正しい犬の飼い方
「愛犬の見付け方」編
「・・・・・退屈だな」
麗らかな土曜の午後。
小田切裕(おだぎり ゆたか)は薄い唇から小さな溜め息を漏らした。
小田切は、最大指定暴力団大東組系羽生会の狂犬のお目付け役・・・・・と、言われているが、正式な役職は羽生会の会
計監査役である。
元々は金銭面だけの協力のつもりで大東組本部から出向してきたのだが、予想外に上杉という人物が面白くて、何時の間
にか懐深くまで入り込んでしまった。
今では出向という扱いではなく、羽生会の正式な幹部になっている。
そして、小田切はここで可愛い飼い犬を見つけたのだ。
今日は珍しく朝から決まったスケジュールはなかった。
それは多分に我が儘な上司のせいだ。
「今日はタロと1日一緒にいるんだ。絶ーーーっ対に邪魔はするな!」
そう厳命され、さすがに野暮なことは出来なかった。
上杉の面倒を見なくてもいいということは、小田切の仕事も無いと同じだ。
勝手にそう解釈した小田切は自分も朝から休みを取ってはいたが、どうもマンションにいるだけというのは退屈だった。
「・・・・・」
小田切はキッチンに視線を向けた。
そこには久しぶりの休日に、手の込んだ手料理を小田切に食べさせようとしている可愛い愛犬がいた。
「おい」
声を張るでもなく、名前を呼んだわけでもないのに、忠実な番犬は直ぐに飛んできた。
「裕さん、喉渇きましたか?」
「退屈なんだ」
「はい」
「お前と遊んでやろうと思って」
「はい」
リビングの広いソファに座っている小田切の足元に正座した愛犬は、下からじっと小田切の顔を見つめる。
次の言葉を待っているその姿にクスッと笑みを漏らすと、小田切は組んでいた足を伸ばし、その足先で愛犬の股間をそっとジー
ンズの上から擦った。
「・・・・・っ」
大柄な身体に見合ったその膨らみは、こんな微かな刺激にさえも面白いほど硬くなってくる。
どれ程自分の事を欲しがっているのかがこれだけでも分かり、小田切は悪戯っぽい笑いを頬に浮かべた。
「可愛いな、お前は」
「ゆ、裕さん」
「どこまで我慢出来る?」
「裕さんが・・・・・いいと、言うまで、です」
「合格だな」
躾けた通りの答えに満足するが、もっともっと自分を欲しがってもらうのもいいとも思う。
小田切が更に足先の動きを淫らに大きくすると、正座している膝の上に置かれた番犬の大きな手が、ギュッと何かを我慢するよ
うに握られた。
「どうした?」
「い・・・・・え・・・・・っ」
「なんか、ここが硬くなってきたような感じがするが・・・・・気のせいなのか?」
「・・・・・っ」
「・・・・・」
(本当に、こんな可愛い犬が見付かるとは思わなかった)
小田切が愛犬を見付けたのは2年前。
それは本当に偶然だった。
たまたま急な用で車を飛ばさせた時、運悪く白バイに捕まってしまったのだ。
違反切符を切られるのは運転していた若い組員だったが、本当に急いでいた小田切は金を渡して不問にしようと車から出た。
「君」
振り向いた白バイ隊員は、まだ若い男だった。
絶対に金を受け取らなかったその男は、そのまま調書をとった。
(面白くない・・・・・)
そう思った小田切はその男の名前を記憶し、後日少々痛い目に遭わせようと考えていたのだが・・・・・その前に、街で偶然再
会してしまった。
それも、その手の人間が通う店で。
面白い話になるなと思った小田切が誘いを掛けると、想像以上に簡単に男は誘いに乗り、濃厚な一夜を過ごした。
そして、翌日、男は小田切に言ったのだ。
「あなたに一目惚れした」
と。
職務中にも関わらず小田切の美貌に目を奪われた男は、それを誤魔化すように事務的に処理をしたと。
男に欲情を抱いた自分が信じられなく、もしかして自分がゲイなのかと思った男は確かめる為にその手の店に行き、そして偶然
にもそこで小田切と再会したと言った。
運命だと言う男に、小田切は感情を動かされないまま自分の今の身分を伝えた。自分よりも10歳近く若い男に、簡単に心
を動かされるほど素直でも無かった。
さすがに男は驚いたようだが、それでも気持ちは変わらないと言ってきた。
その男に、小田切は艶やかな笑みを向けて言ったのだ。
「私の犬になれるか?」
「哲生、舐めて」
愛犬の名前は宗岡哲生という。
愛犬は突き出された小田切の足先を口に含み、その1本1本を丁寧に舐めねぶった。
自分よりも大きな身体をした、男らしい風貌の若い男がここまで自分に奉仕するのは楽しい。
始めはただの一時の遊びと思っていたこのペットは、意外にもすんなりと小田切の生活に入り込み、やがて可愛い愛犬という
地位にまでなった。
今でも白バイに乗っているが、その他の全ての時間は小田切の為に使われている。
警察官という自分の立場と、ヤクザの幹部という小田切の立場に苦悩もあるようだが、その悩んでいる姿も小田切からすれ
ば笑みを誘われるほど可愛い。
男の職務に支障が出るようになれば辞職させる事もあるかもしれないが、今はこの危うい関係が心地良かった。
「哲生、ほら」
唾液でベタベタの足を下ろし、男に向かって両手を広げてみせると、嬉しそうに笑いながらさらに大きく手を広げて小田切を抱
きしめる。
その温かさに笑いながら、小田切の怠惰で淫靡な時間がやっと始まった。
end