王様の好きなもの
※ ここでの『』の中は日本語です。
この世界に来てから頼りきりのアルティウスに何かお礼をしたいと考えたが、彼が何を好きなのか、何を欲しているのか全く分
からない有希は、まず一番近くにいるウンパに訊ねてみた。
「王のお好きなものですか?」
突然の有希の問いに、
(それはユキ様でしょう)
そう言いたいのを堪えて、ウンパはう〜んと首を傾げた。
「欲しいものは何でも手に入るお方ですから・・・・・。私もユキ様に付く事が決まってから城に上がったので、王の嗜好はよく
分からないのです」
「そう・・・・・」
がっかりした様子の有希に、ウンパはとりなす様に言った。
「ベルーク将軍に聞かれてはどうでしょう?何時も共にいらっしゃる方ですから、王のお好きなものもご存知かもしれません」
「あっ、そうだね!」
早速訓練中のベルークを訪ねて、有希はウンパと共に兵舎に向かった。
噂の《星》の出現に、すれ違う兵士達は皆興味深々の視線を向けてくる。
何時もなら敏感にその視線を感じ取る有希も、今は目的があるせいか真っ直ぐ顔を上げたままベルークを捜した。
「将軍!」
「ユキ様っ?」
兵士数人を相手に剣の訓練をしていたベルークは、いきなり現れた有希に驚いたようだったが、直ぐに膝を折って敬服の礼
を取る。
ポカンと有希を見つめていた兵士達も、慌てて将軍の後を追って膝を折った。
「お健やかで何よりでございます、ユキ様」
「立って、将軍、僕困るよ」
有希は慌ててベルークや兵士を立たせると、早速聞きたいことを話し始めた。
「アルティウス様のお好きなものですか?」
(ユキ様以外ないでしょう?)
そう思いながらも、ベルークは他に何かないかと考え始めた。
「お食事は何でも召し上がりますし、剣を使っての練習や試合は好まれますが・・・・・何という形は思い浮かびませんな」
ベルークが分からないならば、一般の兵士も知るはずがない。
ここでも駄目だったかと肩を落とす有希に、ベルークは慌てて言葉を続けた。
「宰相のマクシー殿にお聞きされてはいかがか?あの方は幼い頃よりアルティウス様をご存知なゆえ」
「マクシー様?そうですね、聞いてみよう」
マクシーは執務室にいるだろうと聞いた有希は、そのままウンパと共にマクシーを訪ねた。
「お仕事中ごめんなさい」
「これはこれは、ユキ様」
有希の突然の訪問にも穏やかな笑みで迎えると、マクシーは緊張の面持ちでいる有希に優しく言った。
「どうされました、ユキ様」
「はい」
有希は、アルティウスの好きなものを知らないかと訊ねる。
そのいきなりな質問に、さすがのマクシーも困ったように苦笑した。
「王のお好きなものですか」
(少なくとも今はユキ様、あなたでしょうが)
しかし、そんな言葉では納得はしないだろう。
「そうですなあ・・・・・、政事を考えてらっしゃる時は、楽しそうな顔をなさいますが・・・・・それは意味が違うかもしれませんな」
「分かりませんか?」
「ああ、今日は神殿の方にディーガ殿がいらしています。高名な占術師のあの方ならば、お分かりになるかもしれません」
「ディーガが?」
マクシーの言った通り、ディーガは神殿にいた。
夏の大祭の打ち合わせだということだった。
「王のお好きなもの?」
有希の為に快く時間を空けたディーガは、有希に聞かれて直ぐに答えた。
「それはユキ、あなたでしょう?」
「僕?」
面と向かって言われ、有希は目を丸くした。全く自分の頭の中には思い浮かばなかった答えだったからだ。
「でも、僕好きなんて・・・・・」
「何をお考えになっているのかはお聞きしませんが、王があなたの為にしていると思われることは、王自身が望んでされている
ことなのですよ?あなたが後ろめたく思われることは何もありません」
「ディーガ・・・・・」
「あなたがにっこり笑って、ありがとうとおっしゃるだけで、王のお心は満たされるでしょう」
「・・・・・」
「アルティウス、いい?」
「ユキか?おお!何を遠慮することがあるっ、入れ!」
「・・・・・うん」
夕食前、有希は執務室にアルティウスを訪ねた。
有希から来てくれることはなかなかないことで、アルティウスは喜んで有希を招き入れた。
「どうした、ユキ?何か困ったことがあったか?欲しいものでも?」
「違うよ、アルティウス。あの・・・・・これ」
迷いながらも有希が差し出したのは、細長く切った5枚の紙だった。
「これは・・・・・」
紙にはたどたどしい字で、
[ おつかいけん ]
[ おはなしけん ]
[ かたたたきけん ]
[ おさんぽけん ]
[ さんぱつけん ]
と、書かれていた。
「これは何だ?」
「僕、アルティウスにとても世話になってる。お礼したいけど、お金も持ってないし、僕が出来ること少しだけど、アルティウスに
お返ししたい。だから、何でも券、あげる」
「何でもケン?」
「書いてること、アルティウスがして欲しい時に僕がする。忙しい時代わりにお使いしたり、疲れた時肩叩いたり、僕が出来る
こと、出来るだけするから。何時もありがと、アルティウス」
「・・・・・ユキ」
「な、なんか、やっぱり、子供っぽかった?」
「ユキ!」
いきなり、アルティウスは有希を抱きしめた。
「ア、アルティウス?」
「そなたは、なんと・・・・・なんと・・・・・愛しい!」
「え?え?」
「[ おはなしけん ]を使うぞ!ユキ、2人でもっともっと話をして、もっと私を必要としろ!」
「い、今使わなくてもいいんだよ?」
結局、有希の渡した5枚の紙は、王家秘蔵の宝玉殿に大切にしまわれ、アルティウスが使う事はなかった。
アルティウスの好きなもの・・・・・有希は自分でも気付かないうちに、アルティウスにプレゼントする形になっていた。
end
子供の頃、必殺の秘密兵器だった「何でも券」。
券など使わなくても、アルティウスは傍若無人に好き勝手するでしょうが。