50,000キリ番ゲッター、みらいさんリクエスト分です。







お届けまで5秒前






 カウンターに肘をつき、その上に顎を乗せた真琴はボ〜ッと窓の外を見つめていた。
 「・・・・・マコ、どうした?」
バイト先の教育係である古河が心配そうに聞いてくるが、その理由を言えるはずもない真琴は慌てて首を横に振った。
 「な、何でもないですよっ。あ、先輩、俺今日配達OK ですから、どんどん注文取りましょう!」
 「配達って、お前本当は今日非番だったろ?」
 「・・・・・いいんです、時間空いたから」
 土曜日の今日、大学もバイトも休みだった真琴は、本来ならば海藤と共に映画を見に行く予定だった。
どこか遠出をしようかと言ってくれた海藤に、梅雨時期だからきっと雨だと説得して、見たいと思っていた映画を見に行くことにしたの
だ。
本音を言えば、海藤にずっと運転させて疲れさせるよりも、映画館で隣同士に座っている方が嬉しいからだ。
 思ったとおり、今日は朝から雨が降っている。
それなのに、真琴はこうして1人でバイト先のカウンターに座っていた。
(あんな些細なことなのに・・・・・)
 今朝、真琴は初めて海藤と喧嘩をした。


 始まりは2週間前だった。
夜10時過ぎ、まだ海藤は帰宅しておらず、真琴は先に風呂に入ってリビングでテレビを見ていた。
その時突然電話が鳴った。
連絡のほとんどを携帯で取っている海藤は、部屋の電話は飾りのようなものと言っていたし、真琴が知る限りで鳴ったところを見た
ことが無かったので、耳慣れないその音に真琴はビクッと身体を震わせた。
 「誰からだろ・・・・・」
 もちろん海藤の部屋の電話を勝手に出ることはせず、それはそのまま留守電になり、オプションの女性の声のままの設定に思わ
ず笑っていると、
 【貴士、私よ】
 「・・・・・女の人?」
声は想像していた海藤のところの組員の声ではなく、艶っぽい大人の女の声だった。
いきなり海藤を名前で呼び、『私』とだけ言っているのは、それだけで通じる相手なのだろう。
 【帰ったら直ぐに連絡して】
たったそれだけを言って切れた電話を、真琴はしばらく呆然と見つめるしかなかった。


 その夜、海藤の帰りはかなり遅く、真琴はソファに座って待っている間に眠ってしまったのだが、翌朝目を覚ました時はきちんとベッ
トに寝ていた。
 「・・・・・海藤さんだ」
真琴は慌てて起き上がってキッチンに行くと、既に朝食の準備を終えた海藤が、何時ものように新聞を広げていた。
 「おはよう」
 パジャマ姿の真琴を見た海藤は、真琴にだけ向ける優しい笑みを浮かべて言う。
 「夕べは遅くなって悪かった。これからは待たなくていいから、きちんとベットで寝てくれ。風邪を引かないか気になる」
 「はい」
 「今日の講義は朝からだったな。食事は一緒にしよう」
もちろん異論のない真琴は洗面所に向かったが、途中気になって電話を見ると、留守電のランプは消えていた。
 「・・・・・聞いたんだ」


 同じ様な電話は、あれから日を置いて2回あった。
その声の主が誰だと聞きそびれたまま、真琴の心の中には小さな疑惑が積み重なっていった。
 そして今朝、前々から約束していた通り、真琴は海藤と出かける準備をしていた。実際にマンションを出るのは昼前なのだが、ウ
キウキしてじっとしていられなかったのだ。
海藤もそんな楽しそうな真琴を笑いながら見ていたが、不意に海藤の携帯が鳴った。
 「・・・・・涼子さん?」
(女の人?)
 海藤の口から漏れた名前に、真琴はピクッと反応した。頭の中に、あの電話の声が蘇る。
 「・・・・・今から出るんですが・・・・・仕方がありませんね。今から行きます」
(え・・・・・?)
電話を切った海藤は真琴に言った。
 「少し出てくる」
 「・・・・・」
 「真琴?」
本当なら、直ぐに頷いて送り出すべきなのだろう。
しかし、電話の件でモヤモヤしていた真琴は、つい突っかかるように言ってしまった。
 「俺と出掛ける約束の方が先でしょう?」
 「出来るだけ早く戻る」
 「俺との約束よりも、その電話の相手の方が大切なんですかっ!」
 「・・・・・子供のような我がままを言わないでくれ」
 「どうせ子供だもん!」
 こんな事が言いたいわけではなかった。海藤の言ったとおり、これでは本当に子供の我がままだ。
それでも、真琴は海藤を責めるのを止められなかった。
 「海藤さん、浮気してるでしょう!」
 「・・・・・」
 「やっぱり、女の人の方が・・・・・」
 「真琴、本気で言ってるのか?」
 少しトーンが下がった海藤の声に真琴はビクッとして、興奮していた気持ちが急速に冷めていった。
自分が言った言葉がまるで女の嫉妬のようで、真琴はたちまち顔を赤くする。
 「真琴」
 「お、俺、出掛けてきます!」
居たたまれなくて、真琴は財布だけを握り締めてマンションを飛び出した。


 「雨・・・・・止まないなあ」
 勢いで飛び出したものの行く当てはなく、真琴はこうしてバイト先に来たのだが、小さなミスを繰り返してしまい、結局は迷惑を掛
けるしかなかった。
古河から「招き猫してろ」と言われ、こうしてカウンターに座っているが、考えるのは海藤のことだ。
 「始めに聞いたら良かった・・・・・」
あの電話の女は誰なのだと始めに聞いていれば、今日あんな風に海藤に当たることはなかったかもしれない。
ただ、あんなに大人でモテる海藤を自分が独占していることに自信がなくて・・・・・。
 「・・・・・不安なのかな」
 はあと溜め息を付いた時、電話が鳴った。
今度こそ失敗しないように、真琴は元気よく電話に出る。
 「はい!ピザ《森の熊さん》です!」
 『・・・・・注文をしたいんだが』
 「か、海藤さん?」
海藤本人が電話を掛けてくるとは思いもよらなかったので、真琴は名前を呼んだきり声が出なかった。
 『大至急、西原真琴が欲しい。配達先は・・・・・お前の目の前だ』
 「え?」
 慌てて顔を上げた真琴は、店の前に立ってこちらを見ながら電話をしている海藤の姿を見た。
小雨だが雨が降る中、海藤は傘もさしていない。
 『今日はバイトは休みだろう?』
 「だ、だって、俺、あんな我がまま・・・・・」
 『きちんと説明しなかった俺が悪い。あれは、涼子さんは、俺の叔母だ』
 「おば・・・・・さん?」
 『俺が誰かと住んでいると聞いて、直ぐに会わせろと言って来たんだ。何回も電話を掛けてきたし、俺の母親代わりでもあるから
な。今日は絶対に来いと言われて・・・・・』
 海藤は幼い頃から伯父の家に引き取られたと言っていた。そんな世話になった人の言葉には、さすがの海藤も逆らえなかったのだ
ろう。
自分の全く見当違いの焼きもちに、真琴は情けなく顔を歪めた。
 『配達は時間厳守なんじゃないのか?』
 電話の声が優しく響き、目の前の海藤も笑みを浮かべている。
これ以上意地を張りたくなくて、真琴は泣きそうに震える声で叫んだ。
 「5秒以内にお届けします!」



 「あれ?」
 外れたままの受話器を元に戻した古河が顔を上げると、店の前では雨に濡れるのも気にしていない恋人同士が抱き合っている。
背を向けている真琴は気付いていないが、海藤はチラッと古河に視線を向けた。
 「・・・・・」
その自慢げな笑みに、古河はこのまま真琴はお持ち帰りだと悟った。





                                                                      end











海藤と真琴の痴話喧嘩というリクエストでしたが、どうでしょうか?
リクエストというのは緊張しますね。みらいさんの希望に沿っていればいいのですが、なんか喧嘩って感じじゃない・・・・・。