王様の失敗は失敗のもと


                                                        
※ ここでの『』の中は日本語です。





 「アルティウス、お願いがあるんだけど・・・・・」
 朝食の時間、有希にそう言われたアルティウスは内心頬を緩めてしまった。有希からは滅多にない【お願い】は、自分の事を
必要とされていると感じて嬉しいのだ。
 「なんだ、ユキ、何でも言ってみろ。どのようなことでも直ぐに応えてやるぞ」
 「う、うん」
 「新しい宮が欲しいのか?それともそなたの白い肌を飾る宝飾か?」
 「ち、違うよ。あのね、僕が大工仕事をする許可をもらいたいんだ」
 「大工仕事?」
 「うん、そう」
 有希は今まで暮らしていた部屋から、王妃の部屋に移る支度を進めていた。
婚儀の儀はまだとはいえ、既に神の前で誓いの言葉を交わしたアルティウスと有希は既に夫婦として認められている。
一時でも早く有希を傍におきたいアルティウスの強い希望で、有希は早めに引越しを始めたのだ。
 この国に来た時には着ていた制服ぐらいしか持っていなかったが、この国で暮らすようになって数ヶ月、服や細々としたものが
色々増えた。
 「小さな棚とかあったら便利と思って」
気楽に、自分で作ると言った。売り物ではないのだ、素人の無骨な作りでも、自分が作れば愛着も湧くだろう。
しかし・・・・・。
 「すっごく止められたんだ。刃物を持ったら危ないとか、木の破片で怪我をしたらどうするんだとか、僕は男なんだし、少しぐら
いの怪我なんて気にしないのに・・・・・。直接、木工職人の人にそう言ったら、王の許可をもらって欲しい・・・・・」
 「ならぬ!!」
 「・・・・・アルティウス?」
 突然叫んだアルティウスに、有希は驚いたように目を丸くする。
しかし、アルティウスの感情は昂ぶったままだ。
 「ユキのその白い指に掠り傷一つ付けさせるわけにはいかぬ!」
 「ア、アルティウス、僕は・・・・・」
 「我らの物を下の者が作り献上するのは当然のことだ。ユキ、何が欲しいのか申してみよ」
 「だ、だからね、僕は自分で、綺麗に出来なくても自分で作ってみたいんだよ。慣れたらアセットやシェステの小物入れとかも
作ってやりたいと思うし」
 「・・・・・」
 「大丈夫だよ。職人さんに聞いてみたけど、そんなに危ない作業はないらしいし、慣れたら誰でも出来るようになるって言って
たし。あ、エディエス王子も作ったことがあるんだって。凄く筋がいいって褒められたみたいだよ」
 「・・・・・ならば、私でも出来るということだな」
 「え?」
 「常々ユキの手が触れるものは全て私の手を経たいとは思っておったのだ」
 「え・・・・・?」



 最初は、ごく小さなことだと思っていた。
元の世界と同じ道具はないだろうが、多少は似たような道具はあるだろうし、学校の授業でも工作はしたことがあるのだ。
気分転換にもなるかと思った位だったのに、今目の前の光景は有希の想像を遥かに超えていた。
 「ユキ!離れてよく見ておるのだぞ!」
 「とうさまがんばって!」
 「とーさま!」
 王宮の中庭に、ずらりと並んだ衛兵達。その中心には畏まって小さくなっている数人の木工職人がいる。念の為にと医師も
2人待機していた。
話を聞きつけた王女達も父親の勇姿を期待して声援を送っている。
会議の結果(昨夜、緊急に会議が催されたのだ)、作るのは有希の座るイス。数枚の板と削った木の足を取り付けるだけの
簡単な作業で、その足も既に職人がつけていた。後は背もたれになる板を取り付けるだけなのだが・・・・・。
 「よし!」
 木の板を2つ重ね、既に職人があらかじめ開けていた穴に木で出来た釘を打ち込むだけなのだが、アルティウスは有希に向
かって一度大きく手を上げて見せると、次の瞬間思い切って差し込んだ木の釘に向かって金槌(頭の部分は石で出来ている)
を振り下ろした。

   バキッ−−−−−!

生々しい木の裂ける音と共に、背もたれになるはずだった板が割れた。
普通の人間ならば打ち間違えるだけの失敗も、なまじ力のあるアルティウスはそのまま板を割ってしまったのだ。
 「・・・・・」
 しばらく、辺りは静寂が支配した。
 「ア、アルティウス」
 「とうさま、しっぱい?」
無邪気なシェステの言葉に、周りの人間はますます凍りつく。
 「・・・・・なんだ、この木は?随分弱いではないか!」
 「お、王」
 「大事なユキが座るものだ!もっと強いものを用意しろ!」
 「はっ」



 昼過ぎに始まった作業は、日暮れにさしかかっていた。
既に王女達は部屋に戻ってしまっているが、中庭には松明の明かりが灯され、額に汗をかいたアルティウスの姿を照らしている。
イスは既に12脚目。もはや予備などは無かった。
 「・・・・・っ」
 アルティウスは内心焦っていた。
剣を持てば敵無しという自信はあるが、この小さな道具を扱う力加減がどうしても分からない。
(ユキが見ておるというのに・・・・・っ)
 午後のほんのひと時、執務の合間に簡単に済ませるつもりが、すでに半日も掛かってしまった。
 「よし!」
最後のつもりで振り下ろしたそれは、今までで一番力を抜くことが出来た。
少し斜めになってしまったが、何とか背もたれはくっついている。何度も叩かれた座る部分はボコボコに歪んではいたが、見た目
は何とかイスの形になっていた。
(・・・・・こんなもの・・・・・ユキに座らせることは出来ぬではないか!)
 しかし、アルティウスはその出来に納得がいくわけがなく、クッと眉を顰めるとそのまませっかく作ったイスを壊そうと持ち上げる。
 「待って!」
それを一声で止めたのは有希だった。
 「・・・・・ユキ、これは新たに職人に作り替えさせる」
 「僕、それがいい」
 「・・・・・こんなものをか」
 「アルティウスが僕の為に作ってくれたものだよ?嬉しい、すっごく!」
 「ユキ・・・・・」
 「これから何度も作っていけば、きっと直ぐに上手になるよ。時間が空いたら、今度は2人で作ろう?アルティウス、今日いっぱ
い頑張ったし、今度は僕に教えて」
 「・・・・・そうだな、今度は私がユキに教えてやろう。今ので力加減は分かったからな、今度は直ぐにうまくいくはずだ」
 「そうだね」
あっさりとアルティウスの激情を納めた有希を、周りの人間はさすが王妃だと感心した。
しかし、一方で今後も同じようなことがあるのだという事も思い知る。
 「ユキ、今度は寝台を作るぞ!ゆっくりと夜を過ごせる、今よりも広く大きなものだ!」
 「あ、アルティウスッ」
恥ずかしそうに顔を赤くする有希とは対照的に、木工職人達の顔色は真っ青になっていた・・・・・。




その後、アルティウスが初めて作った歪なイスは、有希の部屋にきちんと居場所を作ってもらった。






                                                                   end 






少し、バカップル気味ですが(笑)。
日曜大工をするアルティウスを想像して、どうしても書きたくなってしまいました。
力はあるものの、きっと不器用であろうアルティウス・・・・・なんかモエます。