王様のレシピ
※ ここでの『』の中は日本語です。
朝の執務を終えたアルティウスは、目通りを願う料理長を前に眉を顰めた。
「ユキの食が細いと?」
有希がこの国に来て数週間が経った。
やっと言葉を習い始めた頃で、ディーガやウンパ以外とも意思の疎通を図ろうとしている最中だが、アルティウスが極力他の者
と接触をさせようとしないので、今のところ有希の存在を知る者は極限られた者だけだ。
その中でも真っ先に引き合わせたのは料理長だった。
出来うる限り有希に不自由はさせないようにと、有希に専用の料理人を2人付け、自分の国で食べていたものを聞いて再現
させようとしたのだが、やはりどうしても食材や調味の仕方はかなり違う。
大きな問題はこの国の調味の特徴は辛味で、暑いこの国では体力をつける為にほとんどの料理が辛味が強い。
「ユキ様はお辛い物が得意ではいらっしゃらないようで・・・・・」
「では、ユキの口に合うものを作ればよい」
「調味の種類が足りないのです」
「・・・・・」
「ただ、果物はお好きなようで、お口にする回数も多いので、王に、王専果園(おうせんかえん)の果物を使用する許可を
頂きたいのです」
「そのようなこと、相談するまでもないであろう!」
王専果園は、文字通り王専用の果実園で、かなりの種類の果物が王の為だけに作られている。たとえ余って腐っていくだけ
でも、王以外の者は口にしてはならないと徹底されている果実園なのだ。
だからこそ、アルティウスの許しがなくては中に足を踏み入れることさえ出来ないのだが、そう言ってもアルティウスが納得すること
はないだろう。
それが分かっている料理長は、深く頭を下げて言葉を続けた。
「申し訳ございません。それでは、使用の許可を頂けるのですね」
「むろん、いや、私が行こう」
「王っ?」
「ユキの口の入るものだ。私が選ばねばな」
午前中の勉強が終わった有希は、はあっと深い溜め息を付いた。
「お疲れですか?」
心配そうに聞くウンパに、有希は小さく笑ってみせた。
「たいじょぶ、わたし、げんき」
「でも・・・・・」
有希が痩せてきているのを、一番身近で見ているウンパの心配は消えることがない。
元々自分達よりも縦も横も小さな有希は、成人前の13歳の自分より細いくらいだ。
どうやら辛味の強い食事が合わないらしく、毎食申し訳なさそうに謝りながら、ほとんど残している状態だ。
どうにかして欲しいと夕べ有希に内緒で料理長に頼んだが、朝食はそれまでと変わりはなかった。
(これは王に直訴しないと・・・・・)
ウンパがそう決心した時、声も掛けずにいきなりドアが開いた。
「!」
「ユキ!」
驚いた有希とウンパの目の前に、山ほどの果物をのせた皿を持ったアルティウスが現れた。
「おうさま?」
「ユキ、そなたの好物ばかりだぞ!ほら!好きなだけ食せ!」
「すきなたけて・・・・・こんなにたくさん・・・・・」
暑い国の果物らしく鮮やかな色がとりどりに並んでいるが、それらは全てもぎ取った姿のままで、切り分けはもちろん皮も剥いて
いない。
戸惑ってしまった有希はウンパを振り返った。
「私が切りましょう」
有希の言いたいことを正しく受け取ったウンパが、所持している短刀を取り出すと、有希が食べ始めるのを今か今かと待ち
構えていたアルティウスが鋭い声で止めた。
「何をする気だっ!」
その声に、ウンパは膝を突いて説明した。
「ユキ様は厚い皮のまま食す事は出来ませんので、皮を剥いて小分けして差し上げようと・・・・・」
「私がする!」
「王が?」
「ユキの口に入る物だ。私が調理する」
切って皮を剥くのが調理だと言えるとは思えないが、王に服従のウンパは直ぐに短刀を差し出した。
「おうさま、だいじょぶ?」
「王である私に出来ぬことはない」
そう言い切ったものの、剣を扱うことに関しては右に出るものはないと自信があるアルティウスも、小さな短刀で柔らかな果実
の皮を剥くことは案外に難しかった。
危なかしい手つきのアルティウスを、傍にいる有希やウンパはハラハラしながら見ているしかない。
「・・・・・よし、出来たぞ!」
随分時間が掛かって、アルティウスは桃に良く似た果実の皮を剥き、一口大に切った。
大きく身も削ってしまい、不恰好になってしまった実を、アルティウスは自慢げに有希に差し出す。
有希はぎこちなくそれを受け取り、小さく切られた実を更に小さく齧った。
「どうだ?」
ワクワクしながら有希の言葉を待っているアルティウスに、有希は頷いた。
「おいし」
「そうだろう!」
「おうさま、ありかと」
礼を言いながら笑みを向ける有希に、アルティウスも上機嫌に笑う。
「このようなこと、何でもない。ユキの為ならは、何時でも料理をしてやるぞ!」
「りょ・・・・・り?」
アルティウスにとって、皮を剥き、実を切るだけでも、初めて体験する料理だった。内心はドキドキしていたが、上手く出来た
し有希も喜んでくれた。
「さあ、次の料理だ!」
有希に笑い掛けられ上機嫌のアルティウスは、続いて小さな粒をとり、短刀を使って皮を剥き始める。
この実は葡萄に似て、口の中に入れてそのまま皮だけ口から出せばいいのだが、アルティウスは真剣に短刀を動かしている。
有希は少し考えた後、アルティウスの傍にイスを持ってきて座ると、その様子をじっと見ながら言った。
「おうさま、じょうず。りょり、うまい」
「そうだろう、私は何でも出来るからな」
こんなに有希が喜ぶのなら、もっと料理を覚えるのも悪くはない。
アルティウスはそう思いながら、初めての調理に腕を振るった。
end
有希ちゃん褒め上手・・・・・