お姉さま方の3時のおやつ







 午後2時半を過ぎた頃、
 「いずみく〜ん、ちょっといい?」
 「はい、何ですか?」
 「今日のおやつ当番代わってもらってもいい?急ぎの書類があるのよ」
 「いいですよ。今日は何の予定だったんですか?」
 「甘いもの。おいしーチョコなんていいわね」
 「分かりました。じゃあ、行って来ます!」
子供のように手を振りながら、いずみは元気よく秘書室から出て行った。


 「ねえ、今日の専務機嫌良かったでしょ?あれって、いずみちゃんがお泊りでもしたのかしら」
 「スーツとタイは昨日とは違うわよ」
 「あら、それくらい用意してるわよ、いとしのハニーの為に」
 香西物産の秘書課は、この会社に勤める女子社員憧れの部署だ。
その容姿も頭脳も選りすぐられた彼女達は、お互いを蹴落とす前に自分自身を磨く方が優先という向上心の塊のような者
達ばかりで、いずみも日々見習う毎日だった。
 そんな彼女達も、オンナの特権である噂話には敏感で、一般の社員達が知らない役員達の秘密も何時の間にか握ってお
り、他言無用ながら秘書課の中だけのお楽しみの話題になっていた。
 そんな彼女達の今の一番の関心事は、専務の慧と、新人秘書いずみのロマンスだ。
いずみは必死に隠したがっているが、慧の方はむしろオープンにしたがっていて、機会があればいずみとの惚気話を聞かせてい
た。
 「この間の沖縄出張で進展したのかしら?」
 「馬鹿ね」
 一番年嵩で、秘書達の姉御的存在の加藤江里子(かとう えりこ)が、後輩達の顔を見ながら言った。
 「いずみちゃんのあの態度を見れば、彼がまだバージンだって分かるでしょ」
 「江里子さん、分かるんですか?」
 「触れられると顔を赤くしながらも、実際に手を伸ばされれば反射的に逃げてしまう・・・・・まあ、彼が年より幼いってこともあ
るだろうけど」
既婚者である加藤だが、男同士ということに偏見はなかった。むしろ慧に限り大歓迎だ。
(毎日のように掛かっていた女からの電話も無くなったし、マスコミを警戒することもなくなったし)
何より、学生時代からずっと愛読してきた禁断の世界を目の当たりに出来るのだ。
加藤は毎日いずみと慧の変化を観察することが、日々のストレス解消になっていた。
 「そういえばこの間、いずみちゃんの首筋にキスマーク付いてたことがありましたよね?」
 「きっと、本人は気付いてないわよ」
 「ええ、だから何も言いませんでした。でも、専務が時々楽しそうにそこを突いてるんですよ?私の方が照れちゃって」
 一番歳の若い本宮真由子(もとみや まゆこ)が笑いながら言う。
 「あ〜、分かる!キスした後とか、いずみちゃん目に見えて動揺してるし」
 「唇も赤いしね」
クスクスと笑い合う彼女達にしてみれば、いずみの反応は手に取るように分かりやすく、まるで弟の初々しい恋愛を見守って
いるという気持ちになるようだ。
相手が女遊びの激しい慧というのが心配だったが、思いの外慧自身も本気のようで、心配は少しだが減った気分だ。
 彼女達の間では、今2人がいつ一線を越えるかが一番の話題の焦点になっていて、その判定はもちろん加藤に委ねられ
ている。
 「じゃあ、今日も違うってことか」
完璧にくっついてしまえば暑苦しいかもしれないが、今のじれったい雰囲気は見ていて楽しい。
 更に話を続けようとした彼女達の耳に、コホンと軽い咳払いの音が聞こえた。
 「皆さん、休憩時間にはまだ早いよ」
全く気配を感じさせなかった尾嶋が苦笑しながら言う。
 「すみませ〜ん」
 いっせいに仕事に戻る彼女達の姿は、先程までとは雰囲気を一変させたプロ集団だ。
 「・・・・・」
(全く、自分が話のツマとは想像もしていないだろうな)
今頃、美味しいと評判のチョコレートを並んで買っているであろういずみに同情するが、下手に注意して自分の方に跳ね返っ
たら元も子もない。
優秀な秘書である尾嶋も、この女性軍には一目置くほどなのだ。


 「ただいま〜!」
 それから20分ほどして、両手にチョコとケーキの箱を持ったいずみが帰ってきた。
 「ご苦労様、暑かったでしょう?」
 「そうでもなかったですよ」
何時もと変わらず秘書達はいずみに接している。
その影で、まさか自分が『受け子ちゃん』と呼ばれているということを、いずみは全く知るよしもなかった。



                                                                   end







あの2人を何時も見ている秘書課の面々の噂話を書きたかったのです。
彼女達は他にも色々と知っていそう・・・・・。