尾嶋&洸編





 やっとマンションに帰ってきた尾嶋和彦(おじま かずひこ)は、オートロックのドアが閉まる音に無意識に溜め息をついた。
専務秘書という肩書き以外に、秘書室長も兼ねている尾嶋の日常はかなり忙しい。
 「・・・・・」
 尾嶋はそのまま自分の部屋の隣のドアを開けた。
 「・・・・・洸(こう)?」
真っ暗な部屋の中、愛しい子供の姿は無い。
尾嶋はそのまま部屋を出ると、リビングに向かった。
(・・・・・いない?)
時刻は既に午前0時を過ぎている。
何時も先に眠っているようにという尾嶋の言い付け通り、普通洸は尾嶋の帰りを待つことなく眠っている。
本当は起きて待っていたいのだろうということも分かっているが、恋人と同時に叔父で保護者という立場の尾嶋は、高校
生の洸の生活を出来るだけ乱したくは無かった。
(どこに行ったんだ?)
 キッチン、バスルーム、トイレ。
狭くはないものの途方も無く広いわけでもないマンションの中を捜しつくし、それでも姿が見えない洸の行方を思案する。
不思議とこのマンションの中にいるということだけには確信があった。
 「・・・・・あ」
 そう言えばと、尾嶋はまだ探していない場所に気付いた。そこは・・・・・。
 「洸?」
声を掛けながら尾嶋が入ったのは自分の部屋だ。
電気をつけると、直ぐにベットの上掛けが人型の形に盛り上がっているのが分かった。
 「洸」
 そっと上掛けをめくってみると、案の定パジャマ姿の洸が眠っている。
その余りにあどけない寝顔に、尾嶋は思わず苦笑を零した。
 「私のいないベットで寝ても意味がないのに・・・・・」
 キスはした。
その先の愛撫も、洸が気持ちのいいことだけをしてやった。
せめてもう少し、洸が高校卒業するまでは最後まで抱かない・・・・・そう決心していたはずなのに、こんな風に可愛いこと
をされると心が揺らいでしまう。
 「・・・・・」
 もっと見つめていたい寝顔だが、明日も学校がある。
自分の部屋で寝かせてやった方がいいだろう。
 「洸」
 「・・・・・」
 「洸、起きなさい」
 「・・・・・かず・・・・・ひ、こさん?」
 子供のように目を擦りながらぼんやりと名前を呼んだ洸の頬にキスを落とすと、尾嶋は優しく言い聞かせた。
 「自分の部屋で寝なさい」
 「・・・・・」
 「洸」
 「・・・・・和彦さんと一緒じゃ、駄目?」
 「私と一緒だったらよく眠れないだろう?」
 「・・・・・」
 「ほら」
基本的に尾嶋の言うことには逆らわない洸は、渋々とだがベットから起き上がる。
少しクシャッとなった髪を優しく撫でてやりながら、尾嶋は寂しい顔をした愛しい子供の手をそっと握った。
 「眠るまで手をつないでてあげよう」
 「・・・・・うん」
既に心が熟しているこの身体が、尾嶋を受け入れるには後どの位待てばいいのだろうか。
洸の部屋まで一緒に手を繋いで歩きながら、尾嶋は早くその日が来て欲しいと願っていた。





                                                                  end