奥様方の秘密 ー有希編ー








 「ユキ様、お手紙ですよ」
 「は、はいっ、ありがとう!」
 王の執務室で、近くに迫った祝祭の打ち合わせをしていたアルティウスと有希。
そこへ、召使いが有希宛の手紙を持ってきた。
 「・・・・・ユキ、何時ものか」
 「うん!アルティウス、僕ちょっと」
ウキウキとしながら手紙を持って部屋を出て行く有希を見送りながら、アルティウスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。



 大国エクテシアの若き王アルティウスは、この世界では《強星》と崇められ、恐れられている異国の少年、有希を、数ヶ月前に
正式な正妃として迎えた。
欲しくて欲しくてたまらなかった。こんなにも誰かを愛するとは思わなかった。
それなりに問題はあったが全て解決し、何とか婚儀も挙げたが・・・・・ここのところ、アルティウスは定期的に送られてくる有希へ
の手紙が面白くなくて、ついつい不機嫌になってしまうのだ。



 手紙の相手は分かっている。
それはバリハン王国の皇太子妃、蒼だ。
有希と蒼は同じ世界の人間で、蒼も《強星》としてこちらに呼ばれて来たらしかった。
有希に横恋慕していたバリハンの皇太子シエンに愛する相手が出来、きちんと婚儀を挙げたことに内心安堵したアルティウスは、
同じ世界の人間として、そして同じ《強星》という運命を担う者同士として会いたがっていた2人を、婚儀が終わって直ぐに自国
の国境の宮殿で対面させた。
 2人はとても気が合ったようで、短い滞在の間、ずっと話し続けていた。
(・・・・・言葉が分からぬのが悪い!)
2人の会話は2人の世界のもののようで、アルティウスには全く判らないという事が面白くなかった。
その上、シエンは多少その言葉を理解出来るらしく、時折2人の会話の中に入っていくのも更に面白くなかった。
 有希と蒼の間に、間違いが起こるとは思っていない。
ただ、自分の知らない言葉で自分の知らない世界のことを話されるのが、独占欲の強いアルティウスにとってはとても・・・・・面白

くない。
 「・・・・・」
 アルティウスは立ち上がって窓の側に歩み寄った。
そこからは日当たりのいい中庭が見えるが、丁度出てきたらしい有希がそこに座り込み、手紙を広げて読み出した。
どんなことが書かれているのか、有希の顔はずっと綻んでいて、時折声を出して笑っている。
(何を書いて寄越したのだ・・・・・っ)
 多分、有希は直接聞けば、その内容を隠すことなく話してくれるだろう。
しかし、アルティウスの矜持がその行動を取らせない。
結果・・・・・こうして蒼からの手紙が来るたびに、アルティウスの機嫌は底辺を這い蹲るほどに悪くなっていた。



 結局、有希はあのまま戻っては来ず、アルティウスは1人寂しく政務をこなした。
どんなに腹を立てても、仕事をこなさなければ宰相のマクシーに小言を言われるし、有希にも困った顔で諌められてしまうからだ。
しかし、夕食の場でやっと有希の顔を見れたと思えば・・・・・。
 「なに?明日は市に行くと?」
 「うん。その後も用があるから、政務を休ませてもらいたいんだけど・・・・・」
 何をするのだ・・・・・と、聞きたくてたまらなかった。
それは王としてというよりは、有希の夫としての当然の権利だ。
だが、それぐらいでヤキモキしているとは思われたくなかったアルティウスは、少し頬を引き攣らせながらも、鷹揚に頷きながら言っ
た。
 「分かった。久し振りの市のはずだ、存分に楽しんで来い」
 「遊びに出るわけじゃないんだよ」
有希は苦笑しながらも、嬉しそうにそう言った。



 翌日は朝から有希の姿を見ることが出来なかった。
未明に着いた使者の相手をする為に日が昇る前に謁見の間に向かったアルティウスは、そろそろ夜が明けるという時間に部屋
に戻ることになったが、その時には休んでいるはずの有希の姿は無く、そのまま午前中も、昼も、有希の姿を見ることが出来ず、
そろそろ陽も暮れかかった頃には、アルティウスの機嫌は最悪まで落ち込んでいた。
 「誰か!」
 そして、その感情の爆発は、とうとう夕食前に起った。
 「ユキはどうした!」
 「王、ユキ様は只今どうしても手が離されないようですわ。今しばらくお待ちくださいませ」
アルティウスの前に歩み出て来たのは、元妾妃で、今は有希のよい相談役にもなっているジャピオだ。
他の召使はアルティウスの剣幕に恐れを抱いて近付いてはこなかったが、ジャピオは我が儘な弟を宥めるように苦笑して言った。
 「今日は一度も顔を合わせておらぬのだ!あ奴はいったい何をしておる!」
 「まあ、たった1日ではありませんか」
 「1日もだ!」
 今だ有希に対する強烈な独占欲と愛情に満ち溢れているアルティウスにとって、有希の行動は全て把握しておきたいことだっ
た。
だからこそ、昨日蒼からの手紙を読んで以降の有希の行動が気になって仕方が無い。
(ソウめ、いったいユキに何の悪知恵を与えたっ!)
 「王、大人しく待っていらっしゃれば、よいことが起きるやも知れませんよ?」
 「何だ、それは」
 「ふふ」
 ジャピオが意味深に笑んだ時、執務室のドアが叩かれた。
入る前にわざわざこうして知らせてくるのは有希くらいで、アルティウスは反射的に立ち上がると自らドアを開きに行く。
 「ユキッ」
開かれたドアの向こうには、大きな真っ白いものを手にした有希が、ニコニコ笑いながら立っていた。
 「ユキ・・・・・」
 「ごめんなさい、アルティウス、今日は1日休んでしまって。でも、どうしても今日これを渡したくて」
 「・・・・・なんだ、これは」
 「ケーキって言うんだよ。甘いお菓子でね、お祝いの時に食べたりするんだ」
 「祝い?」
 「忘れちゃった?1年前の今日、僕は初めてアルティウスに会ったんだよ?」
 「・・・・・」



 忘れていたわけではなかった。
確かに有希が言うように、1年前の今日、ディーガの術によって有希をこの国に連れてきた。
ただ、アルティウスがこの事を口にしなかったのは、有希がそれによって元の・・・・・自分の国に帰りたいと言い出すのではないかと
恐れていたからだ。
 「・・・・・祝いと、言ったか?」
 「うん。蒼さんがとても料理が上手なことは知ってるでしょ?この国の食べ物を使ったケーキの作り方を教えてもらったから、これ
からはお祝いの時は僕がケーキを作るね。アルティウスや子供達の誕生日や、僕達の結婚記念日とか。これからも一緒にお祝
いしていこうね」
 「・・・・・」
 アルティウスは有希が抱えている白い物体を見た。
確かに、上には様々な果物が切って並べられていて、これが食べ物なのだということは分かった。
 「食べてみて」
 「・・・・・」
そう言われても食べ方が分からなかったが、アルティウスは構わずがぶりと齧りついた。
 「・・・・・甘い」
 「あっ・・・・・もうっ、アルティウス、子供みたいだよ?」
 「本当に」
自分の顔がどうなっているのか分からないが、有希とジャピオは顔を見合わせて笑っている。
 「もう」
 やがて有希は近くのテーブルの上にその白い物体を置くと、じっと立ち尽くしているアルティウスの目の前に立ってそっと指先を
伸ばしてきた。
 「少しだけの味見のつもりだったのにな」
口元に付いていたものが有希の指先で拭われ、今度はその指先に白いものが付いている。
有希はそのまま指を口に含むと、幸せそうに笑った。
 「甘い〜。どう?アルティウス?」
 「うむ・・・・・甘いな」
 「嫌い?」
 「そなたが作ったものを厭うはずが無いであろう」
そう言うが早いか、アルティウスは有希を抱きしめた。
 「ア、アルティウスッ?」
 「そなたが私と出会ったことを祝ってくれようと思っている気持ちが・・・・・嬉しい」
 「アルティウス・・・・・」



 蒼からの手紙は、自分と有希の大事な時間を奪うものではなく、共に慈しみ、喜び合う手助けをしてくれているのだということ
が分かり、アルティウスはそれまで数え切れないほどに恨み言を言った蒼に少しだけすまないと思った。
(けえきとやらを教えてくれた返礼に、あ奴が美味いと喜んでいた肉の燻製でも贈ってやろうか)
突然のアルティウスからの贈り物に、あの生意気な少年を溺愛しているシエン王子はどうするだろうか。
冷静沈着なあの表情が崩れる様を想像すると楽しくなってきた。
 「アルティウス?」
 頭上から聞こえるアルティウスの笑い声に、有希は顔を上げて訊ねる。
その可愛らしい頬に口付けを送りながら、アルティウスは先程とは全く正反対の上機嫌で言った。
 「よし!今宵は宴だ!我らの出会いの日を皆で祝おう!!」
 「うん!」
アルティウスは今だ口の中に残る甘い味を有希と分かち合おうと、今度はその赤い唇を奪う為に顔を寄せていった。





                                                                    end






お久し振りのアルティウス&有希です。
今回の手紙ネタは、1周年記念のリクエストを見て思い立ちました。蒼との文通を楽しんでいる有希と、それを苦々しく思ってるアルティウスが
直ぐに頭に浮かんだんです(笑)。
次のSSでは、シエン&蒼バージョンを書きます。そう待たせることはしないつもりですよ。