夜のホテル街を一組のカップルが歩いている。
男は身長も高く、30前後のフェロモンたっぷりの俳優のようにいい男で、女は20歳にまだなっていないぐらいのあどけない可憐
な少女だった。
年の差はあるものの、美男美女のカップルには変わりなく、同じ様にホテル街を歩くカップルもチラチラと2人に目をやっていた。
男はもちろん、性的なものを全く感じさせないほどの美少女を。
そして女は、視線を向けられただけでも濡れてしまうほどのいい男に。
 「どこにする?お前が選んでいいぞ」
 「お、わ、私は・・・・・」
 からかうように言う男に、顔を真っ赤にして俯く美少女。
周りの男達はこんな美少女を抱ける男が羨ましくて仕方が無い。
 「あ、あなたのいいところで・・・・・」
 「ん?場所なんか構わねえぞ?どこででもお前を啼かすことは出来るからな」
甘く囁く男に腰を抱かれる少女が妬ましくて、女達は隣にいる自分の男を無視して少女を睨みつける。
 「よし、じゃあ、ここにするか」
 「え、ええ」
 男が選んだのは、外見はシンプルなファッションホテル。
周りの視線が気になって仕方がなかったらしい少女は明らかにホッとしたような表情になって、男にリードされるまま建物の中に
入っていった。



 中に入れば、ずらりと部屋のパネル写真がある。
どうやらここは従業員と顔を合わせなくてもいいホテルらしく、空いている部屋の中から好きな部屋を選んでボタンを押すと、その
部屋の鍵が出てくるという仕組みらしい。
 「・・・・・凄い」
 「初めてか?」
 驚いたように目を丸くしている少女に、男はからかうように話し掛ける。
バカにされたと思ったのか、少女はムッとした視線で男を睨んだ。
 「こ、こんなとこをよく知ってる人なんていませんよ!」
 「そうか?今時女子高生でも慣れてると思うけどな」
 「淫行ですかっ?逮捕しますよ!」
 「ジョーダン、ジョーダン」
 「緒方警部!」
 「おいおい、今は竜司サン、だろ?」
笑いながらもしっかりと釘をさされ、少女・・・・・の格好をした関谷篤史(せきや あつし)は慌てたように片手で口を覆ってしまっ
た。



 都内某所の町のお巡りさんである篤史は、日夜市民の手助けになるようにと日々の勤務に追われていた。
実際の日常では、テレビや映画のように派手な事件があるというわけではない。
交番勤務の篤史の仕事は、町のパトロールや、道案内など、地味なものがほとんどだった。
刑事に憧れて警察官になった篤史も、当初はそんな仕事が物足りない気分がしたものの、今では町の安全を守る大切な役
目を担っていると自負していた。

 そんな篤史は、一ヶ月ほど前にある事件に遭遇した。
いや、正確に言えば事件を調べていた人間に遭遇したのだが、警視庁の警部というその人物は、篤史の憧れる刑事像とはま
るで違う・・・・・性格もいいかげんでスケベで、でもとてもいい男だった。
ただの不審者だと思っていた相手・・・・・緒方竜司(おがた りゅうじ)が警部だと知った時、篤史はこんな男が警部になれるの
かと呆れてしまったが、どうやら男はやり方は問題だがかなり優秀な人物らしい。
 会うなりキスもされてしまったことは今だ消せない汚点で、その上緒方の知り合いというフリージャーナリストの本郷真紀(ほんご
う まさき)にも変に気に入られて、平凡で平和なはずだった篤史の日常は途端に賑やかに、慌しく変わってしまっていた。



 「俺とホテルに行こう」

 三日前、いきなり緒方にそう言われた篤史は、反射的にその頬に拳を入れてしまった。
しかし、当然のようにその手は直前で軽く受け止められてしまい、篤史はさらに反撃するように蹴りを入れようとチャンスを伺った
が。
 「捜査だよ」
 「・・・・・へ?」
思い掛けない言葉に、振り上げた足を下ろしてしまった。

 どうやら指名手配されている暴力団員が知り合いのファッションホテルの一室に隠れているらしい。
オーナーも従業員もその筋の人間で、証拠も無い以上簡単に踏み込むことも出来ないらしく、偵察の為に今回の捜査からは
外れていた緒方が指名を受けたらしい。
 ただ、その相手が問題だった。
婦警を相手役にするのは簡単だが、男と女で万が一のことがあったら大変だった。それでなくても手が早く女タラシと評判の緒
方に憧れる婦警は多く、捜査中にムフフの関係になったとしたら・・・・・。
 だが、ゲイのカップルというのも目立ち過ぎる。
緒方の相手役をどうするか、いっそ緒方以外にと意見が分かれてしまった時、

 「いい人材がいますよ」

そう言って、緒方本人が指名したのが篤史だった。
男であるといっても骨格がまだ華奢で、顔も十分可愛らしいといえる童顔。
直ぐに許可が下りた緒方は、意気揚々と交番にやってきて言ったのだ。

 「俺とホテルに行こう」



 もちろん、上からの命令に逆らうことなど出来るはずがなく。
女装という恥ずかしい自分の姿を初めて鏡で見た篤史は、ほとんど違和感が無いその姿に思わず落ち込んでしまったくらいだっ
た。
相手役の緒方はノリノリで、ホテルの近くまで行く車中でも練習の為とベタベタ触ってきた。
車中には他にも初めて会う捜査関係者がいたので大声で文句を言うことも出来ず、篤史は強張った顔のまま現場に行き、後
は緒方のリードに任せるしかなかった。



 「本当にここにいるんですか?」
 エレベーターに乗り込んだ篤史が不安そうに聞くと、緒方は相変わらずの笑みを浮かべたまま軽く言った。
 「それを調べる為に俺達が来たんだろ」
 「そ、それはそうなんですけど、全然見当が付かないし・・・・・」
 「そうでもなかったぞ」
 「?」
 「さっきの部屋のパネル。清掃中1時間待ちってのがあっただろ?こんな稼ぎ時の時間に1時間も清掃に時間取ると思うか?
ん?」
 「・・・・・そうですね」
そう言われて初めて、篤史はそのことに気付いた。
篤史自身はこんな格好でホテルに入ったこと自体が恥ずかしくて、とても部屋のパネルまでマジマジと見てはいなかった。
(ちゃんと仕事してるんだ)
あれだけ自分をからかっているように見えた緒方がちゃんと見るところは見ていたということに妙に感心してしまい、篤史は少しこの
スケベな男を見直してしまった。
 「多分、1つの部屋にばかりいたらかえって怪しまれるだろうからな。適当な時間ごとに部屋を変えてるんだろ」
 「そ、そうですね」
 「で、ここがその階」
 「え?」
エレベーターが開き、薄暗い廊下が見えた。
 「丁度隣の部屋が開いてた」
 「こ、ここに・・・・・?」
 「多分な。そこで、お前の出番だ」
 「お、俺の?」



 「た、助けてください!開けて!!」
 部屋の中にいた男は、突然ドアを激しく叩かれてビクッと身体を震わせた。
今は清掃中の札を下げ、鍵もきちんと閉めているこの部屋に、いったい誰がやってきたというのか。
 「すみません!助けて!」
何度もドアを叩かれ、悲鳴のような少しハスキーな声が助けを呼んでいる。
このまま出なければ周りの客の関心を引き寄せてしまいかねないと、男は帽子を目深に被り、清掃員の上着を羽織って、用
心深くドアを開けた。
 「どうし・・・・・」
 「助けてください!」
 いきなり部屋の中に入って抱きついてきたのは、まだ少女のように見える可愛らしい女だった。
がっしりと腰に抱きつかれてしまった男は、仕方なく少女の肩を抱いて言った。
 「どうしたんですか?」
 「い、今、一緒に入った人が変なことするんです!わ、私、あんな恥ずかしいことなんて出来なくって!」
こんな何も知らないような少女にどんな変態行為をしようとしたのだろうか。ここしばらく警察から逃げ回ってばかりで女も抱いて
いないことをふと思い出した。
男はまだ23歳。若い欲望は直ぐに高まり、男は少女の身体を舐めるように見下ろした。
細みな身体はまだ出るとこは出ていないようだが、肌は白く滑らかな感触だ。
ここはホテルの一室・・・・・少女もそれなりの覚悟でここに入ってきたのだろうし、自分が相伴に預かっても誰も分からないのでは
ないかと思った。
 「そんな男より、いい気持ちにしてやろうか?」
 「え?」
 ぐっと少女の腰を抱き寄せようとした男だったが。
 「ざーんねん、先約有りだ」
 「なっ?」
いきなり物陰から出てきた体格のいい男が、少女の腰を抱こうとしていた自分の腕をねじ上げた。
 「いて!!」
 「スケベ心っていうのは逃亡中も消えないもんだな」
 「・・・・・!」
逃亡中・・・・・そんな言葉を使う目の前の男は、どうやら自分のことを知っているようだ。
まさかという気持ちに縋ろうと腕を引こうとしたがビクともせず、男は鈍い光を放つ冷たい手錠が嵌められるのを呆然と見ているし
か出来なかった。
 「鈴本孝平、麻薬密売及び銃刀法違反で逮捕する・・・・・ま、俺が出てきたんだ、逃げられるわけがないんだよ、ガキ」
10日間の逃亡生活が、この瞬間あっけなく終わってしまった。





 ー2日後ー



 「俺もあっちゃんの女装、見たかったなあ」
 「・・・・・なんであなたがここにいるんですか」
 「ん?落し物拾ったから届けに来たんだって。ほら、100円」
 篤史の机の上に100円玉を1つ置いた本郷がにっこりと笑い掛けてくるのを、篤史は眉を顰めて見上げた。
 「・・・・・今の、緒方警部から聞いたんですか?」
 「自慢してたぞ、あいつ。すっごい美少女だったって」
 「・・・・・」
(見直した俺がバカだった・・・・・)
あれから、篤史も捜査本部の人間から感謝され、所轄の署長からも直々褒められた。
それは嬉しいことだったが、実際に篤史がしたことは女装して男に抱きついただけで、あまり捜査をしたという感じではないのが申
し訳なく思っていた。
 緒方からもあの夜以来連絡は無く、それが返ってどうしたのかなと不安にさせる。
(あんまり役に立たなかったから呆れたのかな・・・・・)
はあ〜と溜め息を付くと、その様子をじっと見ていたらしい本郷がクスッと笑った。
 「なんだか恋煩いみたいだな」
 「こ、恋?」
 「誰を想ってそんな色っぽい溜め息を付いたんだ?」
 「あ、あのですねえ!」
(何言い出すんだよ、この人は!)
思わず言い返そうと顔を上げた篤史は、その本郷の背後に見えた人影に思わず立ち上がった。
 「緒方警部っ!」
 「竜司サン、だろ?」
 相変わらずのフェロモンを撒き散らしながらゆっくりと交番の中に入ってきた緒方は、わざとらしく今気付いたという風に椅子に
腰掛けている本郷を見下ろした。
 「何だ、お前、迷子か?」
 「お前こそ、警察は警部を遊ばせておけるほど暇なのか?」
 「・・・・・」
(俺は仕事中!相手はしないんだからな!)
 わざと見せ付けるように机の上に調書を広げたが、大人の男2人は全く気にしていないらしい。
こそこそと何か話していたが、やがて緒方が自分の携帯を取り出してニヤッと笑った。
 「いい画像、送ってやろうか?」
 「え?どれ?・・・・・へえ、別人だな」
 「俺は素顔の方がいいけどな」
・・・・・何か、嫌な予感がした。
 「お、緒方警部、俺にもその画像見せてくれませんか?」
 「いいぞ?なんだ、お前自分のが見たいなんて、意外とナルちゃんか」
そう言いながらくるっと見せられた携帯には、署で女装途中の篤史の姿が映っていた。
隠し撮りらしく、視線は全く合っておらず、上だけを着てスカートはまだはいていない姿は、白い太ももから下が丸見えだった。
 「と、盗撮の現行犯!逮捕する!あ、その前に消去しろ!!」
 「彼氏が彼女の写真持ってるだけじゃないか。この前、ホテルにまで行った仲だろ?俺達」
相変わらず人を食ったような持論を言った緒方は、立ち上がったまま動けない篤史に向かって艶っぽいウインクをしてみせた。





                                                                    end