があれば、暁生を自宅
にまで送っていた。
小奇麗だが少し古いアパートで母親と弟と暮らしている暁生。
何時もは母親に会わないようにアパートの近くまでしか行かなかったが、今日は偶然買い忘れの物を買いに出てきた母
親と出くわしてしまった。
 暁生は楢崎のことは大体話していたらしく(恋人だとはさすがに言っていないようだが)、母親は是非にと楢崎をアパート
に上げた。
一見とっつき難い顔をした楢崎を遠くから見ていた弟も、その穏やかな雰囲気に慣れたのか部屋から出てきた。
そして、大人同士の挨拶になったのだが・・・・・。



 「私の仕事のことは・・・・・ご存知ですか?」
 楢崎が切り出すと、母親は頷いた。
 「はい」
 「・・・・・申し訳ありません。私のような男が息子さんの側にいることは良くないとは分かっているのですが・・・・・。しかし、
息子さんをこの世界に引き込むことは絶対にしません」
楢崎は出された座布団には座らず、そのまま頭を下げて言う。
 「楢崎さん!」
 「それでも、会うのを止めろとおっしゃられるなら・・・・・」
 「俺やだからね!」
 「暁生」
 楢崎は暁生を諌めた。
これは想像が出来た話で、暁生が未成年の内は親の意見を無視することは出来ない。
楢崎は最悪暁生が成人するまでの時間、会わない覚悟も出来ていた。
 「いいえ、会うなというつもりはないんですよ」
 母親は興奮する暁生を苦笑しながら見つめて言った。
 「確かに、私達からすればヤクザなんかって・・・・・思うことはあります。でも、この子はあなたと知り合ってからきちんと働く
ようになったし、私や弟を守ろうって気持ちが出てきたみたいで」
 「母さん・・・・・」
 「こんなにもいい方に変えてくれたんですから、あなたもきちんとした方だと思っています」
 「・・・・・いえ」
 「今後もどうかよろしくお願いします」
 こんなにも信頼してもらっていいのだろうかと楢崎は思った。
確かに、楢崎は暁生の世話をしてやりたいとは思っているし、自分のいる世界には関わらせまいとも思っている。
しかし、それは善意ではなく、愛情があった上だ。
頭を下げてそう言ってくれる母親に、あなたの息子とセックスしたいと思っているなどとはとても言えないし、これから手を出
しにくくもなってしまった。
(・・・・・まさか、牽制か?)
まさか本当に自分達がそんな関係だとは思っていないだろうが、将来の可能性を考えて先手を打ってきたとも考えられな
くはない。
 「・・・・・こちらこそ」
 「もうっ、母さん、変な事言わないでってば!楢崎さん、困ってるじゃないか!」
 そう喚いている暁生だが、その頬は母親に楢崎を褒めてもらって喜んでいるのか嬉しそうだ。
 「良かったら、夕食一緒にどうですか?」
 「いえ、私は」
 「楢崎さん、ゆっくりしていってよ!」
 「・・・・・」
(お前は・・・・・分かってないだろうなあ)
自分の恋人と母親が、目に見えない攻防をしているとはとても気付いていない暁生は、楢崎にゆっくりして行けとしきりに
言ってくる。
こんなに無邪気な恋人が、大人の事情が分かる日が来るのだろうか・・・・・そう思うものの、それでも嬉しそうな暁生が可
愛くて、楢崎は目を細めて頷いていた。





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