肉・にく・ニク

                                                        
※ ここでの『』の中は日本語です。





 「狩に連れて行きましょう」



 2日前シエンからそう誘われた蒼は、この日が楽しみで仕方がなかった。
元々身体を動かすのは好きだったし、馬に乗るのも初めてで、行き先が街外れの大きな森だというところも興味をそそられた。
 「うわ〜、ほんかくてき♪」
 当日用意された服は、何時ものゆったりとした柔らかい手触りのものではなく、硬めの布でしっかりと作られた、少し細めの動
きやすいものだった。
そして・・・・・。
 「あ!けん!」
何より嬉しかったのは、シエンが蒼用の剣を用意してくれたことだ。
短めの、とても戦の時に使うには非力なものでも、真剣を持つのが初めてな蒼は緊張していた。
 「かり、どうぷつ、おおきい?」
 「今日は出来ればソウが好んで食べているレクを仕留めたいと思っているんですが」
 「レクッ?じゅーしー、やわらか、だいすき!」
 レクは食感も味も牛肉そっくりな肉で、蒼は料理長に頼んで、ハンバーグ(風なもの)を作ってもらったり、スープに入れて煮
込んだり、色々なバリエーションを楽しんでいた。
もちろん、その肉がどんな動物のものかはまだ見たことがないので、それもまた蒼は楽しみになった。


 バリハンはこの世界では比較的緑が豊かな国らしい。それは、国の中に点在する泉や湖のおかげだということだ。
今回の狩場も湖が中心にある森で、奥には一面に広がる見事な草原があり、その鮮やかな緑に、蒼はただただ驚くしかな
かった。
 「どうですか?ソウ」
 「すごい!きれい!ほっかいろみたい!!」
 「ホッカイロ?」
蒼としては、〈北海道みたいに広い〉と言いたかったのだが、もちろんシエンに分かるはずがない。
エへへと照れたように笑った蒼は、その拍子にバランスが崩れて、乗っていたソリューから堕ちそうになってしまった。
 「わわわわ〜!」
 「ソウッ」
 隣にいたシエンがとっさに支えてくれたおかげで助かったが、どうにもこのラクダに似た乗り物は乗りにくい。
(馬なんだよ〜、馬に乗るのが憧れだったんだけどなあ〜)
 「大丈夫ですか?」
 「うん、へーき!シエン、レク、どこ?」
この場に来た目的を早速果たそうと張り切る蒼に、シエンは笑い掛けながら視線を前方に向けた。
 「ほら、兵士が円状に並んでいるでしょう?今回ソウは狩は初めてですから、追い詰めた上で狙ってもらいます」
 「うん、よし、やもおーけー!」
 剣の他にもう1つ持たせてもらった弓を早速手にし、蒼は兵士達が獲物を追い詰めて来てくれるのをワクワクしながら待って
いた。
父親が一通りの武道を習わしてくれたので、弓もある程度には使えるのだ。
 「王子!そちらに向かいました!」
 間もなく、兵士の1人が叫び、蒼の耳にも草の上を走るような音が聞こえた。
 「ソウ!構えて!」
 『おっし、任せろ!』
嬉々として弓を構えた蒼の目前に、茶色の影が現われた。
 「ソウ?」
 突然、弓を下ろしてしまった蒼を驚いたように見つめたシエンは、次の瞬間、

 
『かわいいいいいいいい!!!』

 「ソウっ?」
いきなり叫んだかと思うと、蒼は躊躇いも無くソリューから飛び降りた。



 昼過ぎ、朝から狩に出ていたシエンと蒼は王宮に戻ってきた。
 「・・・・・ソウ、それは・・・・・」
 「おーさま、みてみて、おれちゅかまえた!」
 シエンが蒼を連れて狩に行ったと報告を受けていた王ガルダは、戻って来たという報にわざわざ王宮の入口まで迎えに出た
のだが、そこにはまるで家畜のように首に縄を巻いたレクと、その縄の端を掴んで自慢げに笑っている蒼が立っていた。
 「それは、レクだろう?」
 蒼ではなく、傍で苦笑しながら立っていたシエンに視線を向けると、シエンは笑いを含んだ声で説明した。
 「どうやらレクの姿形が気に入ってみたいで」



 「ころす、だめ!!」
 レクを抱きしめると、蒼は弓や槍を手にした兵士達にそう叫んだ。
突然のその行動に驚いたシエンだったが、ギュッと抱きしめる腕の震えに気付くと、直ぐに合図をして武器を下ろさせた。
 「ソウ」
 「こんなかわいーの、おれ、くってた・・・・・おれ、おれ・・・・・」
 蒼の想像では、レクは牛のような生き物だろうと勝手に思っていた。
しかし、今目の前にいるのは、日本でもペットとして飼われてもいるミニ豚のような生き物だった。
豚よりも足と鼻は少し長いが、寸胴な体系も、つぶらな目も、垂れ下がった耳も、蒼は人目で可愛いと思ってしまったのだ。
 「ソウ・・・・・」
 どうやら蒼はレクにすっかり心を奪われたらしいと、シエンは内心戸惑っていた。
確かにレクは大人しくて賢いので飼いやすく、おまけに美味ということで、家畜として飼っている者も多い。
家畜のレクは人工的な繁殖のせいか、毛は薄い茶色だが、野性のものは綺麗な金に近い色をしており、その肉も野生の方
が美味しい。
レクの肉が好きな蒼に、その美味しい野生のレクを食べさせようと思ってここまで連れてきたのだが、シエンの意に反して蒼は見
つけたレクを助けて欲しいと懇願してきたのだ。
 シエンに、蒼の願いを拒むことなど到底出来なかった。



 「・・・・・それで連れ帰ったのか」
 「はい。裏庭でこのレクを飼育したいというのです。父上、お許し願いますか?」
 シエンの声が笑いを含んでいるのは、ガルダもきっと蒼の願いを聞き届けるだろうということが分かっているからだ。
ガルダにとって蒼は弟王子の子供達、孫達と同じ様に幼く見えるらしく、その蒼が可愛らしくねだる事を嫌だとは言えないのだ
ろう。
 「ソウ」
 「おーさま、こいつ、とんすけ。おれのせかい、ぷたよくにてる。なちゅくよ、ほら!」
 蒼も、ガルダの許しがないと駄目だとは分かっているらしく、レクを後ろから抱え上げて、片足をまるで手を振るように振って見
せた。レクも蒼にされるがままだ。
堪らずに吹き出すシエンとガルダ。
勝負は始めからついていた。
 「分かった、そのレクは食べないようにしよう」
 「あ、ありかと!とんすけっ、よかった!」
 自分の命の恩人だと分かっているのか、とんすけも長い鼻を蒼の頬にすり寄せている。
見ているだけでも微笑ましい姿だったが、シエンはふと思いついてからかう様に聞いてみた。
 「しかし、ソウ、あなたはこれからレクの肉は食べないのですか?あんなに美味しいと、何時も3人分位は口にしているのに」
 「へ?食ぺるよ?」
 「え?」
 「すこし、かんかえたけど、いつもたぺてるは、おにくのすかた。おにくはたぺる。でも、いきてるレクはころさない」
 「そういうものですか?」
 「だって・・・・・おにく、たいすき」
 蒼も自分の言っていることの矛盾は分かっているのだろう。
だが、生きて可愛く自分に懐いてくるとんすけと、既に調理されて美味しく食べれるレクの肉は、どうしても同じ様には見れない
のだ。
 シエンも蒼を責めたいわけではなかったし、蒼の気が紛れるものが見付かって良かったとも思う。
 「では、ソウ、その、と・・・・・んすけの居場所を作ってやらないと」
 「あ!そう、はやく、シエン!」
 「分かりました。では父上、また夕食のおり」
 「ああ」
 去っていく2人の後ろ姿を見つめながら、ガルダはこの王宮が随分賑やかになったとしみじみ思った。
それも全て蒼のおかげだろう。
 「さて、ソウが喜びそうなものを用意させなければ」
今日の夕食も楽しいものになるようにと、ガルダは早速料理長を呼ぶことにした。




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