緒方&篤史編





 「・・・・・落し物、ですか」
 「ああ」
 とても一般市民とは思えないほどの、堂々とした態度。
警官である自分の前でこれ見よがしに長い足を組んで見せるのも、わざと怒らせようとしているのが見え見えだ。
篤史はそれに引きずられまいと、机の上に調書を広げながら出来るだけ淡々と言った。
 「で、どこで何を拾ったんですか?」




 東京23区のとある町の交番にいる、町のお巡りさんの関谷篤史(せきや あつし)。
去年の春にこの町の交番に勤務するようになったまだまだ新米の警察官だが、既にこの町の住民にはすっかり受け入れ
られていた。



 「昨日、ここで」
 「・・・・・ここで?」
 篤史の手が止まる。
(いったい何を見付けたんだ・・・・・?)
 「こんなものを」
 「あ!」
机の上に置かれたのは、手帳を破ったような紙切れだ。それには・・・・・思いっきり見覚えがあった。
 「・・・・・どうやってこれ・・・・・拾ったんですか」
 「ん〜、黙秘」
にっと笑って肘掛に肘を付いた男・・・・・緒方は、呆然とする篤史を楽しそうに見つめた。



 緒方竜司(おがた りゅうじ)・・・・・出会いが最悪なセクハラ男の正体は、警視庁の警部だった。
篤史の管轄内でヤクザの麻薬取り引きを張っていた緒方に偶然出会って、なぜかキスされて、さらに付きまとわれるよう
になってしまった。
見掛けは、かなりいい男だと思う。
しかし、性格的にはかなり怪しい緒方と関わり合いになるのは嫌だったが、相手は仮にも自分より身分が上で、立場的
には逆らえない。
 忙しいはずなのに頻繁に交番に遊びに来る緒方をとにかく追い返すようにはしているものの、その篤史の焦りを緒方は
かえって楽しんでいるように思えた。



 「・・・・・」
 目の前にあるのは、11桁の数字の走り書き。
間違いなく目の前の緒方が書いて自分に渡してくれたものだった。

 「携帯変えたんだ。お前の番号を一番に入れてやるぞ」
 そうしてくれと言ったわけでもないのに、緒方は携帯を買い変えて交番にやってきた。
なんで教えないといけないのかとも思ったが、プライベートの番号を教えないと帰らないとダダをこねられ、行き交う町の知
り合いにその様子を見られて篤史は折れて番号を教えた。

 なぜかその後交番に遊びに来たもう1人の迷惑な人物、フリージャーナリストの本郷真紀(ほんごう まさき)が、なぜ緒
方が携帯を買い換えたのか、聞きたくもないのにそのわけを教えてくれた。
どうやら緒方の携帯のメモリーの9割が女で、そのほとんどと関係を持っていたらしい。
特別な相手を作るのが面倒臭いと、そのほとんどはほぼ1回きりの関係でいたらしいが、相手の女は緒方の容姿とセック
スの巧みさで、何とか本命の恋人にと頻繁に電話を掛けてくるらしいのだ。
 相手の番号を着信拒否にしたり、いっそ番号やアドレスを消去すれば早いのだろうが、面倒臭がりな緒方はそんな手
間も惜しんでいたらしいのだが・・・・・。

 「どうやら、本気で落としたい相手が見付かったようだし」

・・・・・それが誰だとは聞きたくなかった。
ただ、その相手の為に、緒方は何百件も番号が入っている携帯をあっさり廃棄してしまったというわけだ。



 その新しい携帯の番号をまだ覚えていないからと、手帳に書いて篤史に手渡したのが昨日。
それを気付かないふりをして、篤史がゴミ箱に捨てたのも昨日。
その紙片が、なぜ緒方の手にあったのかが不思議で不気味だった。
 「・・・・・」
 「あっちゃん」
 「・・・・・」
 「落し物を届けたご褒美は?」
 「あ・・・・・」
 とても緒方が欲しがるものとは思えないが、篤史は慌てて机の上に置いてあった缶の中から飴を取り出した。
一瞬鷲掴みにしたが、思い直して1つだけ摘み直すと、ちろっと緒方を見上げながら差し出した。
 「・・・・・どうぞ」
 「ありがと」
緒方は目を細めてそれを受け取り、そのままポケットに入れて立ち上がった。
 「あ、あの?」
 まさかこのまま素直に帰るとは思わなかった篤史は途惑ったように緒方を見つめたが、緒方は軽くウインクする。
様になっているのが返って嫌だ。
 「まあ、俺も少しは忙しくてね」
 「・・・・・そうですか」
(それなら来なくていいのに・・・・・)
一応見送った方がいいかと立ち上がった篤史に緒方は言った。
 「それの落とし主、きっと見付かるな?」
 「・・・・・多分」
 「届けた甲斐があった」
そう言い残して緒方は交番から出て行く。
せっかく届けてもらった落し物を無下には出来ない『お巡りさん』の篤史は、机の上に置かれた紙片を持ち上げて・・・・・
溜め息を付きながら自分の胸ポケットに入れた。





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