人間に愛される天使と。
人間に忌み嫌われる悪魔。
悪魔は人間を堕落させ、暗闇の中に引きずり込もうとする存在で、天使は清らかな人間に自愛の精神を与える存在。
だが、光があって影があるように、影が無ければ光は輝かないのだ。






 世界各国に散っている悪魔。
だが、実際に人間の世界で暮らしている悪魔は1000人いるかどうかの、本当に希少な存在だった。
 一見して普通の人間とは変わらない容姿をしている彼らが一番好むもの・・・・・それは人間の魂だと人間達は言うが、正しくは
そうではない。
悪魔は人間の喜びや楽しさなど、温かい正の気を好むのだ。
だからか、その正の気を吸う事で楽しく嬉しい気持ちが減ってしまう人間は、悪魔は悪い存在だと思うようになり、反対に人間の
憎しみや悲しみ、恐怖の気持ちを好む天使は、人間が悪いことを思い付いた時や死ぬ間際に現れて、大量に心を占めているそ
んな思いを乱雑に喰らう。
悪食なくせに、負の気を消し去ってくれる良い存在だと、人間は天使を良く思っている。

 ライカは理不尽だと思っていた。
悪魔はけして人間の魂を邪悪に染めてしまうわけではなく、優しく穏やかな存在であるのに、どうしてそんなにも嫌われてしまうのだ
ろうか分からない。
通常の口から食べる栄養はもちろんあるのだが、人間の気はそれとは別格のように美味しいのだ。
死んでしまうほど食べるわけではないのだから、少しくらい分けてくれてもいいのではないかと思うのに、それが偶然人間にとっても
失いたくない温かな思いなので、悪魔は嫌われていく一方だった。

 まだライカは500歳にも満たない悪魔で、人間の年齢にすればせいぜい16,7歳くらいだ。
取っている容姿もそんなものだが、日々人間の正の気を吸っている悪魔の容姿は、まるで闇の中の月の様に密やかながらぱっと
目を惹くほど美しい。
嫌われる存在の悪魔が醜い姿というのは、単に人間がそう思い込んでいるだけのことだ。
 ライカは180近い身長(これでも悪魔の中ではまだ低い方だ)に、華奢ながらしなやかでバランスの良い肢体と、艶やかな漆黒
の髪とゾクッとするほどに力を持つ黒水晶のような瞳を持っている。
容姿にもやはり美しさを求める悪魔。
ライカはもう少し大人っぽい容姿の方が良かったが、これから先まだ何百年、何千年と生きていくのだ、やがて自分の理想の容
姿になれるだろうと思っていた。



 そんな、まだ半人前にも満たないライカは、人間界の日本という国にいた。
とても狭い場所に、ギュウギュウに押し込まれて生きている者達。
幸いここの人間はライカと同じ黒髪に黒い瞳の者が多く、ライカの容姿が奇異に映ることは無いようだし、人に無関心なのかライ
カがどんなに人の気を吸う為に近付いても気にとめようとしない。
 それはそれで都合がいいのだが、反面とても美味しい正の気を持っている者も少なく、ライカはそろそろこの日本という国を離れ
ようかとさえ思っていた。



 今日も、ライカはお腹を空かせて街の中を彷徨っていた。
もう何日も人間の気を口にしていなかったからだ。
(本当に、近頃の人間は夢が無い)
口が肥えているという自負のあるライカは、いい加減なところで手を打って不味い気を喰らうのは嫌だった。
(今日もまた駄目かな・・・・・)
 これで二週間だと思い掛けた時、ライカは目の前から歩いてくる1人の人間に目を止めた。
 「うわ・・・・・」
悪魔のライカの審美眼でも極上と言える容姿だ、人間達も誰もが思わずというように振り返って見ている男。
隙の無いスーツ姿に自信有りげな表情・・・・・きっとこの人間は成功者なのだろうと思った時、ライカはこの男の気はどんな味がす
るのかと食べてみたくなってしまった。
(絶対、美味いはずだけど)
 人生に成功している者は、その心にもきっと余裕があるはずだ。この目の前の男なら、尚更。
ライカは久々にそそられた相手に、トコトコと近付いていった。



 「ね、少しだけ時間くれる?」
 ライカはいきなり男の腕を掴むとそう言った。
相手は初めは絶対に怪訝そうにするが、ライカの容姿を見ると手の平を返したかのように笑みを浮かべる者ばかりだ。
それが自分の容姿のせいだと十分分かっているライカは、おそらく自分が一番魅惑的に見える眼差しで男を見上げた(悔しいが
ライカよりも頭半分ほど背が高いのだ)。
 「・・・・・」
 「駄目?」
 男はスタイリッシュな眼鏡越しにじっとライカを見下ろしていた。
駄目だと言われるはずがないと自信を持っているライカは、早く頷けと心の中で叫んでいた。
(でも、間近で見ると本当に綺麗な男だな・・・・・)
いったいこの男の気はどんな味がするんだろうとワクワクしていた時、男の口元が僅かに綻んだ。
 「いいぞ、付き合おうか」
甘く響く、いい声だった。



 お腹が空いていたライカは、過ぐ近くの路地でも全然構わなかった。
人間の気を吸う時はその首筋に歯を立てるだけだからだ。
実際に血を吸うわけでもなく、歯を抜いたらその傷は直ぐに消えるのだが、はるか昔悪魔のそんな食事方法を見た人間は吸血鬼
という別の存在を生み出した・・・・・とは、ライカも仲間から聞いたことがあった。

 「ねえ、どこまで行くんだよ」
 そんなことをつらつら考えていたライカは、男が自分の手を取って勝手に車(どうやら近くに待たせてあったらしい)に乗ったので思
わず睨んでしまった。
自由気ままな性質の悪魔は、相手に命令されたり従わされたりすることが嫌いなのだ。
(この男・・・・・失敗だったか?)
幾ら見目の良い成功者でも、あまり合わない相手なのかもしれない。
本来ならこれだけライカが側にいれば、その魅惑的な芳香に言いなりになってもおかしくは無いのに、どうやらこの人間は悪魔の魔
力というものがあまり効かないタイプのようだ。
(面倒だな)
 止めた方がいい・・・・・そんな野生の本能がして、ライカはじっとバックミラー越しに運転手を見る。
 「無駄だ」
不意に、男が言った。
先程も思ったが、誘惑する側の悪魔であるライカの腰が震えそうなほどにいい声だ。
 「え?」
 「お前の魔力は私達には効かない」
 「・・・・・え?」
(な・・・・・に、言ってるんだ?)
 狭い車の中で思わず身を引きそうになったライカだが、男はその身体を逃がすまいとするように手を伸ばして腰を捉えた。
 「!」
先程まで眼鏡に隠れて全く見えなかったが、男の瞳は輝く金色だ。
 「お、お前、まさか・・・・・」
人間の中に、これ程に見事な金色の目をしている者はいないはずだ。
だが、ライカは自分は実際には見たことが無かったが、こういう色の瞳の存在があることを仲間から聞いていた。
 「まさか・・・・・天使?」







 人間界に来て100年。
クラウディオは退屈して仕方が無かった。
神の・・・・・というか、上司の命令で、人間界に降りてくる悪魔の監視という役を仰せつかったものの、悪魔自体の数はごく限られ
ているし、何より自分の手を煩わすほどに力も無い。
 人間は悪魔を事の他恐れているが、実際の悪魔は自分から人間に襲い掛かることは滅多になく、堕落に貶めることなど皆無
だ。
ただ、人間の正の気を喰らうだけなのだが・・・・・誘惑するに足る容姿の悪魔に心を奪われて、人間の方が勝手にその人生をど
んどん落としていくのだ。
 クラウディオ自身はそれは悪魔のせいではないとは思うが、命令には従わなければならない。
だが、この日本という地で悪魔を見かけたのはほんの2人。
力を使うことさえないほど弱いそれのせいで、退屈凌ぎにやってみた人間の商売は上手く行き過ぎるほどいってしまい、今やクラウ
ディオは青年実業家として高名になってしまった(年齢は非公開だが)。
そろそろそんな生活に飽きたクラウディオは、日本から場を移そうかと考え始めていた。

 そんな時、街中で強烈な悪魔の気を感じ取った。
強烈といっても魔力が高いというのではなく、芳香が・・・・・つまりはその悪魔自身の魅力が強いのだ。
直ぐに車を止めてその姿を捜すと、それほど苦も無くその姿は目に捉えることが出来た。
(これは・・・・・綺麗だ)
 最上の存在である天使が悪魔を綺麗だと賞賛するのもおかしいが、実際にその悪魔は今まで見たどの悪魔よりも、そして天
使よりも美しい容姿をしていた。
悪魔特有の黒い髪と瞳。
しなやかな体付き。
透き通るほど白い肌。
 「・・・・・」
 急に、ゾクリと身体が震えるような気がした。
そして、これが欲しいと、クラウディオは今までに感じたことが無い強烈な欲望を感じたのだ。



 「ね、少しだけ時間くれる?」
 愚かな悪魔はクラウディオを人間と思って誘惑してきた。本当にただの人間ならば、一瞬で堕ちてしまうだろう魅惑的な目を向
けて。
悪魔の好物は人間の正の気だ。おそらくクラウディオの事を人生の成功者だと思って近付いたのだろうが、これはクラウディオにとっ
ても都合が良かった。
 「いいぞ、付き合おうか」
 そう答えて、有無を言わせず車に乗せて。
その時ようやくその悪魔は不審に思ったようだ。
(もう、遅い)
人間の姿をとっているのでいきなり翼を出して逃げることは出来ないらしく、悪魔は姑息にも運転手に術を掛けようとした。
しかし、運転手も自分の部下である天使なので、こんな下級悪魔の術など効くはずが無かった。
 「まさか・・・・・天使?」
 悪魔が急速に恐怖を感じていくのがよく分かる。天使にとっては甘い甘い感情だ。
悪魔は自身の魅力で相手を虜にするが、実際の攻撃力はほとんど無いに等しい。

悪魔は、絶対に天使に勝てないのだ。

 「お、俺をどうするんだよっ」
 「・・・・・その言葉遣いはあまり感心しないな、下品だ」
 「そんなの勝手だろ!」
 「・・・・・」
 確かに、それはこの悪魔の勝手かも知れないが、これから自分の側に置くものの躾はきちんとしておいた方がいいはずだ。
(・・・・・そうか)
クラウディオはようやく、その悪魔を自分が欲していることに気付いた。
退屈で仕方が無かった自分の目の前に、強烈な気を放って現れたまだ幼い悪魔。
人間界で出会った悪魔をどうするのかはその天使の裁量なので、この目の前の悪魔を自分のものにしたからといってどこからも問
題は出ない。
 いや、ただの愛玩物ではなく、その身体さえ味わおうとするのなら多少は問題かもしれないが。
(だが、私に忠告をする天使などいないしな)
かなり高位な天使であるクラウディオに意見を言えるのはほんの数人・・・・・そして彼らも、クラウディオと同じ様に一風変わった者
達ばかりなので、今回のクラウディオの行動を褒めこそすれ、非難することは無いだろう。
(ようやく退屈凌ぎが出来るかもしれない)
そんな面白い存在を、クラウディオが手放すはずが無かった。






 いきなり高級なホテルに連れ込まれ、大人が4,5人横になれそうな広いベッドに押し倒され、ライカは全く抵抗出来ないまま
丸裸にされてしまった。
 「なっ、何するんだよ!」
 「・・・・・」
 「お、お前ら天使と違って、俺は奥ゆかしい悪魔なんだ!人前で肌なんか見せられるか!」
 「・・・・・では、今まで誰にもその肌を見せたことが無いのか」
 「当たり前だ!」
(スケベ天使めっ、俺の上からどけよ!)
ライカとしては目一杯威嚇しているつもりだったが、目の前の天使(らしい男)は目を細めて自分を見下ろしている。
その態度が余裕綽々に見えて更に頭にくるのだが、全裸の上から相手に圧し掛かられた格好では反撃さえままならなかった。
 「どけってば!」
 「名は?」
 「はんっ、お前に言う名前なん・・・・・ぐっ」
 フンッと顔を逸らそうとすると、ライカの細い首を天使の大きな手が掴んだ。
そのまま少しでも力を入れれば、ライカの細い首など呆気なく折れてしまいそうなほどの強い気を感じ、ライカの顔は一瞬で真っ
青になった。
 「名は?」
 「・・・・・」
 「どうした、言葉を知らないのか?」
 「・・・・・ライカ!」
悔しくて仕方が無いが、ライカは叫ぶように自分の名を口にした。
悪魔である自分が死ぬということは考えたことが無かったが、それでも恐怖というものをまざまざと見せ付けられたような気がしたの
だ。
(くっそ〜!!)
こんな情けない姿は、仲間の誰にも見せられなかった。






(・・・・・いいな)
 悪魔の身体をこれ程じっくり見たのは初めてだったが、クラウディオはこれ程に美しい身体を見たのは初めてだった。
見た目よりははるかに逞しい身体である天使とは違い、悪魔は全体的に小作りで華奢だが、そのしなやかな身体の線は思わず
触れてみたくなるほどに蠱惑的だ。
数も数えたことが無いくらい人間の女も抱いてみたことがあったが(天使も悪魔も、基本は男性形)、目の前の悪魔はそのどの身
体よりもクラウディオの目を楽しませる。
いや、どんな感情も律することが出来るはずの天使の自分が、この身体を目の前にして自然と高ぶってきたくらいだ。
(さすが悪魔・・・・・誘惑の種だな)
 こんな魅力的な相手なら、人間ならば身を滅ぼしても仕方が無い。
クラウディオは笑いながらゆっくりと口付けをした。
 「!」
全く反応が返ってこない。
(身体を見られるのは初めてだと言っていたが・・・・・)
 そういえば、悪魔はこういった肉体を重ねるといった行為をしないということを聞いたことがあった。
精神的な愛情で十分満たされる悪魔にとっては、その行為・・・・・人間はセックスというが・・・・・は、ほとんど意味が無いものらし
い。
これ程に魅惑的で、感じやすい身体を持っているのに、それを使って楽しむこともしないとは、悪魔とはなんと愚かな生き物だろう
かと思った。
 しかし、考えればそれは、この身体を自分用に変える事が出来るということだ。
(ああ、それも楽しいな)
この生意気で愚かで綺麗なものを、自分だけのものにする。
それはきっと今頭の中で思うよりも楽しいことだろう。
 「んんっ」
 長い舌を強引にライカの口腔内にすべりこませ、思う存分中を犯す。
その唾液さえ甘いのだ。自分の身体の下で震えながら半勃ちになっている男の証から零れる蜜はどれ程に美味しいだろうか。
そして、その奥の、男性体同士が繋がり合う事が出来る唯一の場所は、どれ程狭く熱いのだろうか。

 クチュッ

 艶かしい水音をさせて唇を離すと、顔を真っ赤にしたライカがそれでもきつく自分を睨んでいる。
直ぐに快感に溺れてしまう人間とは違うその反応に、クラウディオは低く笑った。
 「じっくり、食べさせてもらおうか」
 「な、なんだよ・・・・・っ」
無意識に逃げようとするライカの男の証を強く握り締めると、そのまま握り潰されると思ったのかライカが小さな悲鳴を上げる。
 「お、俺をどうする気だよ!」
 「お前を喰らうんだ、ライカ。今からお前は私のものだ」






(お、俺を喰らうっ?)
 その意味が、ライカにはまだ良く分からない。
自分が人間から気を喰らうように、目の前の天使も悪魔である自分の気を喰らうというのだろうか。
(そ、そんなこと、許されるはずが・・・・・!)
 「や、やめろ!」
 「大人しくしろ、ライカ。お前に気が狂うほどの快楽を与えてやるのだからな」
 「・・・・・っ」
真上から、再びゆっくりと金の瞳が、端正な顔が近付いてくる。
恐ろしくてたまらないはずなのに、ライカはなぜかその輝く瞳から目を離すことが出来なかった。

 「美味そうなお前を、跡形も無く喰らってやろう」





悪魔は絶対に天使に勝てない。


そんな事は無いと否定していたはずのその意味を、ライカは今から身を持って知ることになろうとは想像もしていなかった。





                                                                       end






天使×悪魔 人間界で悪さをしていた悪魔が、人間に扮していた天使に(天使と気付かず)ちょっかいをかけてしまう 。
読みたい話でリクエスト頂いた話です。
内容は少し変わってしまいましたが、一度は書いてみたかった天使話。でも、やっぱり中途半端になっちゃいました(汗)。