「ユキ!」
 一番に部屋の中に入ってきたアルティウスは直ぐに有希の姿を見付けて大股に歩み寄ると、有無を言わさずその細い身体をす
くう様に抱きしめた。
 「ア、アルティウスッ」
何時もならばアルティウスのストレートな愛情表現にもかなり慣れてきて、目に見える態度で返してもらうことが好きなアルティウス
に自分から抱きつく有希だったが、今は他の人の目もあるのでアルティウスの腕の中でむずがってしまった。
 「あ、あのっ、皆がっ」
 「ユキ!」
 珍しく嫌がる有希の態度に、アルティウスは眉間に皺を寄せる。
そして、その視線は有希の直ぐ傍にいた蒼に向けられた。
 「ソウ!そなた、またおかしなことをユキに吹き込んだのではないかっ?」
 「俺、そんなことしないって!」
 「アルティウス王、ソウに何を言うんですか」
 「ユキが私を避ける理由など他にあるか!」
既に怒りで頭が一杯になっているアルティウスに他の人間の声など聞こえない。
困ってしまった有希は、アルティウスの腕に手を置いて必死に宥めようとした。
 「アルティウス、待って、あのね」
 「その手を離してやりなさい」
 「何っ?」
 「ソウが言っていた俺様な暴君というのはそのままだったな。これほどに人の意思を無視する人間は初めて見た」
そう、厳しい声で言ったのは悠羽だった。



 「一国を統べる王たる者が、このような暴虐な真似をしてどうするつもりか。少し頭を冷やして参られるといい」
 「悠羽っ」
 きっぱりと言い切った悠羽は、自分の名を呼ぶ洸聖を振り返らず、自分よりも遥かに長身で大柄のアルティウスに睨みつけられ
ても一歩も引かないで立っていた。
(ユキがあれほど想っているのに、その気持ちを少しも信じておらぬなんて・・・・・許せない!)
自分の夫であるアルティウスのことをあれほどに大切に想っている有希の気持ちを聞いたばかりだからこそ、悠羽は身勝手に怒り
を撒き散らせるアルティウスが許せなかった。



 「すっげ〜、あのアルに一歩も引かないなんて」
 アルティウスの性格には慣れている蒼は、怒鳴られても聞き流せるくらいの気持ちだったが、こうして自分のことを庇う為にアルティ
ウスに意見を言ってくれる悠羽の気持ちは嬉しかった。
 「何だかやな男だよな〜。ラディがあんなに傲慢だったら、俺絶対傍にいない」
珠生が嫌な顔をして呟くのを聞いて、蒼はからかうように言った。
 「なんだ、結構ラブラブなんだ」
 「ラブラブって言うな!」
 「え〜、そうとしか聞こえないからさあ。あ、お前の方こそって言っても無駄だからな?俺とシエンは相思相愛のラブラブ恋人、い
や、夫婦だもん」
 「お、お前、恥ずかしくないか、そんなこと言って」
 「ううん。ね〜、シエン」
そう言った蒼は、シエンの腕にぶら下がるように抱きついた。
 「ソウ」



(うわ・・・・・見てるだけで胸焼けしそう)
 蒼を見つめるシエンの眼差しの柔らかさに、珠生は鼻の上に皺を寄せてしまった。
誰かとベタベタすることが苦手な珠生は、人前でこうしてくっ付く蒼を呆れて見てしまうが、男同士という違和感は不思議と無かっ
た。
(ちゃんと結婚もしてるって言うしなあ・・・・・ホント、日本じゃ考えられないよな)
 「なんだ、抱っこして欲しいのか?」
 「!」
 不意に耳元で声がしたかと思うと、珠生は後ろからいきなり抱きしめられた。
 「ラ、ラディ!何するんだよ!」
 「ん?お前の背中が寂しそうだったから」
 「嘘つくなーーー!!」
顔を真っ赤にしてそう叫んだ珠生は、足を振り上げてラディスラスの脛を蹴った。
 「いてっ」



(あれが、薬を使ってでも欲しかったという子か)
 妙に話が合ったラディスラスの想い人がどんな相手か興味を持っていた洸竣は、ラディスラスに掴まったままギャーギャー騒いでい
る珠生を見つめた。
確かに綺麗な顔立ちをしているが、相当に気が強いように見える。
(私には少し・・・・・手に余るかな)
人の趣味はそれぞれかなと思いながら、洸竣は部屋の隅に座っていた黎を見つけてにっこりと笑いながら近付いた。
 「黎、意地悪はされなかった?」
 「あ、はい、全然。皆さん優しくしてくださって・・・・・」
 「そう、それは良かった」



(洸竣様が黎を想っているというのは・・・・・まことなのか)
 洸竣の言葉を疑うつもりは無かったが、サランは本当に王子が召使に好意を抱くことがあるのだろうかと思っていた。もちろん、た
だの閨の相手としてならば、召使に手を出す高貴な身分の人間はいるだろうが、まさかこの黎にそんなことを求めて・・・・・。
(いや、それはないと思うが)
 「サラン」
 「・・・・・洸莱様」
 「なかなか会えず、どうしているかと思っていた。・・・・・元気そうだ」
 「はい」
 真っ直ぐに自分を見つめてくる洸莱に、サランはどうしても視線を合わせることが出来ない。
自然と目を伏せてしまうサランを、洸莱はじっと見つめていた。



 「昂也!」
 「トーエン!」
 久しぶりの再会に、昂也と龍巳はガバッと抱き合った。
 「何だよ、元気そうじゃないか」
 「とーぜんじゃん!」
どんな生活を送っているのか全く分からなかった昂也の元気な姿を見た龍巳は安心したように溜め息をつくと、昂也の隣に立って
いた碧香を見て目を細めた。
 「碧香と話した?」
 「うん!アオカ、すっごく俺のことを心配してくれてさ、優しいよな?」
 昂也が振り向くと、碧香はどうしていいのか分からないようにいいえと小さく言った。
大人しく、控えめな性格だと分かっている龍巳は遠慮する碧香を微笑ましく思ったが、つかつかと近付いてきた紅蓮がいきなり昂
也の腕を掴みあげた。
 「なっ、何すんだよ!」
 「兄様!」
 「おいっ」
 身長差があるので、昂也は爪先しか地に着いていない不安定な恰好になってしまった。
 「お前、碧香に何もしておらぬだろうな」
 「あんた馬鹿っ?何もしてない相手に何するって言うんだよ!」
 「・・・・・人間の言うことは信用出来ぬ」
 「お止めください、兄様!兄様がコーヤになさったこと、私は許すことは出来ません!」
 「碧香・・・・・」
大人しい弟の激しい非難の言葉に、さすがの紅蓮も口を噤んでしまった。



 騒がしい人々の間をぬって、稀羅は莉洸の側に行った。
 「莉洸」
 「あ、稀羅様っ、悠羽様が!」
 「・・・・・」
(全く、あれほどに感情がぶれている王などいるのか?)
莉洸が悠羽のことを心配しているのが分かった稀羅は、仕方なさそうに騒ぎの中に割って入った。
 「おい、いい加減にしたらどうだ?一国の王として恥ずかしい」
 「何っ?」
 自分よりも小さな悠羽相手ではさすがに手を出すことも出来なかったが、自分の相手として遜色の無い稀羅相手ならば存分
に暴れることが出来る。
そう思ったのか、アルティウスはじりっと足を踏み出そうとしたが・・・・・。
 「アルティウス!いい加減にして!意味の無い喧嘩なんかしたら、僕は蒼さんのところに行きますよ!」
 「ユ、ユキ」
きっぱりと言い切った有希を前に、アルティウスの気勢はたちまちのうちにそがれていく。
結局、自分の伴侶には弱いのだなと、稀羅は呆れたような視線を向けた。



 「なんだ、終わっちゃったのか」
 千里は怒ってしまった有希を宥めるアルティウスの姿に、面白くなさそうに呟いた。
痴話喧嘩というのは自分がするよりも見ている方が遥かに楽しい・・・・・いや。
(お、俺のは痴話喧嘩にもならないけど!)
 「ちさと、友は出来たか?」
 「皆友達だよ。同じ様な境遇の奴もいるし」
 「同じ?」
 「無理矢理押し倒された奴」
 「無理・・・・・」
自分が何をしたのか分かっているのか、少し言葉に詰まった様子の昂耀帝に、千里はざまあみろと思ってしまう。
そして、更に言葉を継ごうとしたが・・・・・。



 「レンさん!会いたかったあ!」
 「キア!

 「!!!」

いきなりレンに飛びついたキアは、そのまま自分から唇を合わせていく。
音が鳴りそうなほどの熱烈な口付けを交わす2人(匹)に、その場にいた全員は思わず息をのんでその光景を見つめてしまった。







【ようやく、11組、22人は落ち着きを取り戻してその場に円座に座った。
お互いが隣同士、見交わす視線が熱い者達がいると思えば、少し剣呑な輝きを持つ者もいる。

それでもなんとか全員が揃ったので、お互いがお互いの惚話を始めることになった・・・・・・・・・・。】







 「え、え〜っと、変なとこ見せてごめんなさい。アルティウスは普段とても優しいんだけど、少しだけ気が短くて・・・・・アルティウス、
皆さんに、ね?」
 「・・・・・気にしないでくれ」
 有希に促されても素直には謝罪の言葉を言わないアルティウス。それでも、彼にとってその言葉が十分謝罪なのだと、その場に
いた者達にはよく分かった。
 「気にするでない。言葉の行き違いというものは誰にでもあることだ」
儚げな有希の面影を好ましく思ったのか、昂耀帝が何時に無く優しい言葉を掛ける。
その言葉の響きに、千里は面白く無いと思った。
(彰正の奴、誰でもいいっていうのかっ?)
 「ちょっと、あんた、デレデレし過ぎ。こっちの可愛い子ちゃんが妬きもちやいてるぞ」
 「お、俺は別にっ」
 「ほら、可愛い顔に皺が寄っている」
ラディスラスは笑いながら千里の頬をするっと触った。
変わった服装をしているものの、その面影はすっきりと整っていて十分綺麗だといってもいいだろう。可愛いと表現出来る珠生とは
また違うなと感心していると、その膝をギュウッと指で捻られた。
 「いてっ、タマ、痛いだろーが!」
 「ラディがにやけてるから戻してやっただけ」
 「何だ、妬いてるのか?」
 「妬くわけ無いだろ!バカ、バーカ!」


 「やっぱり、タマってそいつのことが好きなんだ」
 あれほどラディスラスが勝手にとか、無理矢理にとか言っていた珠生だが、2人の様子を見ているとどうしてもデキているとしか見
えず、蒼は悪戯っぽく笑いながら言った。
 「照れ屋だなあ、タマは」
 「タマタマ言うなよっ。お前だって、デレデレし過ぎ!まあ、その人が優しそうだっていうのは分かるけど」
 「ありがとうございます」
シエンが笑いながらそう答えると、珠生は恥ずかしそうに俯いてしまう。
そんな様子を見て、ラディスラスと蒼は面白くなかった。
 「なんだよ、タマ、俺だって何時も優しくしているだろーが。足りないのか?ん?」
 「シエン、タマにあんまり笑い掛けたら駄目だって!あの妬きもちやきの男が黙っていないよ!」
 「それもそうだな、薬さえ使おうと言うような男だし」
 「薬?」
 「おいっ」
 面白がる洸竣に、ラディスラスは睨みを効かせた。こんな所で珠生に薬のことがばれてしまっては、この先同じ手が使えなくなって
しまう。
 「それ以上言うと、あんたの可愛い子にも言うぞ?」
 「・・・・・な、何ですか?」
突然視線を向けられてしまった黎は、途惑ったように首を傾げた。
 「・・・・・何でもないよ、黎。おい、それ以上言うなよ?」
 「お互い様」
 「何だよ、自分達ばっかり分かって!」
 「大人の話」
ラディスラスは珠生の追求をその一言でかわしてしまった。



 「先程は失礼したな、頭に血が上っていたのは私も同様だったようだ」
 改めてという風にアルティウスに頭を下げた悠羽に、有希がこちらこそすみませんと謝った。
お互いの伴侶が頭を下げる中、アルティウスに向かって洸聖がこれだけは言わねばと口を開く。
 「王たるもの、何時いかなる時も冷静沈着でなければならない。いずれ王位を継ぐつもりも私も出来るだけそうなるようにと心掛
けているが、既に王位に着いているあなたはもっとその自覚を持っていた方がいい」
 「・・・・・」
アルティウスの腕がピクッと動いたが、直ぐにその腕を有希が押さえた。
 「洸聖様」
 「すまなかった、悠羽。そなたが意見する前に、私が一歩踏み出さなければならなかったのに・・・・・」
 「人間とは勝手だな」
 「!」
 急に話に入ってきた男を振り返った悠羽は、その赤い目に驚いて目を見張った。
そして、直ぐに稀羅の姿を振り返る。
(同じ赤い目なんて・・・・・血が同じ?)
 「莉洸様」
莉洸にその事実を訊ねようとした悠羽は、莉洸も驚いたように2人を交互に見つめていることが分かった。
その視線に気付いた稀羅が男・・・・・紅蓮を見つめ、紅蓮も、稀羅を見つめてきた。



(私と同じ瞳・・・・・気付かなかったな)
 しばらく同じ部屋にいたというのに、なかなか自分達と目を合わせなかった男の目の事にはたった今気付いた。
呪われた血といわれている自分だが、目の前の男も同じような迫害を受けたことがあるのだろうか・・・・・。
 「私は、お前とは違う」
 「何」
 「私のこの目は、誇り高い竜王の魂の色。人間などと同じにするでない」
 「・・・・・そちらこそ、先程から何度も人間などと言っているが」
 「・・・・・」
 「私が、竜などと・・・・・と、言って良いのか?」
 「・・・・・」
張り詰めた空気が2人の視線の間に漂う。
一触即発の空気の中、それを壊すように笑い声が響いた。
 「ははは!すっげ、グレン、今のお前が一本取られたな」
 「コーヤ・・・・・」
 「人間界にはさ、自分が言われて嫌なことは人には言うなって言葉があるんだ。お前、今嫌な気持ちになっただろ?俺の気持ち
が分かった?」
 「・・・・・」
 「兄様、昂也の言う通りです。人間と竜人、どちらにも短はあるでしょうが、長も・・・・・必ずあるはずです」
 「・・・・・弟に諭されてどうするんだよ」
ポツリと言った龍巳を睨むものの、紅蓮はそれ以上何も言うことが出来なかった。



 「人間って、ホント大変そう」
 紅蓮とは全く同じ言葉なのに、全く意味は違う言葉を言ったのはキアだった。
その言葉を聞いたサランが、静かにキアに聞いてみる。
 「何が大変だと思うんですか?」
 「だって、気持ちと言葉が全然違うんだもん。僕なら、レンさんが好きって思ったら好きってしか言わないよ?色んな難しいことを
考えるよりも、思ったことを言う方が簡単だし、ね?」
キアは自分の隣にいるレンを見て言った。
ずっと手を握り合っている2人。キアはともかく、レンは見た目は禁欲的な感じがするが・・・・・そう思いながら、サランはキアの話を
思い出していた。
(そうか・・・・・彼は経験は豊富なのか)
 「・・・・・」
サランは、チラッと視線を洸莱に向けた。
歳はレンと同じくらいに見えるし、雰囲気も似ている・・・・・が、彼は多分、何も知らないだろう。それは性的なことも含めて、人間
の裏のことも・・・・・だ。
(この方には・・・・・このままでいて欲しいな)
綺麗な背中で真っ直ぐに立っている・・・・・洸莱のそんな姿をサランはずっと見ていたかった。



 「なんか、こいつお姫様ごっこしてそうだよな」
 「あ、俺もそう思った」
 ラディスラスに妬きもちをやいていると思われたくない珠生は、必死で話題を変えようと側にいた蒼に千里を指差しながらそう声を
掛けた。
すると、蒼も直ぐに同意してくれ、他の者達も何々と寄ってくる。
 「だから、帯をクルクルって、あ〜れ〜ってやつ」
 「お代官様止めて〜って?」
直ぐに昂也がそう言って、自分の言ったことに笑い出した。
 「でも、あの時代の着物と、今千里さんが着ている物って違いますよ?」
 「え?」
 有希の言葉に、一同はいっせいに千里を振り返る。
 「な、何だよ?」
 「ちょっと見せて」
 「や、ちょ、駄目だって!」
こんな所で脱がされてはたまらないと、千里は慌てて立ち上がったが、あまりに慌てたのか自分の着物の裾を踏んでしまい、そのま
ま豪快に倒れてしまった。
 「ちさと!」
 派手に裾は捲れてしまい、白い足が剥き出しになる。
そんな千里を人目から隠すように、昂耀帝は慌ててその身体を抱き寄せた。










 甘い菓子を食べ、濃いお茶を飲み。
色んな話をして、笑って、叫んで、怒って、喧嘩して。
それでも初めて会った時のギスギスした雰囲気は消え(一部には残ったままだったが)、何時の間にか庭は茜色に染まっていた。



 「時間だな」
 昂耀帝がそう言うと、パッと顔を上げた千里は振り返った。
まだまだ話したいことはたくさんあるが、もうこの一緒にいる時間は終わってしまう。
 「ちさと」
 「・・・・・分かってる」
これだけの短い間でも、会えて、話が出来てよかった。
千里は歪みそうになる顔に何とか笑みを浮かべて立ち上がった。
 「じゃあ、またね」
 再び会えるという確信は無いが、さよならと言うのは嫌だった。
そんな千里と同じ気持ちのまま、有希と蒼が手を差し出して3人で握手をした。
 「違う世界だけど、一緒に頑張ろうな」
 「また、会いましょうね」
 「うん」



 有希と蒼が、それぞれアルティウスとシエンに肩を抱かれて去って行くと、次に悠羽が目の前に立った。
 「邪魔をしたな。楽しかった」
 「ありがとうございました」
悠羽と莉洸の言葉に合わせる様に、黎とサランも頭を下げ、それぞれの恋人達と共に立ち去る。
 次に、昂也と碧香がやってきた。
 「そっちも大変そうだけど」
 「変なもの食べてお腹壊すなよ」
 「サンキュー」
 「楽しかったです。ありがとうございました」
 「トーエン、途中まで一緒にいこー!グレンなんか置いてっちゃえ」
 「はは、それ、さんせー」
散々に言われながら、それでも紅蓮は3人の後ろに付いて歩いて行った。



 「ありがと、お兄さん」
 「・・・・・色々、程々にな」
 何をと言うのはさすがに言えなくて口篭ると、キアは首を傾げながらもは〜いと元気に応えた。そんなキアを腕にぶら下げるように
して、レンは軽く頭を下げて行く。
 そして・・・・・。
 「その服、なかなか色っぽいな」
 「ラディ!セクハラ!」
最後に残った珠生はラディスラスを睨みつけたが、ちらっと千里の後ろにいる昂耀帝を見て小さく呟いた。
 「この人も、十分セクハラ男だよな」
 「同感」
三日連続という妻問いのことを念頭に置いての言葉だろうが、今度は千里も言い返さずに珠生と顔を見合わせて笑った。
 「じゃあな」
 「おう」
軽く手を振って、珠生は背中を向けた。
擦れ違いざま、自分にウインクして去っていくラディスラスに、千里はべーっと舌を出して・・・・・笑って見せた。










 あれだけの人間がいっぺんに消えてしまうと、部屋の空気さえ冷えてしまったような気がする。
まだ置かれていた饅頭を手に取った千里は、無言のままパクッと一口口にした。
 「寂しいか?」
 「・・・・・」
寂しいとか、寂しくないとか、言葉を出すだけでも億劫な気がするが、千里はゆっくりと振り返ってそこにいる昂耀帝を見つめた。
 「ちさと」
 「・・・・・」
自分の名前を呼んでもらえるのが嬉しい。
そんな風に気弱に思うのは今日だけだと言い訳しながら、千里は昂耀帝の着物の裾を握り締めたまま離さなかった。




                                                                    終演




                                              






ノロケ話、顔見せ編です。いかがでしたか?

人数が多いと大変だということがよく分かりました(苦笑)。今度何かする時は人数絞らないと。