荷物持ちのご褒美は?
「うわ!何、ジローさん、この車!本当にこれに乗ってきたわけっ?」
「なんだ、どこか可笑しいか?」
「おかしいよ!真っ黄色の車体のスポーツカーなんて、今時乗ってる人がいるなんて信じられない!」
何時もの待ち合わせの公園。
今日は珍しく飼い犬のジローを連れていなかった太朗は、颯爽と現れた上杉の車に呆気に取られてしまった。
車種まではよく分からないが、ハンドルが左だということは外車なのだろう。馬のマークもある。しかし、なにより太朗が信じられな
かったのはその車の色だ。
まるでレモンのように鮮やかな黄色は、青い空の下で映えて悪目立ちするくらい目立っている。
おまけに、出てきた上杉の格好は・・・・・。
真夏だというのに、黒ではないが濃紺のストライプのスーツをきっちりと着こなしていて、いったい今からどこに行くんだと首を傾げた
くなるくらいだった。
「せっかくのタロからのデートの誘いだからな」
「デ、デートじゃないっていうの!」
今年の春に高校に進学したばかりの苑江太朗(そのえ たろう)と、35歳でヤクザの組の会長を務めている上杉滋郎(うえす
ぎ じろう)が知り合ってから、約4ヶ月の時間が経っていた。
1ヶ月前、どこかの会社の会長だと思っていた上杉の本当の職業を知った時、始めは無意識のうちに恐怖を感じていたものの、
何時の間にか流されるように手を出され、そのショック療法のおかげか、太朗は上杉の職業を気にすることが少なくなった。
世間では色々言われている職業でも、実際に太朗に接する上杉は意地悪だが優しい。
学校は今夏休みで、太朗は何時もより頻繁に上杉に会っていた。
時間は1時間から数時間とまちまちだが、上杉は出来るだけ太朗と会う時間を増やしているらしく、時折掛かってくる電話に文
句を言っている姿も見慣れてきた。
(ヤクザって・・・・・こんなもんなのか?)
「で、タロ、どこに行きたい?」
「あ、うん」
「始めに言っておくが、遊園地や動物園は勘弁な。さすがにこの格好で行ったら目立っちまう」
「・・・・・」
(それは分かってるんだ・・・・・)
普通の感覚もあるんだと感心しながら、太朗は手に持っていたチラシを差し出した。
「ここ、行って欲しいんだけど」
「・・・・・タロ、どう見てもディスカウントショップの広告なんだが・・・・・」
「うん!今日は改装前の大安売りなんだって!犬、猫の餌もおしっこ砂も半額以下!これは買わないとでしょ!」
「・・・・・」
家にいるペット達の数を考え、出来るだけ節約はしてきた。猫も犬も、餌は安いカリカリだったし、おしっこ砂は洗って使い回しを
している。
それでも、たまには美味しいものを食べさせてやりたいとも思い、こういった特売の日は家族総出で買い物に行っていた。
「でも、今日はたまたまみんな用事があって・・・・・自転車じゃ買える数は限られちゃうし、車と人手が欲しかったんだよね〜。
ジローさんも大福に買ってやったらいいよ!特選和牛のコンソメ煮っていう缶詰も60%引きなんだって!」
「・・・・・本当にこれだけで俺を誘ったのか?」
「え?だって、ジローさんもお得だって思わない?」
「思わないことはないが、あのなあ」
「この車後ろ狭いけど、荷物どれだけ乗るかなあ」
「タロ・・・・・」
「軽の方が良かったんだけど」
上杉はただただ呆れたように溜め息をつくしかなかった。
(フェラーリでディスカウントショップに餌を買いに行くのか・・・・・?)
確かに悪目立ちだろう。
今日、上杉が数台所有している車の中からわざわざこの車を選んできたのは、男だったら1度は乗ってみたいと思うだろうと
思ったし、犬抜きだと太朗をドライブに連れて行って喜ばそうと思っていたのだ。
「ほら!ジローさん、早くしないと売り切れちゃう!」
「・・・・・はいはい」
こうなったら太朗のペースだった。
狭い狭いと連発しながら助手席に乗り込むと、車の話ではなく今から行くディスカウントショップで何を買うか、広告を見ながら
真剣に考えているのだ。
「猫缶にも色々あってね、カツオ味とか、ビーフ味とかあるでしょ?俺としては猫は鰹節って事じゃなくて、元々ライオンとかと同
じ種類なんだからビーフ味の方がいいと思ったんだよ。でも、この間出しっぱなしの鰹節の袋を破かれちゃって、3匹が貪り食って
んの!部屋の中が鰹節だらけになって、俺が母ちゃんに叱られちゃってさ。やっぱ、猫に鰹節なんだってしみじみ思ったなあ」
「・・・・・そうか」
「大福は何が好き?ジローさんのことだから、高級なんとか肉とか、人間が食べるようなもの与えてない?駄目なんだよ、味が
濃いいと病気になるから。うちのトメさんはもう10歳になるけど、歯はまだちゃんとあるんだよ。ちゃんと健康管理に目を配っている
からね」
「へえ〜」
「食べ合わせとか、ちゃんと考えてあげてよ?動物は話が出来ないんだから、ジローさんがちゃんと先回りしてやらなくちゃ」
次から次へと、楽しそうに話し続ける太朗は、見ているだけでも面白かった。
どちらかと言えば動物達よりも太朗自身の話が聞きたいところだが、話の隙間に見え隠れする日常を想像すると、上杉は思わ
ず頬に笑みを浮かべてしまう。
(こーいうのが、嵌ってるっていうんだろーな)
無事、目当てのカリカリと、ご褒美用の高級缶詰を手にした太朗の顔はニコニコし通しだ。
「良かったな、たくさん買えて」
「うん!あ、でもさあ、やっぱりジローさん目立ってたよ?こんな格好してるのに、餌をまんぱんに積んだカート押してたんだもん
ねえ〜。珍しかったのかな?」
「・・・・・相当な」
「でも、カッコイイからいいよ」
擦れ違う女の人達は、家族連れの奥さんも若い子も、皆一様に振り返ってぽ〜っと上杉を見つめていた。格好がと言うより
も、その容姿が際立っていたからだろう。
(なんか、鼻高かったし)
そんな上杉が、あれこれと自分だけに気を遣ってくれるのが嬉しくて、太朗はずっと上機嫌のままだった。
「これで終わりか?」
「うん、ありがとう、付き合ってくれて」
「ま、これも恋人がねだったデートと思えばな」
「で、デートじゃないよ!恋人って何!」
「へ〜、じゃあ、何なんだ?」
「・・・・・」
「ターロ」
「に、荷物持ちの人?」
「はあ?」
「そういうこと!」
デートとか、恋人とか、太朗にとってはまだまだ先のもので、口にするのさえ恥ずかしくて照れてしまう。
(ジローさんって・・・・・こういうとこ、ガイジンだよなあ〜)
反対に、正体を明かしてからのこの1ヶ月近く、上杉は臆面もなく太郎に対してアプローチをしてきた。
好きだとか、愛してるとか、俺のものになれとか・・・・・そのほとんどはからかい混じりの口調だったが、ほんの一瞬、大人の怖さみ
たいなものを感じる時があった。
直ぐにまたからかって誤魔化してくれるが、太朗はその度に上杉が犬仲間というだけでなく、自分よりも20も年上の大人の男で
あることを認識させられるのだ。
急に黙り込んで荷物を後部座席に押し込み始めた太朗を見て、上杉は失敗したかと苦笑した。
あまりにマイペースな太朗に対して、自分が好意を持っているんだと知らせる為に時折ちょっかいを掛けてきたが、まだまだ子供の
太朗にはそれは負担だったのかも知れない。
(まあ・・・・・待てるっちゃ、待てるけどな)
ガツガツしている若い時代ではないのだ。待つ楽しみというのもある。
それでも・・・・・。
「さ〜て、今度は俺の番だな」
「え?」
俯いたままだった太朗が顔を上げたのにホッとし、上杉は華奢なその身体をギュッと抱きしめた。
「ジ、ジローさんっ?」
「荷物持ちのご褒美に、タローに何してもらおうか」
「え?な、なんだよ!見返り要求する気なのっ?」
「お前が何時も言ってることだろ?『ただでしてもらおうとは思っていない。ちゃんと自分も相手に返す』って」
「そ、それとこれとは・・・・・」
「お・な・じ。さて、どこ行こうか、タロ」
「うそ〜!!」
家族連れで賑わうディスカウントショップの駐車場に、焦ったような太朗の声が響く。
何事かと振り向く人々の目に、爆音を轟かせて走り去る黄色の高級外車が目に入った。
end
「DOG DAYS」のタロとジローさんです。
本編が始まる前の閑話としてお楽しみ下さい。
ちなみに、「猫が鰹節の袋を〜」ってくだりは、うちの猫がした悪戯です。猫はやっぱり鰹節が好きみたい。