お巡りさんといえど、365日働いているわけではない。
それなりに休みの日はあるので、それなりの遊びもするし、身体や頭をリフレッシュする時間はあった。
街のお巡りさんである関谷篤史(せきや あつし)も例外ではなく、今日土曜日が非番の日になっていて、本来なら弟達に付き
合って動物園にでも連れて行ってやろうかと思っていたのだが・・・・・。
「・・・・・」
「何だ、可愛い顔して」
「・・・・・」
「篤史君はどんな顔でも可愛いですよ」
「・・・・・」
「そんな当たり前なこと言っても面白くないだろ」
篤史は頑張って口を引き結んでいた。
しかし、目の前で自分の意思など全く関係なく繰り広げられている会話に、フラストレーションはどんどん高まってきてしまう。
「なあ、篤史」
「あっちゃん」
「篤史君」
「いい加減に黙ってください!!映画の声が全然聞こえないでしょう!」
どうしても我慢出来なくなった篤史が思わず立ち上がって叫んだ途端、
「お前の方こそ煩いぞ!」
「座れ!」
いっせいに文句を言われた篤史は、顔を真っ赤にして慌てて席に座り直す。
「なんだ、うるせー奴らだな。チャカで一発脅かすか?」
「そ、それだけは止めて下さい・・・・・」
篤史は声を落としながら、泣きそうな気分で訴えた。
普通の交番のお巡りさんである篤史だが、最近妙な男達に付き纏われていた。いや、普通の人間からすれば、彼らは皆地位
もあり、容姿もそれぞれに整っていて、いわゆるいい男と言われる者達ばかりだ。
それでも、篤史にとっては問題の多い男達ばかりで・・・・・。
警視庁の警部なのに、性格もいいかげんでドスケベで、でも顔だけはやたらにいい男で、身長も体格も、篤史が欲しいと思って
いるものを十二分に兼ね備えている緒方竜司(おがた りゅうじ)と。
緒方に負けないくらいの長身に、短かく刈った黒髪に鋭い視線。 見た目は硬派なのに、緒方とは類友であるフリージャーナリスト
の本郷真紀(ほんごう まさき)に。
ノーブルな容貌に優しい眼差し。なのに、可愛い男の子が好きらしい近所の歯科医、深町駿介(ふかまち しゅんすけ)。
女ならば微笑まれるだけで落ちてしまうだろうに、どうしてわざわざ男の自分などに言い寄ってくるのか分からない。
今日も、何時知ったのか篤史の休暇に緒方が合わせ、それを知った本郷までスケジュールを空け、自分だけが遅れをとれないと
深町まで病院を休診して、なぜか篤史の気持ちは全く無視をして・・・・・男4人で映画を見るはめになってしまった。
恥ずかしくてたまらない映画の時間が何とか終わり、篤史は逃げるように映画館から飛び出した。
かといって、このまま3人を置いて帰る事は生真面目な篤史には出来ず、渋々ながら近くのカフェへと足を向けると、当然のように
3人は篤史の後ろに付いてきた。
色の違う3人のイイ男と、見た目高校生の1人の青年。そんな4人の姿はかなり目立って、どこに行こうとしてもずっと視線が付
いてくるのを篤史は感じていた。
(だから、目立ち過ぎるんだよっ、この人達は!)
「たいした映画じゃなかったな」
「でも、あっちゃんの表情がどんどん変わっていくのは面白かった」
「篤史君は感情表現が豊かだから。優しいんですよね」
「いっそ、エロでも見に行けば面白かったんじゃねえか?」
「それこそ、どんな表情するのか想像するだけで楽しいな」
「私だったら、他の人間にそんな顔は見せたくないですけどね」
「・・・・・」
篤史は頬が引き攣りそうになる。
どうしてこんな場所で、こんな話を、この人達は出来るのだろうかと不思議でたまらなかった。
「篤史、どうした、楽しくないのか?」
黙ってコーヒーを飲む篤史の横顔を覗き込むようにして言った緒方は、心配そうなその言葉とは裏腹に面白そうな表情だった。
きっと、この会話を聞いて篤史がどんなことを思うのか、想像するだけでも楽しいのだろう。
(この人・・・・・何とも思っていないのか?)
仮にも、それぞれが皆意味が違うかもしれないが篤史を口説いてきているのだ。普通だったらライバル相手に暢気に話などしな
いはずだ・・・・・いや、そう思うこと自体変なのかもしれないが。
「帰りましょうよ」
これ以上イライラしたくなくて、篤史は懇願するように言った。
顔の半分ほどもありそうな大きな目(あくまでも緒方から見れば、だが)が情けなさそうに揺れているのを見て、緒方はにっと唇の
端を上げた。
別に自分がSだとは思わないが、こうして篤史を苛めるのは楽しくて、どこまでそれが許されるのか試したくなるのだ。
(いい顔するんだもんな)
自分の周りにはいないタイプ。
可愛らしい顔をしているのに頑固で真っ直ぐで、本当に警察官という職業を愛している篤史。
キスにも慣れていないぐらい純情な篤史を、ゆっくり自分色に染めていきたかった。
「まだ、会って3時間も経ってないだろ?」
「・・・・・約束通り、映画も一緒に見たじゃないですか」
「映画だけなんて、子供みたいなことを言うのか?」
「緒方警部から見れば、俺は十分子供でしょう」
ポンポン言い返してくる篤史に更に声を掛けようとすると、隣から悪友といってもいい、お互いの弱みも握り合っているお邪魔虫
の1人が口を挟んできた。
「幾ら可愛いっていったって、そんなに苛めてやるなよ」
取材先で偶然見つけた可愛い青年が、既に昔からの悪友である緒方のものだという事を知った時、本郷は本当に自分の運
の無さを呪ったものだった。
もっと若い頃は、まるで競うようにいい女を抱いて、人に言えないような悪い遊びもしてきた。
ただ、その時は何時でも、最後は緒方に数でもグレードでも負けた気がする。
そして今回も・・・・・見た目も性格も美味しそうな獲物を最初に見付けたのが緒方だということに、本郷は内心かなり悔しい思
いをしているのだ。
「あっちゃん、こいつはこーいう下品な男なんだよ」
「・・・・・知っています」
「それでもいいっていうのか?」
「・・・・・」
「いいんだよ」
「お前に聞いてないだろ」
「こいつが答えにくいことを質問してもしょうがないだろ」
「・・・・・」
(そういうお前の態度が、本当に本気だって思わせるんだよ)
今までの緒方だったら、本郷が自分の連れにちょっかいを掛けようとしても笑いながら見ていた。それはその相手が絶対に自分
から離れないという自信があったからだろうが、この篤史の場合は違う。
緒方自身まだ完全に篤史を手に入れたという自信が無いからこそ、本郷の手を直前で叩き落そうとするのだろう。
(本当に取ってしまいたいくらいだよな)
牽制し合う2人を、深町は第三者的な視線で見ていた。
(これ程の男達に追われるなんて・・・・・篤史君は本当に魅力的なんだな)
偶然見付けた好みの篤史を追い掛けて、モノにするのは多分簡単なことだと思っていた。
警察官のくせに世間知らずな子供の篤史は可愛くて、やがて本当に欲しいと思うようになったが、既に篤史には予想外にしたたか
な男が付いていて、深町は思いがけずに敗北感を感じさせられた。
(それでも、忘れてしまうには惜しいと思ったんだがな・・・・・)
この男達と渡り合うのならば面白いと思ったのも確かだった。
今までこれぞと思う恋敵に会ったこともなかった深町は、今回のことが自分の本領を発揮出来る絶好の機会のようにも思えた。
「篤史君、今度僕と2人でどこかに出かけませんか?」
「ふ、深町さん・・・・・」
幸いなことに、篤史は目の前の2人に対しては警戒心はかなり強いが、自分に対してはかなり許容している。
押し倒し、力のまま抱こうとしたのに、初対面の印象がかなり良かったのか、篤史はどうも自分に対しては強く出ないのだ。
「おい、勝手にそいつを誘うな」
「そうだぞ、後から出てきたくせに」
「順番なんか関係ないでしょう?ね、篤史君」
「・・・・・」
にっこりと笑って言うと、篤史は困ったように俯いてしまった。
(この人達・・・・・俺を挟んで楽しんでる・・・・・)
自分がモテルとは思っていない篤史は(女はもちろん、男なんて考えられない)3人の男達の言動をそのまま取ることなんて考え
られない。
それよりも、どうせからかわれるのなら、こんな恋愛絡みでなくて仕事上のことにして欲しかった。
「・・・・・」
(あ〜あ、どうしよう・・・・・本当に帰りたいよ・・・・・)
篤史が溜め息を付いた時、
「あの、4人ですか?」
「・・・・・っ」
いきなり声がしたかと思うと、篤史達のテーブルの横に3人の女がやってきた。
「私達、3人なんですけど暇してて。良かったらみんなでどこかに行きませんか?」
女子大生か、OLか、どちらにせよ20代前半の、どちらかといえば美人だろうといえる女達だった。自分達でもその自覚があるの
か、目立つこのテーブルにやってきたのはそれなりの自信があるからだろう。
店に入った時から自分達に視線が集まっていることにはさすがに気付いた篤史だったが、その相手はあくまでも自分以外の3人だ
ということは分かっていた。
その証拠に・・・・・ではないが、女達の視線は全く篤史に向けられることは無く、自分達3人と篤史以外の3人とのツーショットし
か考えていないのだろう。
(まあ、それが妥当だろうけど)
篤史ももはや悔しいなどとは思う気もなくて、どうするのだという視線を3人に向けた。
「・・・・・俺はパスだな」
ちらっと女達に目を向けた緒方が言うと、
「俺も無しだな」
本郷が続き、
「せっかくですが」
穏やかに深町が一蹴した。
「ど、どうしてっ?」
納得がいかなかったのか、女達は先程までの艶やかな笑みを潜め、きつい視線を向けてくる。
すると、3人は意識したわけではないだろうにほとんど同じ言葉を発した。
「篤史の方が可愛いから」
「あっちゃんの方がいいし」
「篤史君の可愛さには負けますね」
「・・・・・!」
(な、何言ってんだよ、この人達は!)
名前からして、自分達が比べられているのは男・・・・・しかも、3人の視線は共に同じ人物に向けられているのだ、女達の射るよ
うな視線はいっせいに篤史に向けられる。
こんな公の場所で恥ずかしい思いをさせられた篤史は瞬時に顔を真っ赤にして俯いてしまったが、そんな反応さえ3人の男達には
好ましく映ったらしい。
「やっぱ、お前最高」
「空気を読めない女とはまるで違うな」
「比べる方が篤史君に失礼ですよ」
「・・・・・」
(お願いだからそれ以上言わないでくれ〜!!)
悲鳴のような心の叫びは、その場にいた者達には・・・・・届かないようだった。
「ホントにっ、本当にもう!あなた達はいったい俺をどうしようって言うんですか!」
逃げるようにして店を出た篤史は(他の3人にはもちろんそんな意識は無いのだろうが)、近くの公園で3人を振り返って叫んだ。
少し小さいその公園は他にもまばらに人影はあったが、それでもこれ以上この3人と一緒にいるのは篤史の神経が持たなかった。
「別に。せっかくの休日を可愛いお前と一緒に過ごそうってことだろ?」
「あっちゃん、何気にしてるわけ?」
「何か嫌なことでもありましたか?」
「・・・・・っ」
何を言っても糠に釘、暖簾に腕押し・・・・・この3人には自分の気持ちは到底分かってもらえないと改めて思い知った篤史は、も
う溜め息さえ漏れないといった心境だ。
すると・・・・・。
「篤史」
いきなり耳元で声が聞こえたかと思うと、何時の間にか篤史の身体は緒方に抱きしめられていた。
「お、緒方警部っ、何ですか、この手は!」
「お前、もう少し自分に自信を持て」
「・・・・・え?」
「俺が、お前がいいって言ってんだ。俺みたいないい男に好かれてるって、堂々と胸を張ってろ」
「緒方警部・・・・・」
その声が何時ものからかい混じりの言葉とは違う気がして、篤史は少し途惑ったように緒方を見上げる。
すると、ちゅっと音をたてて唇にキスをされてしまった。
「なっ?」
「今、ちょっとぐらついただろ」
「・・・・・っ、そんなことありません!」
(そうだよ!男にそんな事を言われたって、嬉しくも何とも・・・・・ないって!)
胸がドキドキしているのは、いきなりキスをされて驚いたからだ。男同士のキスに嫌悪感が沸かないのは、きっとこれを頭の中でキ
スだとカウントしていないせいなのだ。
(俺は、俺は男なんか好きにならない!!)
しかし、その叫びは虚しく篤史の胸の中に響くだけだった。
「1人だけいい思いしやがって」
「本当に・・・・・ここに僕達がいるってこと忘れてませんかね」
本郷と深町が呆れたように言った。
しかし、その言葉の中に嫉妬の響きがないのは、彼らもそれなりに経験を積んできた大人の男だからかもしれない。
そして・・・・・3人の中でも一番傲慢で俺様な男は、細い篤史の身体を抱きしめたまま、他の2人に向けて唇の端を上げて笑っ
て見せた。
「こーいうのは早い者勝ちなんだよ」
「・・・・・なるほど」
「・・・・・じゃあ、次を狙わせて頂きますか」
街の可愛いお巡りさんである篤史の受難は、まだまだ続きそうであった。
end