東京のど真ん中。
しかし、高層ビルが立ち並ぶ都心の、下町といわれる場所にある小さな呉服店。外観から見てもかなり古くから営んでいる店だ
と分かるが、一歩中に入るとそこはかなりモダンにリフォームされていた。
 「本当に、ごめんね、急な話で」
 「すみません、友春さん」
 「ううん。2人がうちの店で着物を作ってくれるの、凄く嬉しいから」
そう言って笑う高塚友春(たかつか ともはる)は、2人の友人の申し訳なさそうな表情に首を振って見せた。



 西原真琴(にしはら まこと)は、明後日成人式を迎える。故郷に帰っての式典の出席は恋人でもある海藤貴士(かいどう た
かし)も快く承知してくれたが、その条件として着ていくスーツは海藤がオーダーすることを約束させられた。
海藤が用意するものは真琴の考えるものよりもかなり高額なので途惑ったのも確かだったが、お祝いという言葉で強引に押し切
られ、その上着物まで作るという話にまでなってしまった。

 「20歳になったんだ。きちんとしたものを用意しておいた方がいいだろう」

 それほど立派な着物を着て出かける所など無いと思うのだが、せっかくの海藤の気持ちを言下に断ることも出来ず、真琴は将
来就職したら必ず海藤に着物をプレゼントするからと約束した。本気に取ってくれたのかどうかは分からないが、海藤も笑いながら
頷いてくれた。

 「あ、だ、駄目ですよっ、着替えるまであっちで待っていてくださいっ」



 一方、小早川静(こばやかわ しずか)も、今年成人式を迎えた。
実家も都内なので、式典には恋人の江坂凌二(えさか りょうじ)と暮らすマンションから行くつもりだった。
父や兄からは一度でも顔を見せに来るようにと言われたが、静は江坂があまりそれを気持ちよくは思っていないことを感じたので、
前もって電話で祝いの言葉を受け取った。
家族が大切なのももちろんだが、静にとっては江坂は今の自分にとってとても大切な存在だと思っているからだ。
 江坂は口では何も言わないが喜んでくれているのは分かった。そのせいなのかどうか、成人の日を控えて江坂はスーツをプレゼ
ントしてくれ、その上着物まで作ろうと言ってきた。
普段は着物など着ないので勿体無いと断わったものの、

 「あなたの着物姿を私が見たいんですよ。それに、着物は高塚君の実家の呉服店で作ろうと思っているんですが・・・・・それで
も駄目ですか?」

友人である友春の名前を出され、静は直ぐに嫌だと断ることが出来なくなってしまった。
(もう・・・・・江坂さん、俺に贅沢させ過ぎ)

 「江坂さんは向こうで待っていてくださいね?ここでは真琴も着替えてますから」





 同じ友春の家で着物を作ると知った2人は、お互いが連絡を取り合って、採寸はどうしても日にちが合わなかったが、受け取り
の最後の直しは何とか時間を合わせた。
 「でも、友春さんのうちって雰囲気ありますよね〜」
 真琴がぐるりと周りを見回しながら楽しそうに言った。
今日で二度目の訪問となるが、普段呉服屋など行かない真琴にとっては、色とりどりの反物が並んだ棚や、綺麗な着物が飾っ
てある部屋の様子はやはり物珍しい。
初めて訪れた時は、もっと古びた感じなのかなと想像していた様子とは違い、中はかなり綺麗に改装されていた。
それでも、呉服屋という和的な要素はきちんと残っていて、真琴は不思議と居心地のいい気分を味わっていた。
 「夏に改装したんだっけ?」
 同じ大学に通っていて仲の良い静は色々と事情を知っているらしい。
友春を振り返りながら言うと、友春はなぜか複雑な表情になった。
 「う・・・・・ん、急にね」
 「へえ」
 「・・・・・ケイが、資金援助してくれて」
 「ケイって・・・・・カッサーノさんが?」
聞き覚えのある名前に、真琴は思わず静と顔を見合わせてしまった。
(カッサーノさんが・・・・・)
友春の恋人・・・・・と、いうには少し意味は違うかもしれないが、ある意味特別な存在のアレッシオ・ケイ・カッサーノが友春の実
家の改装費を出しているとは思わなかった。
(親御さん、友春さんとカッサーノさんのこと、知ってるのかな)
 自分のように、家族も男同士の恋人を認めているということは案外少ないと思う。特に、友春とアレッシオの場合、なかなか親
には言えないのではないだろうかと思うのだが・・・・・。
 「ケイが言いに来たわけじゃなくて、日本人の方が間に入ってくれたんだ。とにかく、うちの扱っている着物を気に入っていて、援
助がしたいって・・・・・。初めは両親も二の足を踏んでいたんだけど、取引相手の京都の大きな店のご主人が間に入ってくれた
形になって」
 「じゃあ、カッサーノさんはここに?」
 「来た事は、ないよ。ほ、ほら、今度は西原君の番!」
 既に静は着付けを終えていた。
客は友春の大切な友人達だし、着付けも出来る者がいるので(真琴以外全員)、今日は店の人間は皆遠慮してくれていた。
それでも、かなり高額な買い物をしてくれた相手に対し礼を言いたいと、友春の父は最後まで渋ってはいたが。
 「どう?」
 「うん、良く似合ってる」
 日頃から着物も着慣れているのか、静は真琴よりも早く着替え終えていた。日本人形のような整った容貌の静には和装も良く
似合っていて、真琴は思わず感嘆の声を上げた。
 「いいなあ〜、静は着物似合ってて・・・・・俺、変じゃない?」



 「似合ってるよ、真琴のほわっとした雰囲気にピッタリ」
(さすが海藤さん、真琴に一番似合う色や形、知ってるよな)
 どうしても自分の着物姿に自信が無いらしい真琴は情けなさそうな表情をしているが、黄金色の着物はとても似合っている。
形はごくシンプルなものだが、心配しているような七五三には見えなかった。
 「でも、俺ショック・・・・・体重が1キロ増えちゃってた。身長伸びてないのに・・・・・お餅食べ過ぎかな」
 「海藤さん、料理上手だからなあ。でも、1キロくらいなら直ぐ減るよ。そういえば、この間タロ君電話で凄く喜んでたよね、身長
伸びたって」
 「あ、2センチ伸びたって話?」
 「なんだ、友春にも電話あった?」
 「うん、凄く喜んでた」
静が友春と話していると、真琴がプッとふき出した。
 「それ、続きがあって」
 「え?」
 「ホントにタイミングよく楓君からのキャッチがあって、楓君、3センチ身長伸びたらしくって」
 「「え?」」
 「それ、太朗君に言ったら凄く悔しがってて・・・・・」
 真琴の楽しそうな笑顔に、静も思わず声を出して笑った。確かに自分達よりは少し小柄な太朗が2センチも身長が伸びたらと
ても嬉しい事だろうが、それ以上に楓の方が伸びているとは・・・・・いい喧嘩友達の彼らにしたら、また一つ喧嘩の種が増えたよう
なものだろう。
 「タロ君はまだまだ成長期なんだし、期待は持ってていいと思うんだけど」
 「そういえば、静は俺よりも身長高かったけ?友春さんも結構高いですよね」
 「俺は175、友春は173、だっけ?」
 「うん」
 「俺が一番低いのか〜」
 「僕はただガリガリなだけだけど、静はモデル体型っていうか、バランスがいいから羨ましいと思うな。出来ればもうちょっと太りたい
んだけど・・・・・」
 「女の子に言ったら嫌われますよ、その言葉」
真琴がそう言うと、静も本当だというように頷いた。



 海藤は奥の試着室になっていた部屋から出てきた真琴を見て目を細めた。
一番映える色を選んだつもりだったが、仕立てもかなりいい。店の規模としては少し小さいとも思ったが、割合にいい職人を抱え
ている店のようだ。
 「海藤さん、あの・・・・・どうですか?」
 「良く似合っている」
 「・・・・・本当に?」
 「ああ」
海藤が強く頷くと、真琴はようやく笑みを見せた。
 「ありがとうございます」
 「式はスーツで出るだろうが、実家に帰っている間、一度はその姿を見せてやったらいい。きっと喜ばれるぞ」
 「そうかなあ」
 真琴が地元の成人式に出席するのは予期出来たし、西原家の家族の為にもそれがいいと思う。ただし、送り迎えは自分がす
るつもりだし、実は真琴には秘密だが、真琴の父である和真から海藤宛の電話が来たのだ。

 「あなたも家族の一員なんだから、一緒に祝ってやってください」

そう言われている。
その嬉しい言葉は、海藤にとって忘れられない言葉の一つになった。
 「真琴」
 「はい?」
 「おめでとう。もう誕生日を迎えて20歳になっているんだが、お前が成長する日々を一緒にいられて、本当に嬉しいと思う」
 「海藤さん・・・・・」
 「抱きしめたいが、せっかくの着物に皴が出来るな」
泣きそうな真琴の髪をクシャッと撫で、海藤は少し照れくさくなって笑った。



 鮮やかな江戸紫色の着物を着た静が現れた時、江坂は自分の見立てが間違っていなかった事を確信した。
反物の状態で見た時は、赤紫色のようなこの色は少し派手かもと思ったが、こうしてきちんと仕立て上げられると色白の静の肌
にとても似合っている。
 「江坂さん」
 着物を着慣れている静は、裾払いも鮮やかに近付いてきた。
 「良く似合っていますよ」
 「凄くいい生地で作ってもらって・・・・・肌触りがとてもいいし、気に入っています、凄く」
 「そうですか」
もしかしたら、《勿体無い》とか、《無駄遣い》とか。それなりの家柄の静は目も肥えているので値段の予想はついただろうが、それ
でも嬉しいという思いだけを向けてくれた。
その気持ちが嬉しくて、江坂の表情も何時に無く緩む。
 「そんなに似合っているのなら、スーツでなくてそれで出席してもいいくらいですよ」
 「え〜?」
 「でも、勿体無いから見せられません」
 「なんですか、それ」
 静は冗談だと思っているのだろうが、江坂は真面目にそう思っていた。着飾った静を見せびらかしたいと思う反面、こんなに綺麗
な静を誰にも見せたくは無いと思う。
たった一度の成人式にさえも、本当ならば出席などさせたくないくらいなのだ。
 「おめでとうございます、静さん」
 「ありがとうございます」
 「あなたの記念になる時に一緒にいられて嬉しいですよ」
 「・・・・・俺も、江坂さんと一緒にいられて嬉しいです」
 それが江坂を気遣った言葉ではなく、静が心からそう思っているのが分かり、江坂はますます嬉しくなった。
出来ればこのままマンションに連れ帰り、白い肌に映える着物を剥ぎ取りながら組み敷きたい所だったが、ここには真琴や友春、
そして海藤もいる。
静に対しての気持ちが知られるのは全く構わないが、その後を想像させるような行動は静が恥ずかしがるだろう。
(ここは、早く帰ることにするか)
早く2人きりの空間に戻ろうと、江坂は海藤を振り返った。



 「私達はそろそろ帰らせてもらおう」
 静に見せるのとは全く違う不遜な態度に、海藤は直ぐに頷いた。江坂の早く帰りたいという気持ちが自分も良く分かるからだ。
 「お疲れ様です」
 「ああ。・・・・・君も、成人おめでとう」
海藤の言葉に頷いた江坂は、その後に真琴に視線を向けて言った。
言われた真琴はもちろん、海藤もその思い掛けない祝いの言葉に目を見張る。
(この人がこんな事を言うなんて・・・・・)
 「あ、ありがとうございますっ」
 「ありがとうございます。小早川君も、おめでとう」
 「ありがとうございます」
 「いい仕事をしてもらった、感謝する」
 江坂は友春にもそう言うと、慌てたように頭を下げる友春に視線を残さず静の肩を抱いて店を出た。
静は歩きながら振り返り、真琴と友春に手を振る。
 「またね!」
 「うん!」
店に来てから1時間も経たない慌しい滞在に、海藤も苦笑を漏らすしかなかった。





 「もう少し、いたかったな」
 車に乗り込んだ静は、ポツンと小さな声で呟いている。
もちろん江坂はその静の気持ちは分かったが、わざと気付かないように静の肩を抱き寄せて言った。
 「綺麗な静さんを見たら、早く2人きりになりたかったんですよ」
 「・・・・・」
答えなかったが、静の耳元が赤く染まっていくのが分かる。
江坂は俯く静に分からないように口元に笑みを浮かべた。こう見えて親分肌な性格の静は、頼られたり弱さを見せられたリする事
に弱い。
一緒に暮らして静のそんな性格も十分熟知している江坂だった。
(もう少し・・・・・いいか)
更にもう少しと、江坂は甘えるように言ってみる。
 「大人になった静さんを、身体で確かめてもいいですか?」
 「・・・・・っ」
あからさまな言葉にも、静は嫌だとは言わない。江坂はその耳元に唇を近づけた。
 「セックスも、大人の嗜みの一つですよ」
 「・・・・・こんなトコで言わないのも、大人の嗜みです」
 「・・・・・ご指導、ありがとうございます」
これはきっと承諾なのだろうと勝手に解釈した江坂は、成人式より少し早く大人の嗜みを教えてやろうと、俯く静の顎をそっと取る
とそのまま小さな唇にキスをした。





 せっかく綺麗な着物を着たが、汚すのは勿体無いと真琴は早々に脱いでしまった。
 「じゃあ、友春さん、また」
 「うん、またね」
友春の店を出た真琴は、隣を歩く海藤を見上げた。
 「これ、本当にありがとうございました。俺には勿体無いくらい良いものだと思うけど・・・・・大事に着させてもらいます」
 「ああ」
 「・・・・・」
(明日は家に帰るのか・・・・・)
 実家に帰り、家族に会うのは嬉しいものの、たった1日でも2日でも、海藤と離れるのは寂しいと思う。何時もくっ付いてばかりと
いうわけでもないが、海藤の存在が側に感じられないのは・・・・・。
 「・・・・・海藤さん」
 「ん?」
 「あの・・・・・あの、忙しいとは思いますけど・・・・・良かったら海藤さんも、あの、うちに・・・・・」
 「・・・・・」
 「あ、でもっ、無理なら全然っ」
海藤が黙って自分を見つめているのを感じ、真琴はどんどん焦ってきた。海藤が忙しいのを分かっているのに、自分の気持ちのま
ま我が儘を言ってしまった言葉を取り消したくなる。
しかし、次の瞬間、真琴はポンッと頭に手を置かれた。パッと視線を向けた先には、優しく笑う海藤の顔がある。
 「親子というのは似るんだな」
 「え?」
 何を言っているのか分からなかったが、海藤はそう言ったまま何かを思い出すようにクッと笑みを漏らす。その顔に、真琴は思わず
見惚れてしまった。
 「お邪魔させてもらおうか」
 「え?あ、あの・・・・・」
 「みんなで一緒にお前の新しい一歩を祝おう」
 「・・・・・はい!」
嬉しくて嬉しくて、心の奥底から喜びがこみ上げてくる。
真琴は海藤を見上げ、自分のこの感情を伝えるようにギュッと手を握りしめた。







 とうに20歳を迎えたものの、改めて祝ってもらう成人の日。真琴も静も、愛する人と共にその日を迎えることが出来た。
愛する人は2人よりも随分大人で、今の自分達がとても敵うとは思わないが、それでも手本になる彼らから大人の嗜みを教えて
もらうようになるだろう。
もちろんそれは、大人の恋人としての嗜みだ。




                                                                      end






真琴と静の成人式の話です。成人式より少し前という設定ですが(笑)。