奥様方の秘密 ー蒼編ー







                                                         
『』の言葉は日本語です。






 「ソウ様、お手紙ですよ」
 「うわ!もう来たんだ!ありがとう!」
 何時ものように養い子のリュシオンの世話を終えた蒼は、シエンの執務室に向かう途中でカヤンに呼び止められた。
心待ちにはしていたがきっとまだ先だろうと思っていたこともあって、予想外の早さに驚きと嬉しさは倍増した。
カヤンも、素直に喜びを爆発させる蒼を好ましいと思う反面、もっと皇太子妃らしく落ち着きも持たせねばと思い、もう日課になっ
ている小言を言おうと口を開きかけたが、
 「俺、外行くから!」
まるでそんなカヤンの考えを悟ったかのように蒼は走り出した。
 「ソ、ソウ様、シエン様とお約束が・・・・・っ」
 「ごめん言ってて!」
慌てたようなカヤンの言葉にも、蒼の足は止まらなかった。


 「ユキ殿から?」
 「はい、手紙と贈り物が届きまして」
 「贈り物?」

 申し訳ありませんと頭を下げるカヤンに、シエンは穏やかに笑んで言った。
 「いや、ソウとユキ殿はとても親しくしているからな。そのユキ殿からの手紙を貰えば他の事を忘れてしまっても仕方あるまい」
 「・・・・・シエン様はソウ様に甘過ぎます」
 「そなたも、カヤン」
 「・・・・・」
 「仕方が無い、ソウはこの国の光と同等なのだから」
 「そうですね」
カヤンも笑うと、有希から届いた目録を伝え始めた。
蒼宛に手紙と小さな包みがあった他に、シエン宛として様々なものが一緒に送られてきた。
それは干した肉であったり。
様々な植物の種であったり。
珍しい調味料の類であった。
(どれも、ソウが喜びそうなものばかりだ)
 同じ世界の人間同士だからか、蒼と有希は会った途端に打ち解けることが出来たようだった。
一緒にいた時間は短いものだったが、様々なことを話し、経験して、その後も頻繁に手紙のやり取りをしていた。
簡単に会えない距離が、さらに2人を強く結びつける結果になっているのかもしれない。
 「こちらからも何か贈ってさしあげよう」
 「そうですね、候補を挙げてご意見を伺います」
 「そうしてくれ」
 頷いたシエンは立ち上がった。
 「王子?」
 「ソウは庭の方だと言ったな?」
 「・・・・・王子」
 「直ぐに戻る」
有希からの手紙に顔を綻ばせているであろう蒼の顔を、シエンは今見たいと思ったのだ。



 『・・・・・へえ、有希も大変そうだな』
 蒼は草の上に寝転んだ格好で有希からの手紙を読んでいた。
きっとカヤンが見れば行儀が悪いと言われるだろうが、まあ今日だけは許してもらいたい。
(あのランボー者・・・・・ちゃんと有希を大切にしてるんだろうな?)
 『もっと近かったら頻繁に確かめに行けるんだけどなー』
 優しくて穏やかなシエンとは正反対の、気が短くて暴君だったアルティウス。そんな男と、あんなに大人しい有希が恋人・・・・・
いや、夫婦とはいまだに疑うこともある。
それでも、自分にとっては優しいのだとも有希は言っていたが、自分よりも年下にあたる有希を、蒼はどうしても兄のように心配し
てしまうのだ。
 『・・・・・まあ、有希がいいなら仕方ないけどさ』
 日本語で書かれてある手紙は何度読んでも懐かしい気がする。
蒼は大事にそれを封筒にしまうと、次に一緒に貰った包みを手にした。
 『何だろ?食べ物かな?』
 有希は何時も手紙とともに、バリハンには無い珍しい物を送ってくれる。
それはほとんどが食に関するもので、蒼は手紙と同様にそれも楽しみにしていた。
 『あ・・・・・』



 「ソウ?」
 中庭に出てきたシエンは蒼の姿を捜した。
大抵は王宮で飼っているレクのとんすけの小屋にいるのだが、今通った限りではその姿は無かった。
(どこに・・・・・)
 「ソ・・・・・」
 もう一度その名を呼ぼうとした時、シエンの目に黒い髪が映った。
草の上に直に腹這いになっている蒼の姿を見つけ、シエンはホッと安堵しながら近付く。
 「ソウ」
 「!」
 ビクッと、まさに飛び跳ねるように蒼は起き上がった。
 「シ、シエン」
 「ソウ?」
少し、何時もと違う感じがして、シエンは僅かに眉を顰めた。
(手紙に何か・・・・・?)
有希の身に何かあったのだろうか・・・・・そんな心配をしかけたシエンだったが、近付いていくうちに蒼の顔が赤くなっていることに気
付いた。
 「・・・・・ソウ」
 「シ、シエン、仕事は?」
 「少し休憩です。ユキ殿から手紙が来たそうですが」
 「う、うん、有希からきた。元気だって!」
 「・・・・・」
 「・・・・・な、なに?」
 「・・・・・いえ、少し顔が赤いようですが・・・・・手紙には何と?」
 話している様子では、どうやら悪いことではないようだった。
シエンは余計にその手紙の内容が気になり、パッと何かを自分の背に隠した蒼にゆっくりと近付いた。
 「ソウ・・・・・私には言えない事なんですか?」
 「そ、そんなこと・・・・・ないけど」
そう言いながら蒼の顔はますます赤くなっていく。
シエンは蒼の傍に膝を着くと、そっとその髪を優しく撫でた。
 「本当に言いたくないのならいいのですよ」
聞きたい気持ちに変わりはないが、蒼を困らせたくもない。
いずれは言ってくれるかもしれないとシエンが意識を切り替えた時、ばっと蒼の片手がシエンの前に突き出された。
 「・・・・・?」
 差し出された手の平には、2つの大きさが違う指輪がのっていた。
 「・・・・・これは?」
 「け・・・・・」
 「け?」
 「け・・・・・結婚、指輪!」
 「結婚指輪?」
恥ずかしくてたまらないのか、支離滅裂になる蒼の説明を要約すれば・・・・・どうやらこの指輪は有希が自分と蒼の結婚祝いとし
て贈ってくれたものらしい。
 「嬉しいですね」
 シエンはその話を聞いて微笑ましくなった。
蒼には婚儀を挙げた時に皇太子妃が付ける指輪は贈っているが、蒼は無くしたり傷を付けたりするのが怖いとそれを仕舞い込ん
だままで滅多につけない。
それを有希に話したのかどうか・・・・・目の前にあるのは銀で作られた、飾り気がない物だ。
これならば蒼も普段からつけられるだろうと思える物だった。
(ユキ殿らしい気遣いだな)
 「・・・・・?何か、彫ってあるみたいですね」
 指輪を手にとって見たシエンは、その内側に何か文字が彫られているのが分かった。
シエン・ソウ・・・・・と、書かれてある。
 「私達の名前ですか・・・・・まだ何か彫られてありますが、これはもしかして・・・・・」
 「うん、俺達の世界の言葉。こっちも、ローマ字・・・・・シエンあんどソウって彫ってある」
 「ソウの国の文字・・・・・」
見ても読めない文字。しかし、その文字にも自分と蒼の名前が彫られているかと思うと少し面映い。
 「2つ、ありますね」
 「・・・・・」
 「大きさも違いますが?」
 多分、これは自分が想像しているものだろう。
ただ、シエンは自分の口から言うより、蒼の口から言って欲しかった。
 「ソウ」
 「・・・・・」
 「ソウ?」
 「もう!シエン以外あげる人いないよ!」
そう叫んだかと思うと、蒼は大きな方の指輪をグイッとシエンの指にはめようとして・・・・・。
 「あれ?」
どうもサイズが合わないのか、指輪はシエンの親指よりも大きく、それを見て蒼が慌ててつけてみた小さな指輪は、蒼の小指の半
分ほどしか入らない。
 「・・・・・」
 「・・・・・」
思わず顔を見合わせた2人は、どちらからともなく笑い始めた。考えれば有希が2人の指の太さを知っているはずが無い。
きっと、自分とアルティウスを参考にしたのだろう。
 「どうしましょうか」
 「これでいーよ!鎖つけて、首にかけとこう!」
 「ええ」
優しい思いが込められた大切な指輪。身に着けておくだけでも自分達が幸せになれる気がする。大きさの違いなど、2人共少し
も気にならなかった。
 「綺麗な指輪ですね」
思い掛けない有希からの贈り物に、シエンは自分も蒼のような笑顔が零れていることに気が付かなかった。





                                                                       end






前回のSS、有希バージョンを受けての話です。
こちらはアルティウスのように妬きもちは焼かないシエンですが・・・・・少し、意地悪でしょうか(笑)。